「……ここは、」


扉を開けた先にあったのは、よく見慣れた場所だった。







「戻ってきた……ということか」


ここは普段、父や自分が日々を過ごしている場所……伽羅御所だ。
扉を開けてどこか異世界にでも行くのかと思っていた奥州藤原が総領――藤原泰衡は、
少々拍子抜けしてしまった。










「……ん?」


ふと泰衡は、足元に何か落ちていることに気づいた。
それを拾ってみると、どうやら文のようである。







「……!
 牡丹殿から、か……」


差出人を確かめると、牡丹の姫――であることが解った。















     藤原泰衡殿

   用があったので立ち寄ってみたのですが、お部屋にお姿が無かったので
   書き置きだけ残しておきます。もしお時間があれば、会って頂けると助かります。
   突き当たりのお部屋におりますので、そちらまでお願い致します。


                                 

















「……フッ、相変わらず文のときだけ口調が違うな」


こんなことを言うと間違いなく反論してくるだろうが、
もとより彼女は、このような丁寧な口調で泰衡と話したりしない。

仮にも総領である相手に敬語も使わなければ、名前も呼び捨てである。


ただ、文を書くときだけは、とても丁寧な口調になった。
泰衡だけでなく、神子や八葉たちに書くときもそうなるので、
どうやら一種の癖のようであった。







「突き当たりの部屋、か」


読み終えた文をそっと懐にしまい、泰衡は指定された部屋に足を向けた。



























「……牡丹殿、いらっしゃるか」


目的の部屋の前に立ち、ふすま越しに声を掛けるが、返事は無い。







「牡丹殿……いらっしゃらないのか?」


もう一度声を掛けてみるが、やはり返事は無い。

自分から呼びつけたのに、まさか留守にするなど……
泰衡が若干憤りを感じた、そのとき。















「泰衡、こっち!」


待っていた声は、部屋からではなく彼の背後から聞こえた。
何故と思いながらも振り返ってみると、やはりそこに彼女の姿がある。







「牡丹殿……
 何故部屋ではなく庭にいらっしゃる?」


眉間に皺を寄せ、先ほどの憤りを隠すこともなくそう問うと。










「うん、ちょっと……
 泰衡に、見てほしくて」

「見てほしい?」


いったい何を、と問いかける前に、彼女は扇を取り出して構えた。
どうやら舞うつもりらしい。







「…………」


彼女の舞は何度か目にしたことがあり、とても綺麗ではあるが、正直いつも唐突である。

……だが、誰よりも先を考え行動している牡丹の姫だ。
今はただ、黙って従うことにした。



















「平泉の未来に、多くの光あらんことを――……」


確か以前に舞ったときも、同じようなことを口にしていた気がする。
そうして彼女が念じると、辺りに藤の花びらが舞った。







「やっぱり泰衡には、藤の花が似合うね……」


舞い終えた彼女が、微笑みながら言う。

そんな彼女にも、同じように藤の花びらが舞い落ちてきていた。















「花ならば……あなたのほうが似合うだろう」


美しくて強い意志を持ち、曇りのなき瞳で前を見据える。
そんなあなたにこそ、美しい花は似合うのだろう。







「え、……」


彼女が目を丸くしたことで泰衡はすぐに気づいた。
どうやら今の想いは、言葉に出てしまっていたらしい。







「あ、いや、牡丹殿、これは……」


何か言わなければ、と言葉を探すが、
そうして焦ってしまうと逆に何も出てこない。

そんな泰衡をきょとんとした顔で見つめていた彼女は、次第に笑みを浮かべる。















「ありがとう……嬉しい」

「嬉しい?」

「うん」


泰衡に似合うと思っている藤の花が、あたしにも合っているだなんて。
なんて、嬉しいことなんだろう。

そう言い切った彼女を、泰衡は驚くような表情で見つめる。







「牡丹殿、あなたは……」


どうしてあなたは、…………

……いや、そうだ。
あなたは、そういう人だったな。















「泰衡?」

「いや……何でもない」


未だ不思議そうにする彼女に、泰衡はもう一度「何でもない」と答えた。







「それより、牡丹殿……
 文にあった用というのは」

「うん、今の舞のこと」


だからもう済んだ、という彼女は、どこか満足そうだった。










「そう、か……」


用が済んだのならば、彼女がこれ以上ここに留まる理由は無いだろう。
だがそれが嫌だと思ってしまった泰衡は、また眉間に皺を寄せていた。















「あたしの用は済んだから、じゃあ次ね」

「なに……?」


わけが解らず聞き返す泰衡に、彼女は何でもないように答える。







「さっきの舞の件は、あたしから泰衡にあった用事。
 次は、御館から総領殿にある用事」

「父上から?」


いったい何の用だというのか。
そう思いつつも、泰衡は黙って彼女の言葉の続きを待つ。










「御館より承った言伝を書き留めてきたので、そのまま読み上げます。

    泰衡へ

   近頃、あまり平泉の町を巡っていないようじゃな。
   上に立つ者が自分の治める地について把握していないようでは、話にならん。

   故に、今日一日は牡丹殿と共に平泉の地を巡られよ。
   そうして今一度、この地をよく理解してほしい。

                        藤原秀衡


                           ……とのことです」


彼女が読み上げた父からの言伝を聞いても、泰衡はしばし黙ったままであった。















「泰衡?」


何も反応を見せない……否、微妙な心境だという表情をしている泰衡に、彼女が声を掛ける。
すると、泰衡は呆れたようにため息をついた。







「父上があなたに託されたというから、どんな用件かと思えば……」


単に平泉を巡回してこいといった内容か。
想像していたものと全く違っていたその用件に、思わず再びため息をついてしまった。















「なんかかなり不服そうなんだけど、御館のお言葉には変わりないよ。
 ちゃんと見回りに行くんでしょ?」


泰衡の様子に、彼女は苦笑しながら問いかける。








「……ああ。
 そもそも父上のお言葉があろうと無かろうと、今日は平泉を巡回する予定だった」

「あ、そうなんだ」


だったら、ちょうど良かったね。








「でも、ひとりで行く予定だったんなら、あたしは居ないほうがいいかな?」


御館のお言葉はあるけれど、ひとりの方が動きやすいのであれば……。

そう言った彼女の手を、泰衡は慌てて取った。










「一人のほうが良いなどということはない、むしろ……」


むしろ、共に来てほしいくらいだ。
あなたがそばに居ると、いつも見えていなかったものが、見えてくるから……















「むしろ?」


言葉を途中で止めたまま黙り込んでしまった泰衡に、彼女が問いかける。







「あ、いや……
 とにかく、父上のお言葉もある。あなたには共に来て頂きたい」

「……うん、解った!
 じゃあ出かける支度してくるね」


泰衡の素っ気ない言葉に笑顔で答え、彼女はこの場を去った。















「…………全く救いようがないな」


自嘲的な笑みを浮かべ、泰衡はつぶやいた。

ただ単に一緒に来てほしいのだと、素直に言えれば……。
いつも彼女が笑顔で応えてくれることに、自分は甘えている気がする。







、殿…………」


彼女が戻ってきたら、まずは名前を呼んでみるか。
そうして次に、ずっと伝えたかったことを言葉にしよう――……












































追加メンバーへの指令:さんと会ってきて!


(あなたが俺にとってどんなに大切な存在なのか

                         今日こそは言葉にして伝えようと思う)






















































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  遙か十周年企画、追加メンバーの泰衡Ver.でした! いかがでしたか?
  泰衡は最初すごく嫌いだったんですが(十六夜記は銀贔屓なので/オイ
  何かですごく印象変わったんですよね…何だったかな……どこかのサイト様の夢かな?(曖昧

  声は鳥海さんなのでもともと好きなんですが。
  あと、キャラソンが切なすぎますね。泣けますよ。まじで。

  後で泰衡さま救出の(?)夢も書いてみたいものです。
  あの運命、あたしが変えてやるよ!(誰
  てか銀も大好きだから、奥州組が好きなんですけど。
  奥州組と絡み隊。(何

  最後にまた補足なんですが、またここでも牡丹の姫設定です。
  ただ、2長編とは別人だと認識して書いておりますが。
  この設定知らなくても読めるし私もこの設定なくても書けるっちゃあ書けるんですが、あえて。
  泰衡さまに名前を呼んでもらうまでの、この、もどかしさみたいなもの?と書きたかっただけ。(オイ
  結局まだ呼んでませんけどね!(何

  とにかく最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!
  追加メンバーは他にもいるので、ご覧頂ければ幸いです^^

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