「暑い……」
8月に入り、夏の暑さもいよいよ本番といった感じだ。
あたしはそんな炎天下の中、
誠凛の体育館を目指して歩いていた。
『あっ、もしもし!』
『どうしたの、リコちゃん。今は練習中じゃ……』
『それがね、練習メニューをまとめたノートを、
家に忘れてきちゃったのよ』
今日から試しにやってみようと、
新しいメニューをまとめたノートだという。
……確かに昨日は夜遅くまで電気が付いていたし、
一生懸命に考えたものなのだろう。
『解った。じゃあそのノート、あたしが届けるよ』
『本当!? ありがとう!』
『いえいえ。
それでそのノートって、どこにあるの?』
そう聞くと、「部屋の机の上にある」と言われたので、
あたしは「すぐに持っていくね」と返して電話を切った。
「えーと、リコちゃんは……あっ、居た!」
体育館に着いて中を覗いてみると、
ちょうど試合形式で練習しているところらしかった。
審判は日向くんがやってるみたいだけど、
リコちゃんも真剣な面持ちでその試合を見ている。
「リコちゃん、お待たせ」
そっと体育館に入り、彼女のそばまで行く。
小声で話しかけたんだけど、すぐに気づいてくれた。
「わざわざごめんなさい!
本当に助かったわ、ありがとう」
「どういたしまして」
ホッとしたように笑って、リコちゃんはノートを受け取った。
「ところでその格好、もしかして……」
「うん、せっかく来たんだし、
何かお手伝いできないかと思って」
ジャージ姿のあたしを見て、
リコちゃんはおおよそ予想できたらしい。
ただノートを届けたたけじゃ、もったいないしね。
そう言うと、リコちゃんは初め申し訳なさそうにしたものの……
やっぱり人手は欲しかったのか、
あたしの申し出を素直に受け入れてくれた。
「じゃあさっそくだけど……
火神くんを呼んできてくれないかしら」
「火神くんを?」
そう言えば、体育館の中と周辺には居なさそうな……
「顔を洗ってくるって水道のほうに行ったきり、
まだ戻ってこないのよ」
次の試合では火神くんも出るから、
そろそろ戻ってきてほしい、とのことだ。
「解った。じゃあひとまず、火神くん捜索に行ってきます!」
「ええ、お願いね」
リコちゃんの返事を受け、あたしはすぐに体育館を出た。
「水道って確か、こっちだったよね……」
生徒じゃないから当たり前だろうけど、
誠凛の中で迷わず行けるのは体育館くらいで。
水道の場所も、知ってるけどちょっと曖昧というか……
「…………あっ! あそこかな」
なんて考えているうちに、なんとか水道のところまでは来れた。
でも、肝心の火神くんの姿は見当たらない。
「どこ行ったのかな……」
体育館から真っ直ぐ来たわけだし、
戻ってきてるなら途中で鉢合わせそうだけど……
「……!」
「……何してるんすか?」
「あ、……」
ぎゅ、と、後ろから急に抱きしめられる。
次いで聞こえた声は、今しがた探していた人のもの。
「火神、くん……」
「今日あんたが来るって、カントク言ってなかったすけど」
「う、うん……急きょ来たからね……」
なんてことを言い合っている間も、
火神くんはずっとあたしのことを抱きしめている。
本来なら、こんな炎天下でくっついてたら
暑いなぁって思うんだろうけど……
やっぱり相手が火神くんだからなのか、
それよりも嬉しい気持ちのほうが大きかった。
「あの……火神くん」
「はい」
正直、まだこうしていたい気持ちはあったけど……
今はリコちゃんの指示で、火神くんを呼びにきたのだ。
早く戻らなければ、彼女や他のメンバーが困るだろう。
「そうなんすか」
しかしその旨を伝えても、
火神くんがあたしを離すそぶりは見られない。
「火神くん!」
「……」
「早く戻らないと……」
「…………」
こんな火神くんは初めてで、どうしようか対応に迷ってしまう。
でも、ほんと、早く戻らないと……
「……今、」
「え……?」
どうやって火神くんを連れ戻そうか、悩み始めたとき……
ふいに、耳元で何か言われた。
何か伝えたいことがあるのかと思い、
急ぎたい気持ちを抑えつつその声に耳を傾ける。
「ちょうどあんたに、会いたいって思ってて。
だから、本当にあんたが現れて嬉しかったっつーか……」
それは、つまり……
あたしが居たのが嬉しくて、抱きついてきたってこと?
「……あはは」
「ちょっ! なんかバカにしてねぇすか!?」
「してないしてない」
ただ、かわいいなぁって思っただけだよ。
そう言うと、「もういいっす」と拗ねてしまう。
その流れであたしから離れた火神くんは、
ふてくされたまま体育館への道を歩き出した。
「あっ、待って、火神くん!」
あたしも慌てて、その背中を追う。
「ねぇ、火神くん。あたしも同じだよ」
「……?」
「あたしも、あなたに会えて嬉しい」
リコちゃんのお手伝いをしようと思ったのも、
そうすればあなたと一緒に居られるからなんだ。
「…………あんたにはホント敵わねっす」
あたしの言葉を聞いた火神くんは、そう言って優しく笑ってくれる。
あたしもつられて、一緒に笑った。
早く体育館に戻らないといけないのに
(もう少しこうしていたいな、なんて思ってしまった)