「おはようございます、千石くん」
「ちゃん、おはよう!」
学校までの道を歩いていると、校門の手前で声を掛けられた。
相手は、俺の大切なかわい〜い彼女で。
「今日も暑いですね……
千石くん、体調はどうですか?」
「確かにこの暑さには参っちゃうけど、俺は大丈夫だよ」
「そうですか……良かった」
にこっと笑って、そう言った。
――ああ、本当に可愛いなぁ。
そんなことを考えながら彼女を見つめていると、
また別の誰かに声を掛けられた。
「おはよう、千石に」
「南くん、おはようございます」
現れたのは、部長の南。
せっかく二人きりだったのに、という念を込めて、俺は南を見る。
「な、なんだよ、その目は」
「別に〜」
こういうところは全然気が利かないよなぁ、南って……
「皆さん、おはようございますです!」
「おはようございます、壇くん」
って、壇くんまで?
今日なやたら邪魔が入るなぁ……。
けど、そんなことを考えながらも、口にはしないでいる俺。
ちゃんに嫌われたくはないしね〜……。
「先輩、すみませんがまた勉強を見てもらえませんか?」
「はい、いいですよ」
「ありがとうございますです!」
ちょっと壇くん!
俺の断りもなく何を勝手に……
…………って、今「また」って言ったよね?
前にも教えてもらったことがあるの?
「おい、壇。
勉強なら俺が見てやるって言っただろ」
「で、でも、南部長の説明は難しすぎるですよ」
確かに南の説明は堅苦しくて解りにくいけど、
そういう問題じゃなくてさ!
「ね、ねえ、ちゃん。
いつの間に壇くんの勉強見てあげてたの?」
「え? ええと、確か……
先日の中間テストの前、だったと思います」
「そ、そうなんだ〜」
中間テストの前?
そんなことあったっけ……。
「千石さんは確か、『用があるから先に帰るね』と
さんに言っていた日だと思いますが」
「室町くん!」
考え込んでいた俺の背後から、突然室町くんが現れた。
正直、その登場の仕方はちょっと怖い。
「あー、確かにそうだったかも」
「千石さんは先に帰ってたかも」
「室町くん、新渡米くんに喜多くんも……
皆さん、おはようございます」
え、何? どういうこと?
「そうそう、お前が珍しくを置いて先に帰った日、
俺たち揃って勉強会をしたんだったよな」
そうだったそうだった、なんて顔をしながら、
東方が俺に向かってそう言った。
「……って、東方、居たんだね」
「俺は南と一緒にほぼ最初から居たぞ!」
「僕も気付かなかったです」
「そんな……!」
がーんとうな垂れる東方の肩を、
南がぽんぽんと叩いている。
「それで、ちゃん。
いつの間にそんな勉強会なんて話になってたの?」
そうそう、一番気になるのはそこなんだよ。
「確か……千石くんと教室で別れた後、
私が図書室に向かっていたら偶然壇くんと会ったんです」
それでテスト勉強を見てほしいと頼まれ……
もともと自分も図書室でそうするつもりだったから、
最終的には一緒に勉強をすることになったらしい。
「図書室に行ったら、南くんと東方くんも勉強なさってたので」
「残りのメンバーも呼んで、みんなで勉強会したんだよな」
俺の居ない間に、そんなことしてたの?
「へぇ〜、そうだったんだ〜……」
発覚した事実に衝撃を受け、今度は俺がうな垂れる。
「ごめんなさい……
やっぱり、千石くんにも連絡すべきでしたね」
用があると言った俺に遠慮して、彼女は連絡をしなかったらしい。
「あ、うん……大丈夫だよ、気にしないで」
確かにいつの間にか勉強会がなされていたことは気になるけれど、
彼女に哀しそうな顔をさせるわけにはいかない。
だから、俺は慌ててそう言った。
「まあ、先に帰った千石さんが悪いんじゃないすか」
「そうですよ、先輩が気にすることじゃないです」
ってこの後輩二人組はぬけぬけと!
「まあ、とりあえず教室に向かわないか?
これ以上ここで話してたら遅刻になるからな」
南の言葉を受け、みんなしてぞろぞろと歩き出す。
「はぁー……」
それにしても、なんでうちの部の人間って
俺とちゃんの間に割って入ってくるのかな?
確か、付き合い始めた当初もこうして邪魔?をされたような……
『皆さん、お疲れ様です』
休日の練習で、ちゃんが差し入れをしてくれたときのこと。
『あっ、ちゃーん!』
『千石くん、お疲れ様です。
皆さんに差し入れを持ってきました』
そうして俺がドリンクやらタオルやらを彼女から受け取っていると。
『先輩、ちょっと聞いていいですか!?』
『ええどうぞ』
壇くんが慌てて駆け寄ってくる。
そして一言。
『千石先輩と付き合ってるって本当ですか!?』
『何? それは本当か、!』
『よりによって千石さんとは……』
『失敗したな、』
とかって、言いたい放題で。
『それで、本当なんですか、先輩!』
『ええ、本当ですよ、壇くん』
嘘なわけないじゃないか!
と、俺は心の中で叫ぶ。
『……今からでも遅くない。考え直すんだ』
『そうだ、南の言う通りだぞ、!』
『悪いことは言わないです、
千石さんだけはやめた方がいいですよ』
「…………」
で、結局最後まで言いたい放題だったよね。
本当に俺のことなんだと思ってんのかな……。
「……あ、亜久津先輩です。
亜久津せんぱーい! おはようございまーす!!」
昇降口に差しかかったところで、向こうからやって来る亜久津に
壇くんが声を掛ける。
「亜久津くん、おはようございます」
「…………」
部員ですらも怖がる人間がいる亜久津に、
彼女は当たり前のように挨拶した。
そんな彼女を見た亜久津は、少し間を空けて言う。
「さっさと千石と別れた方が身のためだぜ」
って、亜久津まで何言ってんの!
さすがに何か言い返さなくては、と、俺が身を乗り出しかけたとき。
彼女は言った。
「何か心配してくださっているみたいですが……
千石くんは私の理想の人です。別れたりしませんよ」
またにこっと笑って、そう言った。
「ちゃん……!」
俺は嬉しくって、勢いのまま彼女を思いきり抱きしめた。
「千石くん、苦しいです……」
「ごめんね、でも俺もう我慢できない!」
こんなにかわいいちゃんが、
こんなにかわいいこと言ってるんだから。
「……付き合いきれないっすね」
「もう行こうぜ」
29.翼を失った天使