「おっ、いいところに来てくれた、!」

「ん?」


特に目的もなく宿の廊下を歩いていると、
通りがかった龍馬に声を掛けられた。





「どうかした?」

「おう。と言っても、俺じゃなくて沖田な」

「総司?」


何だろう、と思いつつも、あたしは龍馬の言葉の続きを待つ。





「あいつ、ここ最近あんま眠ってないらしい」

「眠ってない?」

「ああ」


よくよく話を聞いてみると……


昨日たまたま夜遅くに目が覚めた龍馬は、
庭先に居る総司の姿を見かけたんだそうだ。

自分と同じく、たまたま目が覚めて
風にでも当たっているのだろう。

そのときは龍馬も、そう思ったみたいなんだけど。










「一昨日は、瞬が同じように沖田の姿を
 夜中に見かけたらしくてな」


帯刀も数日前に、そんな総司の姿を見かけたということで、
何か知っていそうな夢の屋に確認してみたところ……

ここ2、3日どころか、2週間くらいろくに眠っていないらしい。





「まあ、ああいう奴は普段から周りの気配に敏感で
 熟睡することができんのかもしれんが」


それでもやはり、さすがに睡眠時間が短すぎるのでは、
という結論に龍馬は至ったらしい。

……まあ、一通りの話を聞いた限りでは、
確かにその意見には同意できる気がするけど。










「そこで、お前に頼めんかと思って探してたんだ」

「あたしに?」

「ああ。沖田は、お前にはけっこう気を許してるだろ?」

「う〜ん……」


そう、なのかなぁ。





「だからお前から、探りを入れてみてくれないか?
 最近なんで眠れてないのかってな」

「総司に直接?」

「おう、もちろんだ!」


なんか、あたしに「探りを入れる」とかいう
高等技術は出来そうにない気がするんだけど……

でも、しばらく眠れていないってのは気になるな。


今までも、最低限の睡眠時間は取っていたはずだし、
それがここに来て2週間も……というのは、さすがにおかしい。










「……解った、ちょっとやってみるよ」

「おう、ありがとな、!」


そう言って龍馬は、あたしの頭をわしゃわしゃ撫でた。

ほんとに仲間思いの人だな、と微笑ましく思いつつ、
あたしはボサボサになってしまった髪をさりげなく整える。





「総司って今、宿にいる?」

「ああ、今さっきも庭先に居たのを見かけたから、
 まだそこに居ると思うぞ」

「了解! んじゃ、さっそく行ってくる」

「おう!」


龍馬に見送られ、あたしは庭を目指した。



















「……あっ」


庭にやって来たあたしは、すぐに目的の人物を見つけた。

木に寄りかかって座り込んでる……
あの綺麗な栗色の髪と、浅葱色の着物は間違いない。






「総司ー」


名前を呼びながら近寄ってみると、あたしはあることに気が付いた。





「もしかして……眠ってる?」


……そう。
総司はそこで、ぐっすりと眠っていたのだった。





「……総司?」

「…………」


もう一度その名を呼んでみるが、返事は来ない。
微かな寝息が、聞こえるだけだった。










「ほんとに眠ってる……」


なんかこれ、探りを入れる前に解決しちゃってない?

なんて思ったけれど、状況は何であれ
寝不足だった(らしい)総司がぐっすり眠っているのだ。

ひとまずは良かったと思うところだろう。





『まあ、ああいう奴は普段から周りの気配に敏感で
 熟睡することができないのかもしれんが』






「そういえば龍馬が、そんなことを言ってたけど……」


前に、目をつぶっている総司にチナミが近づいたときも、
すぐに目を開けて刀に手を掛けたとか。

眠っているのかと思っていたチナミは、かなり驚いたって話だったな。


他のみんなも、人の気配には聡い印象があるけど……
総司のそれは、群を抜いている気がする。









「でも……」


今、あたしがこんなに近づいているけど、
全く起きる気配はないし、ほんとにぐっすり眠っている。





「なんか、いいのかなぁ……
 それとも、それくらい寝不足だったってこと?」


まぁ、何にしろ……










「眠れたんなら、良かったかな」


総司の隣に腰をおろしたあたしは、
つられるように意識を手放していった。

























本当は気づいていた



(近付いてくる 優しいあなたの気配に)






気づいていたからこそ僕は
 

そのまま眠りに落ちたんです――……