『今日は転ばないようにね』


          出かける前に母から言われたことを思い出しながら、私はカトライアの街を歩いていた。



          ……突然ですが、私はよく転びます。
          何かに躓いて転ぶこともあるし、何もないところでも転ぶ。
          
          別に足が不自由なわけではありません。
          だけど、よく転んでしまうのです。

          いつも気を付けているのに……。





          「今日こそは転ばないようにしないと……!」


          いつの間にか止まっていた足を、再び動かそうとする。

          けれど次の瞬間には、体が傾いていた。


          また転んでしまう……!


          思わず目をつむってしまった。
          けれど、転んだ衝撃はいつまで経ってもやってこない。







          「なにが……」


          どうなったの、と言い切る前に。
          頭の上から、別の声が降ってきた。










          「大丈夫か?」

          「え、……?」


          誰……?

          そう思って声のした方を見上げてみると。
          とても綺麗な男の人が居ました。

          黄金色の髪に、紫の瞳、
          気品を感じられるような雰囲気……。










          「立てるか?」

          「あ、……は、はいっ!」


          私は身を案じて頂いたにも関わらず、まともに返答もせずにいたことに気づき、
          二つ目の問いに慌てて答えたのでした。







          「あ、あの、助けて頂き、本当にありがとうございました」


          立たせていただいたあと、私は改めてお礼を言いました。







          「いや、気にしなくていい。
           それより、今度からは気をつけろよ」

          「は、はい!」


          その人はそれだけを言い、去っていきました。










          「お名前を聞けば良かったかな……」


          どこのどなたなのでしょう。
          また会えれば、いいのですが……。

          そんなことを考えながら、私は止まっていた足を(今度は慎重に)動かすのでした。




















          ――数日後。





          「あら、こんにちは!」

          「あ、こんにちは、ティアナさん!」


          街で偶然ティアナさんに会った。
          ティアナさんには以前、街中で転んだところを助けて頂いた関係で
          お知り合いになれたんです。

          お買いものですが、と、ティアナさんに問いかけようとしたとき。
          その隣に居る人を見て、私は声にならない叫びをあげました。







          「ティ、ティアナさん、そちらの方は……!」

          「え、マティアスのこと?」


          黄金色の髪に、紫の瞳……
          間違いありません、この間の方です!










          「あ、あの!
           先日は本当にありがとうございました」


          マティアスと呼ばれた方にお礼を言うとともに、
          不思議そうにするティアナさんに、私は事情を簡単に説明しました。










          「そっか、マティアスも転んだ彼女を助けてあげたのね」

          「ああ……しかしお前も助けていたとはな」


          それにしても転びすぎだから気を付けろよ、と、
          大きな手を私の頭にぽんと置き、優しく微笑んで言いました。







          「それじゃあ、またね」

          「は、はい、ティアナさん!」


          どうしよう、私……












































天使と悪魔の間で揺れる






(もう転ばないように、という天使と また転べば助けてもらえるよ、という悪魔。)