「木吉先輩!」

「お、なんだなんだ?」


部活が終わったあと、木吉先輩は「自主練していく」と言って
ひとり体育館に残った。

他の先輩方や黒子くんたちも、既にみんな帰宅している。
今ここに居るのは、木吉先輩と私だけだ。





「まだ帰ってなかったのか?」

「はい、ちょっと……用があって」


本当は先輩を待っていたんだけれど、口にする勇気はない。
適当な理由を言っておけば、優しいこの人は疑うこともないだろう。






「そうか……
 用があったんなら、しょうがないな」


けど、女の子がひとり、こんな遅くまで残ってたら危ないぞ。

そう言いながら、先輩は私の頭を優しくなでてくれた。





「はい……ごめんなさい」

「はは、解ればよろしい」


……このおおきな手が、私は好きなんだ。
なでてもらうと、すごく安心できるから。









「あ、あの、先輩!」

「ん?」

「一緒に、帰りませんか……?」


実を言うと、これが本来の目的。
部活が終わってもなお私が残っていた理由だ。





「そうだな……一緒に帰るか。
 もう真っ暗だしな」

「は、はい!」


私はずるい人間だ。
こんな時間に、先輩が女子をひとりで帰すわけがない。

それが解っている上で、
「一緒に帰りませんか」などと言っているのだ。


私は本当に、ずるい。
そして、意気地なしだ……。









「何してるんだ?」


帰らないのか、と、先輩が数歩離れた先から声を掛けている。
どうやら、歩き出した先輩に気づかず私だけ立ち止まっていたようだ。

すみませんと言いながら、慌てて先輩のもとへ駆け寄る。














「なあ、ひとついいか?」

「はい?」


先輩の隣に並んで、一緒に歩き始めると。
少し改まった感じで話しかけられる。





「今度から……もしオレを待つなら、体育館の中で待っててくれないか」

「……!」


……ああ、そうか。
先輩は、解っていたんだ。

私に用なんて無いということ。
――本当は先輩を待っていたということを。








「いくら校内だからって、暗くなってきたら外は危ないからな」


私はずるい人間だ。

……だけど、先輩はそんな私の考えを全部見通していて、
それでも「危ないから待つなら体育館の中で」なんて言ってくれる。











「先輩……」

「ん?」

「今度は……体育館の中で、待たせてください」

「ああ」


約束だぞ、と言いながら、
またあのおおきな手で優しく頭をなでてくれた。




























あなたは心もおおきいんですね





(こんなずるい私でさえも、受け止めてくれるのだから。)