「さん……
起きてください、さん」
「んん……」
なんだか、弁慶さんの声がする。
これは夢?それとも……
「さん、どうか起きてください」
……違う、夢じゃない。
あたしのことを、呼んでいる……。
「ん……べんけい、さん…………?」
重いまぶたをなんとか開けてみると。
そこには、先ほどの声の持ち主の顔があった。
「えっと……あれ?」
辺りを見回してみると、そこは今となっては見慣れている将臣くんと譲の家で。
だけど、寝起きだからなのか、頭がぼーっとして何故ここに居るのかが解らない。
「ふふ……まだ寝ぼけているようですね」
そんなあたしを見て、弁慶さんが少し笑った。
そして、頭に?があるあたしに、補足してくれる。
「皆で年越しをしようという望美さんの提案で、
夕方から君や望美さん、朔殿もここに集まったでしょう?」
……そういえばそうだ。
みんなで年越しするから、一緒に有川家に泊まろうよ、なんて
望美ちゃんが言い出したんだっけ。
それからもちろん行くと答えたあたしは、昨日、
辺りが暗くなる少し前に、ここ有川家にやって来たんだ。
弁慶さんの言葉を頼りに、あたしは記憶の糸を手繰り寄せる。
「実際に年を越した後も、しばらく皆で談笑していましたから」
夜更かししたためか、いつの間にか眠ってしまったらしい。
そんなあたしを、弁慶さんが空き部屋まで運んでくれた、とのことだ。
「なんか、すみませんでした……」
重かったでしょう、と言うと、
そうでもないですよ、という答えが返ってきた。
……ええと、ちなみに、将臣くんと九郎を除く他のメンバーは、
きちんと自分で寝床に向かったらしい。
(二人はみんなが運んであげたとのことだ)
似ていないようで似ている青龍組だな、なんて思いながら、
あたしはふと気づく。
「そういえば、もう朝なんですか」
起こしてくれたということは、もう起きる時間なのだろうか。
そう思いながら問いかけると、弁慶さんは首を横に振った。
「いいえ……まだ起きるには少し早いですよ」
「そう、ですよね」
だって、カーテンの隙間から光が差し込んでいないから。
曇りであれば、朝から空も暗いだろうが、
今日の天気は晴れだ、と確か昨日のニュースで言っていた。
けど、それならどうして弁慶さんはあたしを起こしたのか。
頭に浮かんだその問いを、察してくれたらしい。
弁慶さんは少し笑って、教えてくれる。
「実は……君と、日の出を見に行きたくて」
日の出……?
「そっか、初日の出ですね!」
「ええ、その通りです」
一緒に初日の出を見に行こうと思って、あたしを起こしてくれたという。
……いつもなら、朝早くに起こされたら機嫌が悪くなるだけなんだろうけど、
そこはやっぱり相手が弁慶さんだから。
なんだかわくわくして、自然と顔がにやけてしまう。
「この時間、外はとても冷え込んでいますから……
きちんとあたたかい格好をして出かけましょう」
「はーい!」
弁慶さんの言葉に従い、あたしは支度を済ませた。
「はあ……本当に外は寒いですね」
「そうですね」
かなり厚着したからどうしようかと思ったけれど、
やっぱりマフラーをしてきて良かったな。
「あ、……そういえば、弁慶さん。
どこで初日の出を見るんですか?」
一緒に出掛けられることが楽しみで、そこまで考えていなかった。
もちろん弁慶さんのことだから、そんなことは調査済みだと思うけど……。
「海ですよ」
「海……ですか?」
「はい」
そっか、なるほど……
「なんだか不思議そうですね」
「はい、ちょっと想像していたのと違ったので」
なんか高いところから見るのかな、と思ったんです。
そう言うと、今度は弁慶さんが「ああ、なるほど」という顔をした。
「初めはそれも考えたのですが……
せっかく海に面している場所ですから、海がいいかな、と」
そう言って、弁慶さんは微笑んだ。
いつもの少し笑っているあの顔とは、ちょっと違う……
とても、優しい顔をして。
……弁慶さんがこの顔をするときは、割と限られている。
例えば九郎と望美ちゃんの微笑ましいやり取りを見ているときとか、
治療してあげた患者さんにありがとう、と言われたとき……
そして、本当にたまに、故郷に居たときの話をしてくれるときも。
だから、あたしは気づいてしまった。
弁慶さんが今、熊野のことを考えているのだと。
「……あの、弁慶さん」
「はい」
「熊野でも……こうして海のそばで初日の出を見たんですか?」
弁慶さんにしては珍しく、一瞬目を見開いていた。
でも、すぐにそれは苦笑に変わる。
「……驚いたな。
君は読心術を心得ているのですか?」
「そんな高度は技術は持ち合わせていません。
でも、解るんです」
――他でもない、あなたのことだから。
あたしがそう言うと、弁慶さんはまた目を見開いて驚いたけれど。
今度は、あの優しい顔で微笑んでくれた。
「まだ熊野で暮らしていた頃は、新年に関わらず、
よく海のそばに行って日の出を見ていました」
嫌なことがあった後は、特によく見に行ったという。
それはつまり……日の出を見るということは、
弁慶さんにとっては立ち直るための儀式のようなものだったのかもしれない。
少し大げさな言い方かもしれないけれど……
おそらくはそういうことなんだろう。
「熊野で見る初日の出は、本当に綺麗でした」
あなたにお見せできないのが残念です、と言った。
「でも、きっとこの町から見る初日の出も綺麗だと思いますよ」
「どうして解るんですか?」
「それは……我らの神子が、生まれ育った場所ですからね」
清浄な地であることは間違いないでしょうから。
その言葉に、なるほどそうか、なんて納得してしまった。
「着きましたよ、さん。
この辺りが日の出を見るのにいい場所らしいんです」
確かに、周りにもちらほら初日の出を見に来ているらしき人が居る。
「時間もちょうどいいですね」
腕時計に目をやりながら、弁慶さんが言った。
「そろそろですよ」
その声に従って、視線を海に向ける。
すると、しばらくして待っていた太陽が姿を現した。
「すごい……!」
「ええ……本当に……」
辺りからも、わあっと歓喜の声が上がる。
「きれい…………」
そうして、しばらく昇る太陽に魅入っていた。
「では、そろそろ帰りましょうか」
「はい」
弁慶さんの言葉に従い、来た道を引き返してゆく。
『嫌なことがあった後は、特によく見に行ったんですよ』
そこでふと、あたしは先ほどの言葉を思い出した。
――ちょっと待って。と、いうことは……
「弁慶さん!!」
「ど、どうしたんですか、そんなに慌てて」
「昨日、何か嫌なことがあったんですか!?」
「……え?」
意味が解らない、というふうな顔をした弁慶さんだったけれど、
すぐに何のことだか察したらしい。
「さん……
別に、嫌なことがあったからこうして日の出を見に来たわけではないんですよ」
「え、……そうなんですか?」
「はい」
な、なんだ……良かった。
あたしはてっきり、昨日何か嫌なことがあって、それでここに来たのかと思った。
「心配してくれたんですね……ありがとうございます」
「そんなの当たり前じゃないですか!」
あたしがそう言い切ると、弁慶さんは嬉しそうに笑った。
あの日の出よりも
(やっぱり君は 綺麗ですね)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
2012年お年賀企画テーマ「初日の出」を弁慶さんにてお送りしました。いかがでしたか?
てか、弁慶さんが本当に好きなんですが!どうしよう!(何
今回あんま大変にならないように、いつもより短いお話にしようかと思いきや
弁慶さんのときだけスラスラ書けたので結局いつもとあんま変わらない長さです;
でも後悔はしない!
ところで弁慶さんが熊野で日の出を見ていたくだりは、千夜の妄想です。
勝手に作った設定なので、あんまり信じないでくださいね;
あと、ネットで調べたら、鎌倉も海から日の出が見えるスポットがあるそうなのですが
もしかしたら有川家がある(と思われる)場所からは少し離れているかもです。
まあ、その辺はこう……うまいこともみ消します(え
2月は弁慶さんの誕生日も控えているので、頑張らねば!ですね。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!
Created by DreamEditor