――僕の世界は、闇に包まれている。

闇以外には何も無く、もちろん光も届かない。


それでも別に、不都合などは感じなかった。
ただ下された命に従って動く。

僕には、それだけあれば良かった。


良かった、はずなのに……





僕はある日、この世界で一点の光を見つけた。
その光は遠く向こうにあって、正体はよく解らない。

今までの僕ならば、そんなものは気にせず捨て置いていた。
けど今は何故か、その光が気になって……


僕はいつの間にか、そこに向かって歩き出していた――……
















「沖田〜」

「なんでしょうか、さん」

「ちょっと身体を動かしたいから、剣の稽古に付き合ってくれる?」


そう言って、どこから持ち出したのか
二本のうち一本の竹刀を僕に差し出す。





「何かアドバイスを、じゃない、えーと……
 助言とか、してくれるとありがたいんだけど」

「……僕は、指導者には向いていませんよ。
 高杉さんや坂本さんにお願いしてみては?」


稽古に付き合いたくない、というわけではなかった。
だが、僕に指導者としての腕が無いのは自覚している。

彼女は「助言がほしい」と口にしていたし、
だからこそ他の八葉の名を挙げたのだが……。





「なんか龍馬は、出払ってるみたいでさ」


高杉は、やってるうちに本気になりすぎて
なんとなく怖いじゃん、と苦笑する。


坂本さんは仕方がないとして……

高杉さんは意外と面倒見がいいし、
適任なのでは、と思うけれど。









「あっ、もちろん忙しいなら諦めるけど……」

「…………」


特に予定は無いし、嫌というわけでもない。

下された命に「さんの稽古の相手」は当てはまらないが、
手持ち無沙汰であるのも確かだ。





「解りました、お相手します」

「やった! ありがと!」


竹刀を受け取りながら答えると、
さんも嬉しそうにお礼を述べた。




















「おいお前たち、いい加減に休め」


しばらく続いていた僕たちの打ち合いを止めたのは、
少し呆れた様子のチナミだった。





「チナミ!
 いつからそこに?」

「少し前からだ」

「え!」


全然気づかなかった、と、彼女は驚く。





「周りの気配に疎いようでは、
 命がいくつあっても足りないぞ、

「た、確かに……もっと周りに気を配らないと、か」

「ああ。沖田はすぐに、
 オレの存在に気づいていたからな」

「え!!」


さんが再び驚きの声を上げた。










「そうではければ、新選組随一の剣の使い手、
 などと言われたりはしないだろう」

「そうだよね……」


確かに、とつぶやきながら、
さんは妙に納得している。





「まだ稽古を続けるにしても、もう少し休んでからにしろよ」

「うん、解った!」


また後でな、と言ったチナミは、そのまま去っていった。















「はー、やっぱ沖田は強いよねぇ」


宿の人に頼んで淹れてもらったお茶を飲み、
さんはそう言った。





「あなたも、十分強いと思いますよ」

「そうかなぁ……」

「はい。 剣術を身につけている女性が、
 どれだけ居るのか解りませんが……」


その中で、必ず五本の指には入るでしょう。





「んー、まぁ……あたしだけの力じゃないけどね」


神に与えられた力があってこそだから、と言う。










「……あなたはどうして、そんなに熱心なんですか?」

「……? 剣の稽古のこと?」

「いえ……それもありますが、
 この世界のこと、全てにおいてです」


――彼女は、この世界の人間ではない。

それなのに、ゆきさんの目指すもののために尽力し、
時には危険も顧みず行動することもある。


僕が自分に下された命をこなすのとは、わけが違う。
だからこそ、不思議だったのだ。










「うーん……一言で言うと、助けたいから、かな」

「助けたい?」

「そう。ゆきはもちろん、みんなのこと助けたくて」


出来ることは限られているかもしれないけど、
それでも全く何も出来ないわけじゃないから。





「だから、自分に出来ることならしたいし」


剣の稽古もそのうちの一つ、ということらしい。

そう語った彼女の表情が、凛としていて……
僕は少し見入ってしまった。










「……そう、ですか。
 ゆきさんだけでなく皆さんお忙しい方ですから、
 きっと喜んでくれると思いますよ」

「そうだといいな〜……いや、っていうか、
 なんで他人事みたいに言ってんの?」

「え……?」


彼女の言葉の意味が解らず、僕は首をかしげる。





「あたしが言った『みんな』の中には、
 沖田も入ってんだけど」

「……!」


その中に、僕も……





「沖田のことも助けたいから」

、さん」

「何かあったら、すぐ言って」

「……!」


そう言って、彼女が綺麗な笑みを向けてきたとき……
僕はようやく気づけた。

遠く向こうにあった光が、
いつの間にかすぐそばにあることを。






















90.ようやく見つけた光はあなた


(光に触れて、それはあなただったのだと気づいた)