「崇道神社……
 ここの御霊を祓えば、京の結界は消える」


花梨ちゃんが、そうつぶやいた直後……










「また、あなたは……あなたたちは私の邪魔をするの」


あたしの予想していた人物が、姿を現した。





「千歳!?」


花梨ちゃんは彼女の登場に驚いたものの、
気を取り直して「もう一度あなたと話をしたかった」と伝える。

だけど千歳のほうは、それに取りあおうとしない。





「私は、話し合いに来たわけじゃない。
 あなたたちを止めるために来たの」

「千歳……
 どうして、あなたは話し合うのを諦めてしまうの?」


花梨ちゃんは優しい子だから……
きっと最後まで、「できれば戦いたくない」って思ってるんだろう。

でも……
そんな花梨ちゃんの想いも、今の千歳には届きそうもなかった。





「…………」


そこでふと、勝真さんのほうを見てみると……何か言いたそうだけど、
ひとまずは花梨ちゃんの意思を尊重してくれてる、気がした。










「もう、話し合う時間は無いから。このままでは、京は滅んでしまう。
 私は、誰にも死んでほしくない」


千歳は京が滅ばないようにと願い、
そしてその願いに黒龍は応えてくれたと言う。





「黒龍の静寂が、京を救ってくれるはずだった」












「本当にそう?」

「……牡丹の姫」


少し間を空けてそう言うと……

今まで花梨ちゃんのほうを見ていた千歳が、
その視線をこちらに向ける。





「黒龍は本当に、あなたの願いを叶えてくれてる?」

「…………」

殿のおっしゃる通りです、千歳殿。

 私はあなたが、私たちを今浄土に導いてくれると、
 救ってくれると信じていました」


千歳が答える前に口を開いたのは、泉水だった。





「ですが、今は……
 何もせずに今浄土を望むだけでは、だめなのだと思います」

「うん……あたしもそう思う。
 だからあたしたちは、こうして前に進もうとしてるんだから」


泉水とあたしの言葉に対し、
千歳は「今浄土のもたらすには時間がいる」と返す。





「私は京の気を止めて、時を止めて……
 その時間を得たはずだった」

「でも……時を止めて何か良くなったの?

 たとえ今浄土をもたらすのに時間がかかるとして……
 このままじゃ、今浄土になるまでこの京がもたないよ」


千歳が京を滅ぼそうとしてるわけじゃないってことは、薄々解ってた。

でも、なんていうか……
そのやり方が極端で、それでいて確実じゃない気がする……。











「……諦めないこと、
 そして前に進むことを神子が教えてくださいました。

 だから私は、前に進みたいと思うのです」


このまま千歳を説得しようと思ってくれてるのか、
間を空けず泉水がそう言ったけど、
千歳が耳を傾ける様子は……やはり無かった。





「もう時間がない……。
 京を守るために、結界を失うわけにはいかない」

「私は、結界を崩さないといけない」

「やはり、私たちは違いすぎる……」


そうつぶやいた千歳が、その手を掲げ……





「結界の要である御霊よ、
 白龍の神子と牡丹の姫、八葉を討て」


そしてその声に従い、御霊が姿を現した。











「……花梨ちゃん、行こう」

「…………はい」


花梨ちゃんと泉水が戦闘態勢を整える中、
あたしはずっと後ろで黙って見守っててくれた勝真さんを見やる。





「色々言いたいことはあるが……、まずは御霊を倒すぞ」

「はい!」


そうしてあたしたちも、各々の武器を構えた。
































「……!」

「何なの、この音は……雷……?」


御霊を封じてからまもなくして……
花梨ちゃんの言う通り、雷のような音が響き渡った。

たぶんこれは、この間の長岡天満宮のことから考えると……





「……結界が崩れた音?」

「そう考えるのが、妥当だろうな」


あたしの言葉に、勝真さんが同意してくれる。










「――結界が……消えてしまった。もう、京の気を留めておけない……。
 絶望の気が……動き始める……滅びへの道が……」


千歳は、絶望したような口調でそうつぶやく。





「……どういうこと?」

「分かたれた気が、あるべき場所へ流れようとして
 大きなうねりとなっています。

 このことと『滅びへの道』は、何か関係があるということでしょうか」


意味が解らず問いかけたあたしに、今度は泉水が答えてくれた。











「千歳殿、急がないと時間が無い」

「深苑くん!」


そんなとき、千歳のもとに深苑がやって来た。

よく解らないけど深苑は慌てていて、
千歳も焦った様子でそのまま姿を消す。





「待って、千歳!?
 結界が消えたらどうなるの? 深苑くん、教えて!!」


花梨ちゃんが必死に叫んだものの、
深苑は何も言わず千歳に続いて姿を消してしまった。





「一体、何が起こっているの?」

「…………
 ……!」


花梨ちゃんの言葉に何も答えられないでいると……












「神子、何が起こるか知りたいか?
 あの者と黒龍の神子が、何をしたのか」


嫌なものを感じ取った直後、
これまた予想通りの人物――アクラムが姿を現した。





「アクラム……
 あなたは、千歳や深苑くんの目的が何なのか知っているの?」


少しでも状況を知りたい花梨ちゃんは
アクラムから情報を聞き出そうとするが……

泉水、勝真さんの両名に
アクラムの言葉は信じられないと言われてしまった。





「まあ、二人の意見ももっともなんだけど……
 状況が状況だし、聞くだけ聞いてみませんか?」


二人と花梨ちゃんの間に割って入ったあたしは、
妥協案みたいな感じでそう言った。

すると、よく解らないけどそれが好ましかったのか
アクラムは嫌な笑いを浮かべる。





「賢明な判断だぞ、牡丹の姫よ。さすがだな」

「そりゃどうも」


心にも思ってないということは明白だったので、
あたしもテキトーに答えておいた。











「黒龍の神子のために、百鬼夜行が始まる。
 先ほどの雷は、その前兆だ」

「百鬼夜行……?」

「って、何それ?」


いや、なんか、そういうのも授業でやったことがあるから
想像できなくもないんだけど……。





「黒龍の神子は結界を張り、
 京に今までに無いほどの穢れをため、気を歪めた。

 その穢れは、怨霊どもの力を膨れ上がらせ、
 京を滅ぼすほどの力を与えるだろう」


そしてその大きすぎる力に怨霊たちが吸い寄せられ、
ひとつの巨大な怨霊――百鬼夜行となるという。





「百鬼夜行がひとたび起これば、
 全てを飲み込みながら京を巡る」

京は死の都となるであろう、と、アクラムは締めくくった。












「そんなに恐ろしいものを、千歳が……?
 でも、二人は京を守りたいって言っていた」

「うん……確かにやり方はおかしいってずっと思ってたけど、
『京を救いたい、守りたい』っていう想いは嘘じゃなかったと思うんだけど」


あたしたちのその言葉に、アクラムは再び嫌な笑いを浮かべて言う。





「黒龍の神子の言葉を信じるのか?」

「……どういうこと?」

「あれは、黒龍と意志を通わせる者。
 黒龍に操られた者の末路は、お前たちも知っておろう」

黒龍に操られた者って……





「まさか、シリン!?」

確かに……シリンは、黒龍に操られてた。

これは、あたしの勘だけど……
たぶん、記憶とかも含めて、操られてたんだと思う。










「シリンは黒龍に操られ、己の意志に反して千歳に従わされていた。
 千歳の言葉をどれほど信じられるであろうな?」

「千歳も……黒龍に操られているの?」

「…………」

いや……
千歳は、黒龍に操られてるわけじゃない……気がする。
これもただの勘なんだけど、シリンのときとはちょっと違うような……





「いずれにしても、黒龍には警戒しなければなりませんね」

「うん……」

泉水の言葉に頷くものの……

一番の問題である百鬼夜行をどうにかしないといけないことは、
あたしを含めみんな解っていた。















「人では百鬼夜行には敵わぬ。止めうるのは、龍神のみ」

「まさか……」

「やはりお前は気付いたか、姫」

それは、花梨ちゃんが……





「神子が龍神を呼べば、百鬼夜行に集まる京の穢れを祓えるかもしれぬ。
 今まで私は、一度も神子や姫に誤ったことを伝えていない。違うか?」

「(確かに……)」

確かに、「嘘」は言ってないのかもだけど……

でも龍神を呼んで百鬼夜行を祓えたとして、
そのあと花梨ちゃんがどうなるか解らない。


あかねちゃんのときは、なんとか助かってたけど、
「今回も助かる」なんてことは、言い切れないだろうし……。






「私を信じられずとも、お前は龍神を呼ぶであろう。京を守るために。
 百鬼夜行は神泉苑の鬼門、北東の隅から始まる。

 お前は明日、神泉苑で決着をつけねばなるまい」

そこまで言い終えたところで、アクラムは姿を消した。










「…………明日、神泉苑で、」

「百鬼夜行を……止めないといけない」


































「……神子様、明日は神泉苑へ行かれるのですね」

「うん。罠かもしれないけど、逃げるわけにはいかないから」

「明日は大晦日。
 京の穢れを年越しさせないためにも、龍神様をお呼びするはずでした」





「……明日、全てが決まるんだ。
 私が京に来た意味、さんが京に来た意味、
 八葉のみんなやさんと出会った意味……。

 守ってみせる――大切なものを。必ず……!」





























「明日が、ほんとにほんとに最後なんですね」

「ああ……そうだな」

花梨ちゃんが紫姫と話しながらそう決意していたのと同じとき……
あたしは、勝真さんとお邸の近くを散歩していた。

と、いうのも……




『勝真さん、ちょっとお散歩行ってきます!』

『はあ? 散歩ってお前、こんな時間に……』

『あの、なんか眠れなくなっちゃって……』

『ああ……そういうことか。それなら俺も行こう』











……なんてやり取りの末、
結局また勝真さんについてきてもらったわけである。





「いや〜、それにしても勝真さん、今日は珍しく大人しかったですね」

「おい、なんだその言い方は……」

いや、だって……





「千歳を前に、なんかこう……
 もっと怒ったりするのかと思いました」

深苑もそうなんだけど、
話し合ってもないのに「どうせ解らない」って言うでしょ。

そういうのほんと嫌いっていうか……
むしろ、あたしのほうがイライラしてたけど。





「まぁ、確かに言いたいことは色々とあったけどな……
 なんとなくだが、『今はそのときじゃない』って思ったんだ」

前を歩くべきは、白龍の神子である花梨……
そして、それを支える牡丹の姫であるお前。





「そう思ったから、何も言わないでいた」

「勝真さん……」

なんだかもう、ほんとに……
この人は、一度吹っ切ってしまえばすごいのかなぁ、なんて思った。

同い年のあたしが言うのも変なんだけど、
この短い時間ですごく成長したっていうか……

なんか、あたしのほうが嬉しいよ。















「……けどな、今日我慢した分、
 明日は俺も千歳に言いたいことがある」

白龍の神子の八葉として……
そして、千歳の兄として。






「ただ敵対するだけじゃ進まないって、
 お前や花梨が教えてくれたからな」

「…………はい!」

あなたがそう思ってくれるようになったんなら、
今まで偉そうなことを言ってきてよかった。

……なんて、あたしはそんなことを考えた。

















「…………なあ、

「はい」

そろそろ帰るか、ってなって、お邸に向かいだしたところで……
勝真さんがふと、声を掛けてきた。





「明日で、全てが終わる……
 そうしたら、お前に聞いてほしいことがあるんだ」

「聞いてほしいこと?今じゃ駄目なんですか?」

「ああ」

ちょっと苦笑いをして「明日がいい」と返されてしまった。










「……解りました。明日全てが終わったら、お話ししましょう!」

ちょうどあたしも、あなたに言わなきゃならないことがあるから。





「全てが終わって、京が平和を取り戻したそのときに」








ゆっくりと、話をしましょう――……







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