年に一度、イベントにかこつけて好き放題できる日があった。


          ……と彼らは認識しているようだったが、
          それは、周りから見れば誤った認識であったのだ












          ――10月31日、土曜日。

          今年もこの日がやって来たと、彼らは内心わくわくしている。
          上手くいけば、例のイベントにかこつけて
          彼女を自分のものにできるかもしれない。

          彼らは、そんなとんでもないことを考えていた。










          「ちゃん、おはよう!」

          「おはよー、


          教室に入ってきたのは、彼らの視線をいつも一身に受ける女性――
          先に来ていたらしい友人――に挨拶をしている。







          「、Trick or Treat!」

          「ちゃんと持ってきたよ。はい、お菓子」

          「サンキュー」


          彼女はおおよそ予想していたようで、すぐに鞄からお菓子を取り出す。

          次いで、に向かって同じようにTrick or Treatと言って、
          彼女もまたお菓子をもらっていた。


          たちがそのやり取りをしている間も、
          彼らの視線は彼女に注がれていた。

          だがその視線に彼女たちが気づいていないのは……
          大学の、無駄に広い教室のおかげだということにしておこう。












          「あ〜、やっぱは可愛いよな〜〜」

          「ちょ、新八っつぁん! やらしい目でを見るなよ!」

          「けど、今日は好き放題できる日なんだろ?」

          「左之……今日は好き放題できるのではない、
           菓子を持ち合わせていない場合に悪戯することが出来る日だ」


          未だその視線はに注がれながらも、彼らはそんなことを話し始めた。






          「とか言ってるけど、一君だってどんな悪戯するか考えてきたんだよね?」

          「そ、そんなことは……ない」


          ハロウィンというイベントにかこつけて、好き放題できる。

          そんな誤った認識を持った彼らであったが、
          お菓子があれば悪戯が出来ないという正しい知識も、共に持ち合わせている。



          だから、彼らは来たるべき時を待っているのだ。

          いつもなら彼女が教室に入ってきて真っ先に挨拶しに行くというのに、
          今日は、未だ誰一人彼女に近づいてはいない。

          ……来たるべき時は、今ではないと思っているからである。







          「おい、何やってんだ、お前ら。
           そろそろ授業が始まるから、さっさと準備しろ」


          会話には入らずにいた彼――土方が、そう言った。

          だが、そんな土方も悪戯する機会を狙っていること……
          他の連中は、気づいていた。


          何故彼らがと知り合ったのかは、また別の機会に話そう。
          とにもかくにも、彼ら全員が彼女に想いを寄せていたのだった。





















          午前の授業も終わり、昼休みとなった。

          の周りには以外の友人もやって来てきて、
          先ほどと同じように、お菓子をあげたりもらったりとそんなやり取りをしている。


          しかし彼らには、未だ彼女に話しかける様子は無い。
          来たるべき時というのは、どうやら今でもないようだ。








          「あ、もうお菓子なくなっちゃった」


          がそうつぶやいたのは、午後の授業が始まる少し前。
          その言葉を耳にした彼らは、一斉に彼女の方を見る。






          「どうすんの、
           これ以降はTrickの方になっちゃうんじゃない?」

          「ね、どうしよっかな」


          ついにこの時が来た!!

          彼らは、心の中で狂喜乱舞しながら叫んだ。


          ……そう、彼らが待ってきたのは、
          の手持ちのお菓子が全て無くなった時なのであった。


          今すぐにでも彼女の元へ駆けつけたい、しかしもうすぐ授業が始まる。

          授業中に話すことが出来ればそれが一番なのだが、
          生憎彼らと彼女が次に取っている授業は別のもの。

          よって、彼らはその授業が終わった後に、彼女の元へ向かうことにした。





















          「!」


          午後の授業終了後、真っ先に彼女の元へ駆けつけたのは、
          体力自慢……否、筋肉自慢の永倉新八。

          他の連中を無理やり押さえ込み、一番に教室を飛び出してきたのだ。






          「あ、新八。そんなに慌ててどうしたの?」


          体力自慢の彼が、息切れしているなんて珍しい。
          そんなことを考えながら、は彼に問いかけた。






          「い、いや、ちょっとな……
           それより、! Trick or Treat!!」


          これでは自分のものだと、永倉が思い込んだとき……
          目の前に差し出された、チョコレート。






          「…………へ?」

          「新八ったら、そんなにお菓子が欲しかったの? はい、どうぞ」


          おかしそうに笑って彼女が差し出したのは、紛れもなくお菓子。
          何故彼女はお菓子を持っているのだ、という疑問が永倉の頭を占めた。






          「な、なぁ、
           お菓子は無くなったんじゃなかったのか……?」

          「うん、お昼に無くなっちゃったんだけど、
           私午後の授業が休講になっちゃったから、その間に買ってきたの」
 
          「何ぃ!?」


          まさか彼女がお菓子を買い足してくるだなんて。
          誰が予想しただろうか。







          「急いで買ってきたんだから、ちゃんと食べてね」

          「お、おう」


          ショックのあまり、永倉はその場に崩れ落ちた。

          何のために、ここまで彼女に話しかけるのを我慢していたのか。
          こんな結果になるだなんて……。


          そんな彼の妙な様子が気になり、が話しかけようとした瞬間……















          「、Trick or Treatだ」

          「は、一君?」


          素早さで他の連中を抜かしてきた斎藤一が、の元に走り寄ってきた。
          そして、その勢いのまま例のフレーズを口にする。






          「一君がお菓子をねだるなんて珍しいね? はい、これ」


          そう言って、永倉にも渡したお菓子をが差し出した。






          「手持ちの菓子は全て無くなったのでは……
          …………何故?」

          「私ね、午後は休講になって時間があったの。
           だから買い足してきたんだよ」


          他にもあげる人たくさん居るからね、と彼女は付け加える。
          しかし、その言葉に斎藤は愕然となり、固まってしまった。






          「一君?」


          永倉と同じように様子がおかしい斎藤に、彼女が話しかけようとすると……














          「やっと見つけたよ、。Trick or Treat」


          突然現れた沖田総司が、すかさずそう言った。
          だが、何でもないようにもお菓子を差し出す。






          「、これって……」

          「あのね、お菓子が無くなっちゃったから買い足してきたんだ。
           総司にもあげるね」


          沖田が問う前に、彼女が説明をした。
          事実を知った沖田も、ショックが大きいようでうな垂れてしまう。













          「よぉ、。Trick or Treat、なんてな」


          そんなとき、少し遅れてやってきた男――原田左之助がそう言った。

          お菓子が無いと高をくくっていた原田は、
          差し出されたお菓子を見て目を見開いた。






          「か、買ってきた、のか?」

          「うん、そうだよ」


          彼女の行動をある程度予測した原田は、そう問いかける。
          そんな彼に対し、はよく解ったね、と笑顔で言った。






          「ま、まぁな……」


          曖昧な笑みを浮かべそう答えた原田であったが、ショックは隠せていない。
          永倉と同じように崩れ落ちていった。














          「おう、

          「あ、トシ」


          焦る表情も見せず余裕でやって来たのは、土方歳三。

          内心では永倉のように急ぎたい気持ちもあったのだが、
          そんなことをするのも、みっともないと思った彼は、
          あえてゆっくりと歩いてきたのだった。






          「、俺はこういった異国の行事が嫌いだが……
           とりあえず、言っておく。Trick or Treatだ」

          「トシもお菓子が欲しかったの? はい、どうぞ」


          土方の言葉に、彼女はまた何でもないようにお菓子を差し出した。

          原田と同じように、聞かずとも彼女がお菓子を買い足したこと、
          土方は理解してしまった。







          「そりゃねぇだろ……」


          土方もショックのあまり、生気を失ってしまっている。

          先に来ていた四人も、未だショックを受けているようで
          その場にはどんよりとした空気が漂っていた。







          「どうしたんだろ?」


          の頭には、?が浮かんでいた。




















          「やっべー!」


          大学の窓口に用があった藤堂は、の元に行きたいのを我慢して
          午後の授業終了後にその窓口まで来ていた。

          そして用を済ませた今、他の五人に大幅な遅れをとりながらも
          彼女の元へ向かっていたのだ。






          「…………ん?」


          そんなとき、彼のケータイのバイブが鳴った。






          「新八っつぁんからメール?」


          “平助、のところに行っても無駄だぜ。
           あいつ、お菓子を買い足してやがった“


          永倉からのメールには、そんな内容のことが書かれていた。






          「な、なんだって!?」


          それじゃあ、今から走っていっても結局お菓子をもらうだけなのか?

          藤堂は微妙な心境になってしまった。


          だが、今日学校に来て一度もと話していない。

          それは嫌だったので、望みは薄いと解っていながらも、
          とりあえずは彼女の元に向かうことにした。





















          「〜!」


          探していた後ろ姿を見つけると、藤堂は大声でその名を呼んだ。






          「あ、平助。どうしたの?」


          その声に気づき、彼女も振り返る。






          「あ、あのさ……」


          “あいつ、お菓子を買い足してやがった”


          永倉のメールを思い出し、少し言いよどむ藤堂。
          だが、とりあえず言うだけ言ってみることにした。






          「、Trick or Treat!」

          「なんだ、平助もお菓子が欲しかったんだ」


          しょうがないなぁ、と笑みを浮かべながらお菓子を出そうとする
          だが、次の瞬間その顔から笑みが消えていた。






          「?」


          どうしたんだよ、と藤堂が続ける。






          「お菓子が、ない…………」


          しまったという感じで、彼女がつぶやいた。

          買い足したお菓子まで無くなったってことか?
          それって、つまり……







          「Trickの方になる……ってこと?」

          「え、あ、えーっと……そう、かも」


          彼女に少し焦りが見えた。






          「そっか……」


          やった! オレはついてる!!

          窓口に行かなければいけないと解ったときは、己の運命を呪ったが。
          しかし、これで逆転だ。

          彼は、そんなことを考えた。















          「じゃあ、どんな悪戯すっかな〜」


          先ほどの晴れない表情が嘘のように、満面の笑みでそう言った藤堂。
          どんな悪戯をしようか悩む仕草をしてみせる。






          「ひ、ひどい悪戯とかしないでね!」


          そんな藤堂の様子に、いよいよ彼女も本気で焦り始めた。
          だが、彼女の不安をよそに、藤堂は言った。










          「……冗談だって、悪戯なんてするわけないじゃん」

          「そ、そうなの?」


          良かった、と彼女は思わずつぶやいてしまう。






          「なぁ、それよりさ。明日、一緒に出かけようぜ!
           せっかくの休みなんだし」


          そう言って、藤堂は己の手を差し出す。
          つまり、了承するならその手を取れということだろう。






          「……うん!」


          は、しばし目を丸くしていたが、迷うことなくその手を取った。
























悪戯よりも


(ただ君と過ごす方が 楽しいに決まってるから)
























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     2009年のハロウィン夢でございますよー!
     適当に大学生設定とかにしちゃいました^^;

     あと、軽い補足なんですが、彼らは去年もハロウィンを経験してて、
     で、去年はいち早く彼女に話しかけたのでお菓子もらっただけという。
     そんなオチです、たぶん……