「うー……」
参った……
まさか、ゲルダから預かった金を落としちまとは……。
「おかげで朝から何も食ってないし」
腹減って死にそう…
……なんて、大げさか。
いや、でもそのくらいつらいよな……。
まさか、ゲルダのところに行って「金を落とした」なんて言えないし。
そんなこと言えば、うるさく言われるのは目に見えてる。
「どうするかなー……」
いい策が見つからないまま、あてもなく歩いていると。
どこからか、声が聞こえた。
「待ってー!」
「……なんだ?」
誰かのこと追いかけてる人でもいんのかな。
まあ、オレには関係ないか。
そう思い直して、一度止めた足を再び動かそうとすると。
「待ってー!
そこの猫っぽい人!!」
猫、という単語を聞いて、まさかと思ったが。
振り返ってみると、さっきから叫んでいたと思われる人間が、
明らかにオレの方に向かって走っているのが見えた。
「はあ、やっと追いついた……」
息を切らしながら、そう言った女。
薬を買いに来た客の中には居なかった気がするし、
なんでオレを追いかけてきたのか。
不思議に思いながらも、その女の次の言葉を待つ。
「はあ、はあ……
これ……落とした、でしょ?」
「これは……!」
差し出されたのは、ゲルダから預かった金が入っている財布だった。
「なんで……」
「さっき、……パン屋の前辺りで、落としたの……見かけて。
急いで追いかけたんだけど……追いつけなくて……」
歩くの速いね、なんて、女は少し笑って言った。
「とにかく、やっと追いつけて良かった……
これが無ければ、大変だろうしさ」
それは確かにそうだ。
そう思いながら、オレは女が差し出す財布を無言で受け取った。
「確かに渡したからね。じゃ!」
用件だけさっさと済ませ、女は立ち去ろうとする。
そこでやっと、オレはまともに礼も言えていないことに気付き、慌てて叫んだ。
「お、おい!」
「……?」
「その……ありがとな!助かった!」
既に走り出していた女とは、少し距離が離れている。
だからオレは少し声を張り上げ、ちゃんと聞こえるように言った。
「…………どういたしまして!」
じゃあね!
と手を振り、女は今度こそ立ち去った。
「…………元気な奴だな」
ここまで走ってきて息切れしてたってのに、また走って帰るとは。
「ちょっと変わってたし……」
けど、また話してみたい……
もっと、いろんな話をしてみたいな。
小さくなる彼女の後ろ姿を見つめながら、オレはそんなことを考えていた。
何か落としたら、また拾ってくれるだろうか
(そんな幼稚なことを 考えたりした)