――元の世界から、ここへ戻って来た日の翌日。
あたしは勝真さんに送ってもらい、紫姫の館に来ていた。
花梨ちゃんや紫姫、深苑に会うためだ。
『良かった、さん!
戻ってこないんじゃないかって、心配してたんですよ!』
『ごめんね、花梨ちゃん』
紫姫にもすごく心配されていたり、
さりげなく深苑にも小言を言われたけど……
でもそれは、みんなが気にしてくれてたってことだから、
あたしはあえて何も言い返さなかった。
『お元気そうですね、殿』
『久しぶりだね、泉水!』
『はい』
その後は、昨日のうちに文を送ってあった泉水と落ち合い、
和仁親王と時朝さんを訪ねた。
『久しいな、牡丹の姫』
『はい、御無沙汰してます、時朝さん!』
時朝さんも、もうすっかり呪詛返しの影響は無いらしく……
思ったより元気そうで安心できた。
『和仁親王は、古今和歌集に詳しいの?』
時間を持て余してる和仁親王に、
歌を学んではどうかって時朝さんが提案したとかで……
(若干やる気の無さそうな態度だったけど、)
ちょうど古今和歌集を読んでるところみたいだった。
『お前よりは詳しいだろうな』
『自分で歌も詠めたりする?』
『お前よりは詠めるだろうな』
『ええ! すごい!』
相変わらずの話し方だったけど……
まぁ思ったより会話が続いたかなって思う。
慣れればもっと、いろんな話が出来るかもしれない。
時朝さんもまた来てほしいって言ってくれたし、
機を見てまた行ってみよう!
――二人のもとを後にして、泉水に送ってもらい……
あたしはまた、別の場所にやって来ていた。
朱雀門をくぐったその先にある場所――内裏。
そこで今度は、またもや昨日のうちに連絡をしておいた
彰紋くんと落ち合い……
「失礼しまーす!」
そのうちの一室に案内してもらい、
声を掛けてから中に入った。
「あなたは……」
「久しぶりだね、千歳!」
「……ええ、牡丹の姫。
あなたは相変わらず元気なのね」
あたしの姿を見て、少しだけ驚いた顔をしたものの……
少し微笑んで、そう言ってくれた。
「この部屋まで入って来れたの?」
「うん、彰紋くんにお願いしてさ」
仮にも怪我人を療養させている部屋だから、
簡単に人を近づけないようにしてるらしいけど……
あたしは事前に頼んで、こうして入れてもらったわけだ。
泉水といい、彰紋くんといい……
あたし、いつの間にかものすごい人脈じゃない?
なんて、こっそりそんなことを考えた。
「それより怪我はどう?
順調に回復してるって、聞いてはいたけど」
「ええ、もうほとんど治っているわ。
あと数日休めば問題ない、とも言われたから」
「そうなんだ……
それなら良かった!」
今すぐに全て解決! とはいかないだろうけど……
きっとみんな、いい方向に向かっているはずだよね。
「……牡丹の姫、ひとつお願いがあるの」
「えっ、何?
あたしに出来ることだったら任せてよ!」
千歳が話を切り出しやすいように、
あたしは自分の胸をどんっと叩いた。
それがおもしろかったのか、千歳は少し微笑み……
そして言う。
「あなたのこと……『義姉上』、と呼びたいの」
「え……?」
あね、うえ……?
「なっ、なんで突然?」
「だって、あなたは兄上のもとに嫁ぐのでしょう?
それなら、私にとっては『義姉上』だから」
「えええええ!?」
「違った?」
「え、いや、あの……!」
そんなこと、あたしに聞かれても……!
「昨日返ってきた兄上の文に、そう書いてあったのだけど」
「えええええ!」
何それ……!
「もしかして……まだあなたには秘密だったのかしら」
「し、知らない、そんなこと!」
ちょっと勝真さん、千歳と文で何のやり取りしてんの!?
「……ふふ」
「わ、笑わないでよ……!」
「だって、あなたが真っ赤になっているから」
そりゃあ自覚してますけども……!
「……はぁ。
と、とにかく、元気そうな千歳の姿が見れて良かったよ」
「私も、同じよ」
「千歳……ありがとう」
「私のほうこそ、ありがとう……」
あ、良かった……
さすがに「義姉上」はやめてくれたのね。
「『義姉上』と呼べるのは、もう少し先のようだから」
「千歳!!」
「ふふ」
ちょっと待って!
なんかこういうところ、勝真さんと似てない!?
これは、さすが兄妹っていうところなの……!?
「も、もう、あたし帰るからね!」
「ええ。気を付けて」
「う、うん」
そうしてあたしは……
何故か負け越しのまま部屋を出て、
内裏を退出したのだった。
「ん? あれは……」
「……!
お前、内裏に来ていたんだな」
内裏を出たところで、偶然勝真さんと鉢合わせした。
「そういう勝真さんこそ……
今日は内裏に用事だったんですか?」
「ああ、まあな……
少し彰紋に話があったんだ」
「彰紋くんに?」
勝真さんも彰紋くんに用事だったんだ。
でもさっき、彰紋くん何も言ってなかったけど……
もしかして秘密の話だったのかな。
勝手にそう思ったあたしは、
ひとまずそれ以上は追及しないことにした。
「それよりお前……花梨たちと会ったあとは、
泉水殿と一緒に、宮と時朝殿を訪ねるんじゃなかったか?」
「はい、二人にはさっき会ってきましたよ」
今は彰紋くんにお願いして、
別の人と会っていたところです。
「そうか……まぁ、いい。
お前も、もう帰るところだろう?」
「はい」
「なら、一緒に帰るぞ」
「はい!」
なんだか、こうして並んで帰るのも
すごく久しぶりな気がする……
『だって、あなたは兄上のもとに嫁ぐのでしょう?』
「……!」
さっき千歳があんなこと言ったから、
なんか急に恥ずかしくなってきた……!
「どうした?」
「あ、いや、あの……!」
……ああ、もう!
一人で考え込んでてもしょうがないし、
ここは思い切って聞いたほうが……!
「か、勝真さん、あの!」
「ん?」
「あの、実は……
今、内裏で会ってきたのって、千歳なんですけど」
「ああ、なるほどな……
お前が会いに来るようなやつが、内裏に居たかと思ったが」
そういうことか、と、勝真さんは一人で納得している。
「そのとき千歳が、変なことを言っていて……」
「変なこと?」
「は、はい、その……
あたしが、勝真さんのところへ嫁ぐとか」
「……?
すまない、よく聞こえなかった」
「だ、だから!
あたしが勝真さんのところへ嫁ぐとか言われたんですけど!!」
思い切って聞いてみたはいいものの、
これはやっぱり恥ずかしいよ……!
「ああ……千歳のやつ、お前に話したのか」
「って、何をあっけらかんと!?
あたしは初耳なんですけど!」
「それはそうだろう、まだ千歳にしか話してないからな」
いや、そこはまずあたしに話すところでは……!
……あ、でも待って。
千歳にだけ話してあるってことは……
この兄妹、けっこう仲直りできてきた感じかな?
良かった!
「……って、全然良くない!!」
あたしは自分に自分でツッコミを入れてしまった。
「お前には、そのうち話すつもりだったんだが……
もう知ってるんなら、隠してても仕方ないか」
「勝真、さん……」
「また改めてきちんと伝えるつもりだが、
俺はお前を、そういう風に迎え入れようと思ってる」
つ、つまり、奥さんとして……
ってことだよね……。
「まぁ、元々お前は俺の邸に住んでいたし、
状況としてはあまり変わらないだろうがな」
「え、ええと……」
そう、なのかな……
……いや、そんなことない気がする。
「……ああ、もちろんお前には拒否権もあるぞ。
嫌なら断ってくれていい」
「えっ、そんな!
嫌なわけないじゃないですか!!」
「っ………………」
一瞬何故か、目を丸くしたものの……
勝真さんはすぐに、笑顔になる。
「……ありがとな、。
お前が迷いもなくそう言ってくれたことが、俺は嬉しい」
「勝真さん……」
だからその笑顔は……
反則なんですよ、もう……。
――でも、あたしも……
勝真さんが未来のことを考えてくれてて、
純粋に嬉しいと思った。
かつて全てを諦めていたこの人が、
ごく普通に先のことを思い描く姿を見れた……
ただそのことが、あたしは本当に嬉しいんだ。
「…………さ、この話はまた改めてするとして。
今日はもう帰るか」
「……はい!」
そうして差し出された手を……
あたしはいつものように、迷いなく取るのだった。