――屋上庭園のベンチに座っていたとき。 何か人の気配がして振り返ってみると、教育実習生の水嶋郁が居た。 「どうしたの?何か用?」 水嶋のことだから、偶然ここで会うということも無いだろう。 そう思ったあたしは、単刀直入に聞いてみた。 「ええ、ちょっと……陽日先生のことで」 「陽日先生の……?」 まさか、陽日先生に何かあったんじゃ…… あたしの不安が顔に出ていたのか、水嶋は「違いますよ」と言う。 「先生の思っていたようなことは何もないですよ」 だいたい、陽日先生に何かある方がまれですよ、なんて 水嶋は少し失礼なことを付け加えた。 「じゃあどうしたって言うの?」 何かあったわけじゃないなら、陽日先生のことで用って何だろう。 未だに不安が残るけれど、とにかく水嶋の次の言葉を待つ。 「それが……なんだか陽日先生が落ち込んでるんですよね」 「え……?」 どういうこと? 「僕と琥太にぃが保健室でお茶を飲んでいたら、すっごく沈んだ陽日先生が入ってきて」 「え、……」 沈んでた、って……いったい何があったんだろう。 「そのまま放置しておいても良かったんですが、 それも逆に面倒だったんで聞いてみたんです」 「……そしたら?」 「陽日先生ったら、『もう少し俺の背が高ければ、もっとかっこよくできたのに』 なんてずっと言ってるんですよ」 「え?」 もしかして……背のことを気にして、落ち込んでいたってこと? 困惑するあたしの心情を読み取ったのか、水嶋が言う。 「まあ、先生のお察しの通りですね」 「そ、そうなんだ……」 まさか、そんなこと(と言ったら怒られそうだけど)で落ち込んでいたなんて……。 「あまりにも陽日先生が気にしてるものだから、僕ちょっと気になって」 先生に聞きに来たんですよ、と続ける。 「聞きに来た、って……何を?」 「陽日先生が気にしてることについて、ですよ」 先生は、陽日先生の背がもっと高い方がいいと思ってますか? そう聞いてきた水嶋に、あたしは即答する。 「ううん、別に背なんかどうでもいい。 陽日先生は、そのままで十分かっこいいから」 あたしはそんな陽日先生が好きだから。 ……あたしの言葉に、水嶋は一瞬面食らったような顔をする。 「……そうですか」 「うん!」 解りました、どうもありがとうございます。 何やら微妙な表情をしながら水嶋は言った。 「……あ、そうだ! あたし、これから月ちゃんの勉強みるんだった」 もう行くね、と言って、あたしは水嶋と別れた。 「…………だ、そうですよ、陽日先生。良かったですね」 そっとポケットの中からケータイを取り出した水嶋は、そう言った。 『あーもう、俺すっげー嬉しいんだけど! 先生がいいって言うなら、もう背のことなんかどうでもいいや!!』 「はあ……」 なんて単純な人だ、と思いながら、水嶋はため息をついた。 |
彼女は気づかなかったのだ
(僕と陽日先生のケータイが ずっと繋がっていたということを。)