「土方さん!」
屯所を出ようとしていた俺に、そいつは声を掛けてきた。
「どうした?」
「あ、あの、えっと……」
何か用があって声を掛けてきたんだろう。
だがそいつは、なかなか用件を言おうとしない。
「……急ぎでないなら、後ででもいいか?
今から出なきゃならねぇんだ」
「あ、……は、はい。後ででも大丈夫です……」
引き止めてすみませんでした、と、
しゅんとなって頭を下げたあと、そそくさと立ち去ってしまった。
「何だったんだ……?」
俺は疑問に思いながらも、用を思い出しすぐに屯所を出た。
「千鶴〜、今日も無理だった!」
土方さんから逃げるようにやってきたあたしは、
庭で洗濯物を干していた千鶴のもとに駆け寄る。
「今日も言えなかったんですね……」
「うん……」
こうして千鶴に相談するのも、何度目になるだろう。
千鶴だってきっと、もう嫌になっているかもしれない。
「いつもごめんね、千鶴……」
「いえ……私で力になれるなら、嬉しいです。
いつでも相談してくださいね」
あたしの心配をよそに、千鶴はそんなことを言う。
やっぱり、千鶴っていい子だよね……!
「あー、あたしもう千鶴と結婚する!」
「そ、そんな……」
「千鶴が居てくれればいいもん……」
半ばやけになりながら、そんなことを言っていると。
「何馬鹿なこと言ってるの、君は」
あまり会いたくない人物が現れた。
「うるさい総司」
「うるさいってねぇ、君……。
ひとつ忠告するけどさ、
忙しくしてる土方さんに声を掛けるっていうのがおかしいよ」
「確かに……ゆっくり話を聴いてほしいのならば、
その間合いでは無茶と言える」
総司の後ろから、一も同調するようなことを言った。
「そうか……一の言う通りだよね」
総司の意見に従うのは不本意なので、
あくまで一の意見に従うような流れで話す。
「…………それにしても、君も物好きだよね。
相手があの土方さんなんてさ」
「うるさいうるさい!
総司に土方さんの良さが解るか!」
「そうだぞ、総司。
お前は土方さんの良さを知らなすぎる」
あたしが勢い任せにそう言うと、
総司が何か言う前に一が口を開いた。
「…………ごめん、一君。
ややこしくなるから、ひとまず黙ってくれる?」
後で聴くからさ、と、総司が宥めると、
一は「そうか」と言ってひとまず引き下がった。
「あたしは、ただ気持ちを伝えようと思っただけなのに……」
それなのに……
「『好き』ってたった二文字なのに、
土方さんの前に行くとどうしも言葉が出てこないの!」
やけになって叫ぶようにそう言ったあたし。
すると、少し間を空けて背後から声が聞こえた。
「…………何を言ってんだ、お前は」
それは、ここには居るはずのない人の声。
先ほど用があるからと言って、屯所を出て行ったはずの人。
「ひじかた、さん…………」
あたしは後ろを振り向けず、前を向いたままそう言う。
どうしようどうしようと助けを求めるべく総司の方を見ると、
にやりと笑って言った。
「あーあ、なんか僕、のどが渇いちゃった。
千鶴ちゃん、お茶いれてくれる?」
「は、はい!」
「一君も飲むよね」
「…………そうだな」
そうして、千鶴と一を連れ立って行ってしまった。
総司のやつ、あたしを見捨てて……!
そんなことを考えたが、後ろからの視線が痛くて口にすることは出来なかった。
「沖田さん、お二人は大丈夫でしょうか……?」
勝手場に向かう千鶴は、心配そうに後ろを振り返りながら
沖田にそう言った。
「さあね、心配いらないんじゃない?」
未だににやりと笑う沖田は、千鶴の問いにも適当に答えた。
だが、この後の二人のやり取りはなんとなく予想できた。
「大丈夫だよ、土方さんだって結局は……」
彼女とおんなじなんだから。
同じ想い
(土方さんも、彼女と同じことを言うだろうね。)