「明後日、か……」
2月11日。
明日は弁慶さんの誕生日だ。
『おめでとうございます、弁慶さん!』
この世界に戻ってきてから、弁慶さんの誕生日を何度か迎え、そのたびにお祝いしてきた。
この世界ではあたしと弁慶さんの仲をよく知っている人など居ないから、
毎回二人だけでお祝いしてきた。
別にそれが嫌だとか、そんなことは全くない。
だけど、ときどき思う。
……みんなが居れば、もっと楽しいかもしれないのに。
二人きりでお祝いというのも、とても贅沢なことであって。
そんな状況に不満など漏らしては罰当たりというもの。
だけどね。
ときどきみんなで笑い合ったあの日々が思い出されて、
やっぱり大勢でいるのも楽しいよね、なんて。
考えてしまうのだ。
「……さて、明後日はどうやってお祝いしようかな」
そうつぶやきながら、あたしは部屋の片づけを開始した。
そろそろ片付けなさいと、母に言われていたのだった。
適当に音楽を流しながら、あたしは黙々と片付けをしていく。
弁慶さんのお誕生日をどうお祝いしようか……
ずっとそれについて考えながらも、テキパキと手を動かした。
「……あれ?」
積み重なっていた本やら雑誌やら、学校で使う教科書やら。
それらを一つ一つ片付けていくと、一番下に、見覚えのある冊子を見つけた。
自分の持ち物の中では、唯一和綴じになっているもの。
「向こうで書いてた、日記だ……」
向こうの世界に居た頃、あたしがつけていた日記だった。
日記と言っても、毎日つけていたわけではない。
立て続けに書けたこともあれば、戦場に居た関係で
全く書かない日が続いたこともある。
だが、とにかく……
何か思うことがあったときにには、この日記帳に記していた。
「確か、これも弁慶さんがくれたんだよね」
そう思いながら、なんとなく日記をパラパラとめくってみた。
「……――さん!」
「……!」
あたしのことをさん、と呼ぶ女の子は、一人しか居なかった。
友人たちはみんなあだ名で呼ぶか、ちゃん付けだったから。
……だけど、そんな、まさか。
あたしは一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「やっぱり、さん……!」
ゆっくり振り返ってみると、そこには思った通りの人物が立っていた。
かつてこの世界を救った白龍の神子――春日望美ちゃん。
……「この世界」、と言ったのは、ただの直感だった。
ここがあたしの世界ではないと、言い切れる根拠などなく。
でも、それでもここは、遙か遠く……時空を越えた先にあるあの世界だ。
ただの直感ではあるのだが、不思議と自信はあった。
「望美ちゃん……久しぶりだね」
「はい!
さんも元気そうで安心しました」
望美ちゃんは民族衣装のようなものを着ているから、ここは例のモンゴルだろうか。
もうすっかりここの生活に慣れているといった様子だし、
あれからしばらく経っている時空なのだろう。
あたしはそんなことを考えた。
「でも、良かった。
やっぱり弁慶さんと一緒に来てくれたんですね!」
「え、……?」
弁慶さんと一緒に、とは、どういうことだろう。
そう問いかける前に、望美ちゃんが話し出す。
「ちょっと前に、弁慶さんもここに来てくれたんです。
今は、私たちが暮らしているところで九郎さんとおしゃべりしてますよ」
さんも一緒ですよねって聞いても、弁慶さんったら教えてくれないんだから。
少し拗ねたように言う望美ちゃんを、微笑ましく思った。
――でも、そうか。
弁慶さんも来ているんだ。
彼が生まれ育った、この世界へ。
望美ちゃんが暮らしているというテントのようなものの中に入ると、
先ほど彼女の話にあった通り、九郎と弁慶さんが話し込んでいた。
譲と朔は夕飯の支度をしているらしく、どこか慌ただしい。
将臣くんは近くで横になりながらうとうとしている。
敦盛とリズ先生の姿は見えないが、確か、
外で鍛錬しているだろうと道中で望美ちゃんが教えてくれた。
「! やはり来ていたのか」
弁慶に一緒に来たのかと聞いても、解らないとしか言わなかったんだ。
先ほどの望美ちゃんと同じように拗ねている九郎を見て、少し笑ってしまう。
そんなあたしに、ここに来た経緯を聞いてくる九郎だったけれど、
弁慶さんに目配せしたところ、うまいことかわすようにと言われた気がした。
だから、その通りうまく九郎や望美ちゃんの追及をかわしてみた。
「とにかく、久しぶりに二人が来てくれたんですもの。
今日は少し気合を入れて夕餉を作るわね」
「ありがとう、朔」
あたしの言葉に満足したらしい朔は、上機嫌で台所(のような場所)に戻っていった。
「ところで、望美ちゃん。相談があるんだけど……」
「? はい」
きょとんとした望美ちゃんを連れて、いったんテントの外へ出る。
「実は、向こうの世界だと、今日は2月9日の夜だったんだよね」
翌々日は、弁慶さんの誕生日。
今年も二人でお祝いしようと、部屋の掃除をしながら案を練っていたところだったのだ。
そんなあたしの言葉ですぐ察知してくれたのか、
望美ちゃんは「解りました!」と言う。
「明日はみんなで、弁慶さんの誕生パーティですね!!」
……さすがはあたしたちが仕えた白龍の神子。
彼女は本当に聡い。
そんなことを考えながら、望美ちゃんに「ありがとう」と伝えた。
そうやって当たり前のようにパーティをしてくれるのが、あたしは本当に嬉しかった。
――翌日。
朝から弁慶さんの誕生パーティの準備をし、
お昼くらいからはずっと、みんなで食べたり飲んだりしていた。
もちろん弁慶さんのお祝いがメインだったんだけど。
本当に久しぶりだから、あたしたちの話が尽きることもなく。
そうして、その日は夜までずっと騒いでしまったのだった。
「ここに居たんですね」
その声で振り返ると、弁慶さんの姿があった。
パーティがひと段落し落ち着いた頃……
あたしは一人、テントの外に居た。
久しぶりにみんなと色々な話をして、楽しかったから。
自分も少し落ち着こうと思い、外に出てきたのだった。
そんなあたしを、弁慶さんは追ってきてくれたのだろう。
「ありがとうございます、さん」
宴を開こうと言ってくれたのは、君ですよね。
そう言った弁慶さんに、「お見通しですね」なんて、
あたしは少し冗談交じりに答えた。
「弁慶さん、あたし……
あたし、久しぶりにみんなと会えて良かったです」
弁慶さんは何も言わず、あたしの言葉を聞いている。
「実は……昨日、部屋の掃除をしていたときに、見つけたんです。
前にこの世界に居たとき書いていた、あの日記を」
弁慶さんにもらった日記帳を、久しぶりに見つけた。
そのときちょうどみんなのことを考えていたから、余計に会いたくなってしまって。
「それで、日記を読んだ直後の記憶が曖昧で……
気づいたらここに居ました」
もしかしたらあたしは、あの後すぐここに来てしまったんだろうか。
今ここで考えたって答えは解らないが、タイミング的には外れではないだろう。
「元いた世界に戻って、弁慶さんのお誕生日を何度かお祝いしたけれど……」
久しぶりに、みんなでわいわいしたくなって。
誕生パーティだって言えば、きっと彼女は乗り気で手伝ってくれると思ったから。
だから、きっと。
会えれば、みんなで楽しくできるはずだって思えたんだろう。
「……ふふ、あなたの思った通りでしたね、さん」
「はい!」
弁慶さんはただ、かすかに笑ってそう言ってくれた。
「あ、いたいた!
弁慶さん、さん!」
「望美ちゃん?」
テントの中から、望美ちゃんが出てきた。
何か急ぎの用だろうか、と、彼女に向き直ると。
「これ、二人にプレゼントです」
「これは……」
「首飾りですよ!」
しかもお揃い!と言いながら、望美ちゃんは笑う。
「で、でも……弁慶さんはともかく、あたしはもらう側じゃないよ?」
少し焦ってそう言ったんだけど、望美ちゃんは首を横に振って言った。
「二人が、ずっと仲良く一緒に過ごしていけるように、って、
お祈りしてあるんです」
だから、二人で持っていてください。
「望美ちゃん……」
「ほら、受け取ってください。
これ九郎さんと一緒に作ったんですから」
もらってくれないと、九郎さんに言いつけちゃいますよ!
冗談交じりに言う彼女から、おずおずと首飾りを受け取った。
「ありがとうございます、望美さん」
「本当に……ありがとう」
「ふふ、どういたしまして!」
満足そうに笑う彼女につられて、あたしも弁慶さんも笑った。
「……――え、」
そしてふと顔を上げてみると。
あたしは自分の部屋に居た。
手元には向こうの世界で書いていた、あの日記帳がある。
「……夢、だったのかな」
先ほど望美ちゃんたちと久しぶりに会って、いろいろしゃべって、
一緒に弁慶さんの誕生パーティをやったのは、全て……
全て、夢だったのだろうか――……
そう思い始めたとき、首のあたりで、じゃら……と何かの音がした。
「これって……!」
弁慶さんと二人、お揃いで望美ちゃんからもらった首飾りだった。
そっと触れてみると、確かにそれはここに在る。
「夢じゃ、なかった……」
夢じゃなかったんだ。
彼女と……みんなと久しぶりに会えたあの出来事は。
それが解ると、あたしは、すぐにケータイを取って電話をかけようとする。
……でも、それより先に、誰かから電話がかかってきた。
着信画面には「弁慶さん」と書いてある。
あたしが今まさに電話をかけようとしていた相手だった。
「も、もしもし!」
そのタイミングの良さに驚いてしまい、妙にどもってしまった。
電話の向こうで、弁慶さんが声を押し殺して笑っているのが解る。
「ちょ、弁慶さんいつまで笑ってるんですか!」
「ふふ……すみません、つい」
未だ笑いの余韻を残しながらも、弁慶さんはそう答えた。
そして、少し真剣な声になって言う。
「突然すみません、さん。
どうしても今、あなたと会って話がしたいんです」
大切な人たちの思い出を、少し、君と話したくて。
弁慶さんのその言葉で思った。
――ああ、あたしと一緒だったんだな。
だからあたしは、弁慶さんのその申し出に対し二つ返事でOKしたのだ。
「今から迎えに行きますね」
「はい!」
ああ、弁慶さんが来たら、何から話そうか。
望美ちゃんや九郎たちとした他愛もない話?
それともみんなでやった誕生パーティ?
いや、それよりもっと前……
みんなで共に戦っていた日々のことを、思い出してみるのもいい。
だけど、まず……
最初に一つだけ聞いてみたい。
「弁慶さん……あれは、夢じゃなかったんですよね」
「ええ、どうやらそうみたいです」
お揃いの首飾りを見せながら、そう言ってくれた。
僕たちは願う。
(彼女たちが、永遠に、幸せに暮らしてくれることを。)
そして誓う。
彼女たちがこの世界に来てくれたら、何かお返しをしようと。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
そんなわけでサイト5周年記念企画の一つ目は弁慶さんのバースデイ夢でした!
いかがでしたか?
弁慶さんは本当に、毎年忘れず誕生日を祝っています。毎年ケーキを作っています。
銀が一番好きとか言っといて彼の誕生日を忘れてスルーするくせに
弁慶さんの誕生日だけは忘れませんよ!(馬鹿
今年はケーキがうまくできたので、満足しています。
後で日記にでも乗せようかと思います^^
今回のお話は、結局あたしの理想なんですね。
ヒロイン×弁慶さんの場合、九望前提なのが好みのようです。
それで、あえて別の世界での生活を選んで遠く離れた場所から
互いに思いをはせるのが、なんかいいですね。
きっと実際は再会するのは難しいと思うけれど、たまにはいいかな…と。
夢なんだし!(笑)
とにかく、最後までお付き合い頂きましてありがとうございました!
今回いつもより長くなってしまったので、若干焦っていたりします^^;