「信女ちゃん」
「あなたは……」
お墓の前で手を合わせていた彼女に、声を掛けた。
あたしが居ることが予想外だったのか……
彼女にしては珍しく、驚いた顔をしている。
「お花を……供えようと思って」
「……そう」
それだけ言って、彼女は一歩横にずれてくれた。
その意図が解ったあたしは、持ってきた花を手向けて……
そして胸の前で手を合わせ、目を閉じた。
「…………」
佐々木さん……
あたしがこんなことを言うのは、おかしいかもしれません。
でも……
みんなを護ってくれて……ありがとう、ございました――……
――お墓参りを終えて。
あたしは信女ちゃんと一緒に、
近くの甘味屋さんでお茶をしていた。
この辺りは普段から人気が無いのか、
店内のお客さんはまばらで……
幕府とやりあったあたしたちに、気付く人は誰も居ない。
「そういえば……見廻組の皆さんは?」
「見廻組は、もう無いわ。
みんな真選組についていくと言って、その準備に追われてる」
「そっか……」
桂さんの提案により、真選組は江戸を離れることになった。
倒幕の希望である真選組に、ここで倒れられては困るから。
将軍様はおそらく、真選組、銀さんやあたしたちを
放っておくはずはないだろうから……ということだ。
「皆さんが居なくなったら、寂しくなるね」
「大丈夫……そんな暇、ないから」
「忙しいの?」
「これから、そうなる」
淡々とそう言った信女ちゃんだけど、
その瞳には光が宿っている。
とても強い……揺るぎない意志を秘めた瞳だ。
「信女ちゃん……
何か手伝えることがあったら、いつでも言ってね!」
真選組と見廻組、これまで色々とあったけど……
今はもう、そんなことを言ってる場合じゃない。
この国のためにそれぞれが、
出来ることをやっていかなきゃいけないんだ。
なんだかすごくスケールのでかい話だけど……
目の前のことから、ひとつずつ解決していかないと。
「……あなたは?」
「え?」
「あなたは、どうするつもり」
少し間を空けて、信女ちゃんが尋ねてきた。
「あたしは……
実を言うと、まだ考え中なんだ」
でも、結局のところ選択肢は二つだ。
この国に残るか、この国から出るか……
その、どちらかしかない。
「この後ね、土方さんと……
ええと、副長と副長補佐に呼ばれてて」
依頼があるから来てほしい、ってことだったけど。
「依頼……
一緒に来てほしい、っていう依頼ね」
「うーん……どうなんだろうね」
「……?」
あたしの言葉に信女ちゃんはきょとんとしていて、
また珍しい表情を見たな、なんてあたしは思った。
「とにかく、その依頼内容を聞いた上で
自分のことは決めようと思う」
「その依頼がどんなものでも……
最後に決めるのは、あなただけれど」
「そうだよね」
少し遠回しな気もするけど、
きっと信女ちゃんなりに気にしてくれているのだろう。
それが解ったあたしは、余計なことは言わずただ頷いた。
「…………」
ふと、信女ちゃんが無言で席を立つ。
「あっ、もしかしてそろそろ帰る?」
「ええ」
「じゃあ、途中まで一緒に行こう」
お代だけ置いて、さっさと店を出ていこうとするけど
「ダメ」とは言われていないと思うから。
一緒に帰ることを了承してくれたのだと勝手に思い込み、
あたしもお代を払ってから店をあとにした。
「……あっ、あたしこっちなんだ」
途中まで一緒に行こう、と言ったものの……
思ってたより行き先の方角が違っていたらしく、
分かれ道はすぐに来てしまった。
「今日は色々とお話ししてくれてありがとう、信女ちゃん」
「お礼を言うのは、私のほう」
「え?」
あたし、何かしたっけかな……
振り返ってみるが、何も思い当たることはない。
「当たり前のように、異三郎の墓に花を手向けてくれた。
真選組と確執があった私と、ごく普通に話してくれた」
あなたにとっては、何の変哲もないことかもしれないけれど。
「少なくとも私は……
私も、あなたと話せて良かったと思えたから」
「信女ちゃん……」
そんな風に思ってくれたなんて……
なんだか、嬉しいな。
「私は、私の決めた道を進む。
あなたも、自分の行く道は自分で決めて」
「……うん!」
時間は限られているだろうけど……
ちゃんと、考えるよ。
「また会いましょう……」
「うん!!」
そう言って笑った信女ちゃんの瞳には、
さっきと同じように光が宿っていた。
39.光を映さない瞳
(初めて会ったときのあなた、でも今は違うよね)