「神子様、様、おめでとうございます。
御霊をお祓いになったのですね」
「うん……怨霊は祓えたよ」
そう答えたあたしに向かって、紫姫は嬉しそうに続ける。
「京にも、にわかに雪がちらつき始めました。
それで、神子様と様のご成功を一足先に知ることが出来たのです」
「うん……うまくいって、本当に良かった」
あたしと同じく、どこか答えにくそうに花梨ちゃんは言った。
「でも、『絶望の向こう』ってどういうことだろう……」
だけど、やっぱりその言葉は気になっていたようで。
ぽつりとつぶやいたのを、紫姫は聞き逃さない。
「『絶望の向こう』? 穏やかではない言葉ですね。
一体どういうことでしょう?」
紫姫の言葉を受けて話し始めたのは、彰紋くん。
「千歳殿は龍神の神子を名乗り、京を守るために、
院のおそばにいるのだと思っていました……。
でも、今はそんな風に思えない。怨霊を操って、深苑殿に与え……。
今なお、何をしようとしているのか……」
彰紋くんが隠しても仕方がないと思ったのかは解らない。
だけど、あたしと花梨ちゃんが何となく避けていた「深苑」という言葉を、
彰紋くんは発したのだった。
「兄様に会われたのですか!?」
案の定、紫姫もそれに反応する。
「うん、実は……。
深苑くんは千歳から御霊を借りて、要を守るって……」
「兄様、どうして……。
もう私たちは、本当に違う道にいるのでしょうか……」
紫姫と花梨ちゃんから笑顔が消えてしまった。
このままではいけないと思い、あたしは慌てて口を挟む。
「えーと……
とにかく深苑は、
初めから千歳と共に動くつもりで館を出たってことなのかな」
「ええ、そうだと思いますわ……」
この暗い空気を消そうと思ったんだけど、うまくいかなかったみたい。
紫姫は、未だ心配そうな顔をしている。
って、なに余計なことやってるんだ、あたし……!
「千歳殿……。
本当にあの方の目的は、一体何なのでしょうか」
だけど、紫姫はあたしが考えているほど弱い子ではない。
心配そうにしているものの、考えるべきことを考えようとしている。
「深苑くんは確か……」
「千歳は、あたしたちはとは違う手段を示した……
とか言ってたっけ」
「はい」
「違う手段……。
京を救うには、神子様のお力で龍神を呼ぶしかありませんのに」
一体どういうことなんだろう。
考えれば考えるほど、深みにはまっているような気がするな……。
「……でも、悩んでいても始まらないよね。
とにかく、出来ることから頑張りましょう」
「うん……そうだね」
花梨ちゃんの言葉に、あたしは頷いた。
やっぱり花梨ちゃんはすごい。
本当に切り替えなければいけないときを、理解してるんだ。
あたしはまた、やっぱり花梨ちゃんが神子でないとね、
と思った。
「まだ結界の要は一つ残り、結界もまた崩れていません。
四方の札は、あと二枚。
明日から、それを探されるのがよいかと思いますわ」
花梨ちゃんに後押しされたのか、紫姫もしっかり切り替えをしていて。
そうして、これからやるべきことを説明してくれた。
「やっぱりお札探しを頑張ろう」
「まずはそこから……なんだよね」
「はい」
あたしが同意を求めるようにそう言うと、
花梨ちゃんが力強く答えてくれた。
「では、次は小陽の東の札を手に入れるのがよいと思います。
頼忠殿と勝真殿に来て頂きましょうね」
「うん、解った」
そっか、次は東の札なんだ……。
「明日の朝、また新しい清めの造花をお渡しいたしますわ。
神子様は御霊との戦いでお疲れでしょう。
私たち、これで失礼します」
「あたしも帰るね」
「気をつけて帰ってくださいね、さん」
「うん!」
いつも心配してくれる花梨ちゃんの想いが嬉しくて、
あたしは勢いよく返事をする。
「それでは、今日はゆっくりとお休みくださいませ」
そうして、紫姫、イサトくん、彰紋くんにあたしは、
花梨ちゃんの部屋を出た。
「様、神子様のおっしゃるように、
お気をつけてくださいませね」
「うん、解ってるよ」
「イサト殿、彰紋様。
様をよろしくお願い致します」
「おう、それじゃあな」
「失礼いたします、紫姫」
もう辺りもすっかり暗くなってしまっていたので、
さすがにあたしも「一人で帰る」とは言わなかった。
勝真さんのお邸までの道のりを、あたしはいつかと同じように
イサトくん、彰紋くんと一緒に歩いている。
「……あ、そうだ」
「ん?」
「どうかしましたか?」
あたしの言葉に、不思議そうにする二人。
そんな二人に、あたしは足を止めて言う。
「二人とも……
今回は、ずっと見守っててくれてありがとう」
「「え……?」」
二人してぽかんとしているもんだから、
あたしは少しおかしくなってしまった。
「あはは、えっと……」
でも、思ったことはちゃんと言っておかなきゃ。
言いたいと思ったときに、「ありがとう」は言わなくちゃ……。
「今回、長岡天満宮に居るときも、紫姫の館で話してるときも……
二人は極力話さずに、見守ってくれてたでしょ?」
なんだか、それがすごく気遣ってもらえているようで、
あたしは嬉しかった。
「べ、別にオレは……
また話をややこしくしないようにって、我慢してただけだ!」
お礼を言われて驚いているからなのか、
なんだかイサトくんは妙に慌てている。
「さん……
僕たちは、そこまで深く考えていたわけではありません。
ただ、成り行きと、花梨さんやあなたの意志に従っていただけですよ」
イサトも同じだと思います、と彰紋くんが言うと
そういうことだ! と、イサトくんも取り繕う。
「うん……まあ、もしかしてそうかもしれないけど。
でも、なんかあたしは嬉しかったからさ」
自己満足になっちゃうかもしれないけれど、お礼を言わせて?
あたしがそう言うと、一瞬きょとんとした二人だったが、
すぐに笑顔に戻った。
「お前には敵わないよな」
「ええ、僕もそう思います」
「え? そうかなぁ……」
いまいち理解できないあたしだったけど、
二人はただ笑顔で頷くだけで詳しくは話してくれなかった。
「おかえり、」
「ただいまです、勝真さん!」
お邸に着くと、女房さんより先に勝真さんが出迎えてくれた。
そんな勝真さんを見て、待っててくれたのかな、
なんてあたしは嬉しく思ってしまう。
「御霊はばっちり、花梨ちゃんが封印してくれましたよ!」
「ああ、そうだと思ってた。
俺の居たところでも、雪が降ってたからな」
季節が秋のままで止まっているんじゃないか、という話は
勝真さんとしたことがあったから、
雪が降ったことで、御霊を封印できたことを悟ってくれたらしい。
「良かったな、」
「はい! 色々と大変だったけど、ひとまず良かったです」
まだまだやるべきことも問題も山積みだけど……
ひとまず喜んでも、罰は当たらないよね。
「こうやって……
一歩一歩、あたしたちは京を救うために進めていると思うんです」
きっとすぐに、
たどり着かなければいけない場所も見えてくるはず。
「勝真さん……あたし、頑張りますね」
「ああ……
でも、何度も言っているが頼むから無茶はするなよ」
「はい!」
あなたを心配させたくはないから、無茶はしません。
だから、どうか。
あなたは、ずっと笑っていてくださいね。
あたしは心の中で、勝真さんにそう言った。
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