「…………お呼びでしょうか、葛城将軍」
その声には、どこか怒りの色が含まれていた。
……いや、この人が俺のことを「葛城将軍」と呼ぶときは、
十中八九怒っているときなのだ。
だから、怒っていることには違いない。
しかし、その理由は解らなかった。
「……橿原宮奪還の流れについて、あなたの意見を聞きたい」
前に一度、この人のこの態度についてすぐに問い詰めたことがある。
そのときは、また怒りの色を含む声で最もらしいことを言われ、
まさに取り付く島も無いという状況となってしまった。
だからそれ以降、このような状況になったら、
あえてその場では触れないようにしている。
その方が、この人の様子をよく見て判断できるからだ。
「橿原宮奪還の流れ、ですか……
お言葉ですが、葛城将軍」
「何だ?」
「それについては、柊や風早、道臣殿を中心に
皆で十分に話し合っていらっしゃるのではないですか」
確かにそうだった。
ここのところ、皆で集まってはそれについて話し合ってばかりいた。
だからと言って、まとまりつつある今の策が絶対ではない。
戦術にも長けているこの人の意見を聞きたいというのは、道理である。
怪我を治すためずっと療養していたこの人は、
ここのところの軍議にも全く参加していない。
だから、俺は意見を聞こうと思ったのだが……。
「あたしの意見など、もう必要ないかと思われますが」
今回は、どうやってもこの人の怒りを買ってしまうらしい。
なかなか求める答えが返ってこない。
「…………次の軍議の際に、君にも意見を述べてもらう。
そのときまでに、少し考えておいてくれ」
これ以上この場で話していても、全く成果は上がらないだろう。
そう判断した俺は、ひとまず次の機会に持ち越そうと考え、
この人の返事を待たず部屋を出た。
「…………全く、あの人にも困ったものだ」
いったい何が気に障ったというのか。
皆目検討がつかない。
そうして歩きながら考え込んでいると、聞きなれた声が聞こえた。
「やあ、忍人。
またずいぶんと考え込んでいるね」
「……風早」
下がっていた目線を上に上げると、兄弟子である風早の姿があった。
人の気配にも気付けぬほど考え込んでいた俺が気になり、声を掛けてきたらしい。
「毎度のことだが……
あの人の考えは、全く読めない」
「ああ、彼女のことかい?」
俺が言わんとしていることが解ったらしく、
なるほど、と風早は言った。
「今後の戦についての意見を請うただけなのに……
何故あの人はあんなに怒っているんだ」
そうだ……
別に、あの人の怒りを買うようなことは言っていないはず。
では、一体あの人は何に対して怒っているのか?
「忍人」
「ああ……すまない、なんだ?」
再び考え込みそうになった俺は、
風早と話していた途中だということを思い出した。
「彼女は、ただ少し拗ねているだけですよ」
「拗ねている?」
一体、何故……。
「怪我の治療に専念していたため、
ここのところ軍議にも参加できていなかったでしょう?」
「そうだな」
「彼女はそれが、淋しかったんですよ」
……だから、拗ねているんです。
風早は、少し笑ってそう言った。
「彼女はほら、戦いの場に身を置き、
君と共に剣を取って君の力となることを望む変わった人ですから。
だから、軍議に参加できなかったのが悔しかったんでしょうね」
そう、なのか?
いや……だが、俺は…………。
「俺は……確かにあの人の戦場での力を頼りにしている。
だが、俺が一番望んでいるのは、あの人が元気で笑っていられることなんだ」
だから、怪我をしたならゆっくり療養してほしい。
そう思うのは、間違いだろうか……?
「……うん、君はきっとそう言うと思ってたよ」
全て見透かすような物言いをした風早は、また少し笑って言う。
「大丈夫、もう少ししたら彼女の機嫌も直るだろうから」
……でも余裕があるなら、君の想いを伝えるといいんじゃないかな。
そう言い残して、風早は去っていった。
「…………仕方ない」
あの人のもとへ、戻ろう。
そして、俺の想いを伝えてこよう。
「あの人の機嫌が、少しは直っていればいいが…………」
少なくとも俺の話をしっかり聴いてくれるくらいには、
直っていてほしいものだ。
そんなことを考えながら、俺は来た道を引き返した。
あなたの笑顔が 一番の願い
(どうかそれを 解ってほしい)