その身に纏うは、浅葱色
          その手に持つは、
白銀の刃
          その目に映るは、
赤き血



          人を斬ることが、私の役目。
          私の存在は、ただ、それだけのために。

























          「…………」






          「どうしたの?  ぼーっとしちゃってさ」


          縁側に座っていた私に、声を掛けたのは総司だった。
          いつもと変わらず、他人に心の内を読ませない笑みを浮かべている。






          「別に……ただ、少し考えていただけだ」


          私が答えたのと同時くらいに、総司は隣に腰を下ろしたが、
          何も言わずそのまま座っている。

          ……だが、その視線は言っていた。
          何を考えていたのだ、と。







          「……そんなに深刻なことを考えていたわけじゃない」

          「ふーん、そう。それにしては、深刻そうな顔をしてたけど」


          総司は、いつもの調子で飄々と言ってのける。

          だが、その声音からふざけている様子はうかがえない。
          だから、私も素直に答える気になってしまったのだろうか。















          「……巡察に出ているとき、買い物をしていた見知らぬ女性を見て、思った。
           私と彼女では、全てが異なっているのだと」


          その女性は、見た目からすればおそらく年も近いと思われた。
          しかし私とその人とでは、色々なものが違いすぎる。






          「その人は、綺麗な着物を着ていた。
           その手には、可愛らしい簪があった。
           その瞳には、世の中の綺麗なものだけが映されていた」


          同じ場所に居るというのに、
          別世界の存在のように思えるほど、異なっていた。







          「反面、私が纏うは
浅葱色であり、その手に持つは、白銀の刃
           目に映すは、
赤き血や汚きもの」


          その人と私は、全く対極に位置していると言ってもいい。

          私は、一般の女性と異なっている。
          それを、今さらながら感じてしまったのだ。














          「羨ましかった?」

          「いいや、そういうわけでもない」


          羨ましかったわけでは、ない。

          ただ、今まで自分が考えずにいたものを、
          無理やり実感させられた心地なのだ。






          「あの女性は、あの手から暖かいものを生み出すのだろう。
           しかし、私の手からは破滅しか生まれない」


          人を斬ることが、私の役目。
          私の存在は、ただ、それだけのために。














          「……まぁ、あの人に与えられた使命と、私に与えられた使命は違う。
           元々、比べること自体が間違っているのだろうが」


          いつもは気にしないことを考えてしまったため、少し気恥ずかしくなった。
          私は、苦笑を漏らしてこの場をうやむやにするつもり、だった、


          …………だが。







          「君は、人を斬ることだけが自分の存在理由だと思ってる?」


          ――核心を、つかれた。


          この男は、いつもそうだ。

          普段は何も解らない、とぼけたふりをしているのに、
          触れてほしくないときに限って、核心をついてくるのだ。


          今日もまた然り、だった。















          「君が存在しているのは、人を斬るためだけじゃない」


          そう言った総司は、私の膝を枕にして寝転がった。






          「そ、総司……」


          この男の意図が読めず、少し焦った。
          そんな私の心情を知ってか知らずか、総司は満足そうに笑う。






          「前に一度やってもらったけど、君の膝枕は昼寝にちょうどいいんだ。
           これならぐっすり眠れるよ」


          仕事をさぼってぐっすり眠ってもらっても困る、とも思ったが、
          口にはしなかった。

















          「それから……この手」


          寝転がったまま、総司は私の手をとった。







          「僕、君の手が好きなんだ。
           あったかくて、安心できる気がするからね」


          そう言って、目を閉じた。

          私は未だに総司の意図をつかむことができず、
          ただされるがままの状態になっている。








          「君が纏っているのは、隊服なんかじゃない」


          私が纏ってるのは、
浅葱色じゃない?







          「だったら、何を纏っているんだ」


          そんなはずは、ない。
          私が纏っているのは、
浅葱色……それだけだ。















          「君が纏っているのは、僕たちの信頼。
           君はみんなに仲間として信頼されているんだ。それを、纏っている」


          斬る力のみを信頼してるわけじゃないけどね、と総司は付け加えた。






          「君の手にあるのは、刀だけじゃない。優しいぬくもりがある」


          ぬくもり、だなんて。
          私とは無縁の言葉であるはずなのに。







          「僕に安らぎをくれる君の手には、優しいぬくもりがあるよ。
           刀だけじゃないんだ」


          総司は変わらず目を閉じたまま、
          それでも私の手をぎゅっと握ってそう言い放った。















          「それから……
           君の目に映るのは、赤い血や汚いものだけじゃないんだよ」


          私の目を見て、総司はそう言った
          そして閉じられていた目が、開かれた。






          「確かに、血を見る機会は普通の人より多いだろうと思う。
           だけど、それだけを映しているわけじゃないでしょ?」


          だったら、何を。
          私の目は、何を映していると言うんだ……。


          口には、しなかった。

          だが、総司は私の疑問を表情から読み取ったのだろう、
          すぐに答えをくれた。






          「君の目には、いろんなものが映っているよ。
           それこそ、君がすれ違ったという人と同じように綺麗なものもね」


          ……まさか。そんなはずは、ない。















          「少なくとも、今の君の目には、僕が映ってる」

          「……!」








          
『総司は、綺麗だな』

          『……そう? 
           僕は人を斬ったり色々と悪いことしてると思うけど』

          『そういうことじゃないんだけどな。
           でも、総司は本当に綺麗な存在だと思う』










          総司は、あのとき私は言った何気ない言葉を、覚えていたのだ。






          「君は、僕のことを綺麗だと言った。
           僕は未だにそうは思えないんだけど、仮にそうだとしよう」

          「…………」

          「君の目には、僕が映ってる。
           君が綺麗だと言ったものが、映ってるんだよ」


          私が総司に綺麗だと言ったのは、別に外面的なことではない。
          近藤さんのために、という一途な心……内面的なことなのだ。
















          「僕は、君の方が綺麗だと思う」


          そう言った総司は、起き上がって私と向き合った。






          「そうやって、人のことを綺麗だと素直に言える君こそが、
           僕は綺麗だと思う」


          私が綺麗、だなんて。
          そんなはずないと、そう言い返したかった。






          …………だけど、それは叶わなかった。
          私を見つめる総司の表情が、あまりに優しすぎたから。











          「そ、うじ…………」


          だから、そういうところも。
          そういうところも、総司は綺麗なんだ…………。

















          「…………ほら、。君のこの涙も綺麗だよ」


          総司は私の目に溜まった涙をすくって、そう言った。








          「だけど、あんまり見たくないから、早く泣き止んでね」


          そうして、私を抱きしめた。






          「総司……ありがとう…………」


          そう言うと、どういたしまして、と楽しそうな声が返ってきた。




















          
その身に纏うは、浅葱色
          その手に持つは、
白銀の刃
          その目に映るは、
赤き血





          人を斬ることが、私の役目。
          私の存在は、ただ、それだけのために。















          …………そう、思っていたのに。



          そうではないのだと、それだけではないのだと、教えてくれた人が居る。
          それは、私が見てきた男の中で初めて、素直に綺麗だと思えた人だった。




























あなたの傍に居れば


(私もきっと もっといろんなものを纏い、手にし、この目に映せるのだろう)




























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      総司さんの短編です! いかがだったでしょうか。
 
      その身に纏うは、浅葱色。
      その手に持つは、白銀の刃。
      その目に映るは、赤き血。

      というフレーズはお気に入りです。

      最後まで読んで頂き、ありがとうございました。