「あ、……瞬!」
「……?」
辰巳屋に入る直前、別の方向から名前を呼ばれた。
……その声の主はすぐに解ったが、今は辰巳屋の中に居るはず。
だから、別の方向から聞こえたことが少し奇妙だった。
「こっちこっち!」
そんなことを考えながらも、声のする方へ目を向けると。
予想通りの人が、看板の後ろに隠れながら手招きしていた。
……その様子を見てすぐ頭に浮かんだのは、「下らない用かもしれない」ということだった。
だが、それでも俺がその人を無視できないのは…俺が、その人には敵わないと自覚しているからだろう。
「……何をしているんですか、そんな風にこそこそと」
「うん、それも今から説明するから、ちょっとこっち来て!」
俺の問いには答えず、その人はそのまま俺を引っ張って路地裏に入った。
「それで、一体何ですか。
下らない悪巧みなら、俺は手伝いませんよ」
「ちょっ、あたしがいつ悪巧みをした!?」
いつもアーネスト辺りと誰か(主にチナミ)をからかっているのは、悪巧みではないのか?
……いや、この人にそれを言っても無駄な気がしてきた。
「違う違う、ちょっと瞬にお願いがあって……」
「お願い?」
「うん。えーとね、……」
「ありがとう、瞬!おかげで助かったよ」
満面の笑みでお礼を言う彼女の手には、一つの包み。
「でも、良かったんですか?
誰かへの贈り物を、俺の好みで選んでしまって」
彼女の「お願い」というのは、
贈り物をしたいので俺に選ぶのを手伝ってほしい、ということだった。
俺とその相手とでは好みが違うのでは、と言ってみたものの、
彼女は「瞬に選んでほしい」の一点張りだった。
「うん、大丈夫!だって、瞬が選んでくれたら、間違いないから」
迷いのない瞳で、そう言った。
彼女がこの瞳で何かを告げるとき……必ずそこには、いつも確信があった。
「……はい!」
「え……?」
少し間を空けて、先ほどまで手にしていた包みを俺に差し出した。
わけが解らず立ち尽くしていると、彼女がまた笑みを浮かべて言う。
「受け取ってくれる?」
「え、……ですが、これは……」
「うん、そう。これ、瞬へのプレゼントだから」
『うん、大丈夫!だって、瞬が選んでくれたら、間違いないから』
そういうこと、だったのか……。
「一応、その…誕生日プレゼントなんだ。
本当は自分で選んで、渡したかったんだけど……」
俺の好みが解らず悩んでいたが、
どうしようもなくなって直接聞いてきた…ということらしい。
「えーと……受け取って、くれる?」
俺が何も言わないからか、少し不安そうにする。
我に返った俺は、慌ててその包みを受け取って口を開いた。
「はい…… あなたからの贈り物なら、喜んで」
そう言ったあと、彼女はまた満面の笑みを浮かべるのだった。
例えばそれが道端に転がる小さな石だとしても
(あなたの心がこもっていれば、何よりの贈り物になる)