「なぁ〜、左之さん。さっさと歩いてくれって!
           このままじゃ屯所に着く前に門限になっちまうぞ」


          酔っ払って足元のふらついている原田に向かって、
          藤堂はそんな文句を言いながら夜の道を歩いていた。









          ――その日の夕方。

          永倉、藤堂、原田の三人はいつものように島原へ呑みに行っていた。
          永倉が、今日は自分が奢ると言っていたのは、島原に行く前のこと。


          気分よく呑んでいた三人だが、
          そろそろ帰るから勘定を払うか……となったところで、
          大見得をきっていた永倉は財布を忘れたことに気づく。



          藤堂と原田は、永倉を一人島原に残し、
          一度屯所に戻って誰かに金を借りよう、という考えに至った。












          「はぁ〜……。
           屯所に戻って来れば誰かに金貸してもらえるかと思ったけど、
           そう上手くはいかなかったなぁ…………」


          だが、事はそうそう上手くは解決されなかった。

          藤堂は斎藤や沖田に頼んでみたものの、
          持ち合わせが無いと断られてしまったのだ。


          原田も平隊士に話をしてみたが、
          彼らは金が入るとすぐに使ってしまうため、こちらも持ち合わせが無いという。




          近藤、土方、山南に金を借りるわけにもいかない。
          早くも諦めを見せた原田に、藤堂は一つの提案を持ち出した。








          「土方さんに頼んで、
           来月分の給金を前借させてもらえばいいじゃん!」


          そうして二人は、土方をおだてて
          給金を前借してもらうという作戦を実行したのだった、が。






          「頼むよ、土方さん! 
           おべっかなら何度も言うからよぉ、今すぐ金を頼む!!」

          「だから無理だって言ってるだろーが!!」


          藤堂の必死の教えにも関わらず……

          完全におべっかになっていない原田の言葉が空回りし、
          こんな夜中に金なんて用意できるか、と、土方に一喝されてしまうのだった。











          「はぁ〜……こんなことになっちまうんなら、
           端から素直に事情を明かして前借させてもらえばよかったよ」


          そんな原田の様子を見て、
          藤堂はため息を吐きながら一言こう漏らすのだった。

          そしてどうにかしようと画策していた彼にも、
          諦めの色が見え始めていたとき……






          「あっ、そうだ! まだ金貸してくれそうな人が居るじゃん!」


          何か思いついたらしい藤堂は、
          給金の前借に失敗し落ち込んでいた原田を引っ張り、
          とある部屋へと向かった。























          「さん、ちょっといいか?」


          部屋の前で立ち止まった藤堂は、その部屋の主に声をかけた。
          すると間を空けずして、中からの返事が聞こえた。






          「構わないわ」


          藤堂がふすまを開いて中に入ると、
          漆黒の、長く綺麗な髪を揺らす女性が机に向かっていた。

          彼女の名前は、この新選組で唯一の女隊士である。






          「こんな時間に悪りぃな、さん。ちょっとお願いがあって……」


          彼女は、筆を持って机に向かっていた。
          どうやら、今まで仕事をしていたらしい。

          漆黒の長い髪や、机に向かって仕事と格闘しているところなど、
          どこかあの鬼副長を彷彿させるものもあった。











          「お願いって、何?」


          しばし関係ないことを考え込んでいたために、藤堂は黙り込んでいた。
          そんな彼に向かって、彼女は問いかける。






          「そ、その……ちょっと言いにくいんだけど」


          他に頼める人が居ないとはいえ、
          女であるに金を借りるというのも、男として情けない。

          そういった考えから、藤堂は罰が悪そうに話し出したのだ。






          「金を……貸してほしいんだ」


          藤堂のその言葉を聞き、はしばし考え、口にした。






          「呑みに行って、お金が足りなくなった?」

          「……!」


          図星だった藤堂は、解りやすい反応をしてしまう。






          「な、なんで……」


          知ってるんだ?
          藤堂がそこまで言う前に、彼女は答える。















          「夕方、新八があたしの部屋に寄っていったのよ。
           これから平助と左之と島原に呑みに行くんだぜ!
           って、散々自慢してね」


          人が仕事に追われているってのにのん気なもんよね、と彼女は続けた。






          「今日は俺の奢りだ、なんて言ってたけど、
           あいつ、財布を忘れたんでしょう?」

          「え、さん、なんでそんなことまで知って……」


          少々焦る藤堂に、はとある物をこれ見よがしに見せた。






          「これ、何だか解る?」

          「あー! 新八っつぁんの財布!!」


          そう、彼女が藤堂に見せたのは、永倉が忘れたという財布だったのだ。







           「あたしの部屋に寄ったときに、忘れていったのよ。
            すぐに気づいたけれど、自慢されたことが頭にきてたから無視してやったわ」


          は、苛立たしげにそう言い放った。
 

          …………と、いうことは、
          新八っつぁんがさんに余計なこと言ってなければ、
          財布を届けてもらえたんじゃ……。

          藤堂は、そう思った。
















          「…………ほら。これ持って新八のところに行ってやりなさい」


          どうやら既に怒りが収まっているらしいは、
          すぐに永倉が忘れた財布を藤堂に投げ渡した。

          そしておおよその状況を把握しているらしく、
          さっさと島原に戻るようにと付け加えたのだ。






          「ありがとう、さん!」


          そんな彼女に、藤堂は勢いよく礼を言う。






          「感謝されるほどのことはしてないわ。それは元々あいつのお金だし」


          永倉の財布を目で指しながら、彼女は言った。















          「……あぁ、左之は屯所に置いていきなさい。
           そんな酔っ払い、連れて行っても足手まといになるだけだから」


          部屋に入ってきてから一言も話さず、
          意識も朦朧としているような原田を見やり、彼女は呆れたように言った。






          「だ〜れが酔っ払いだっつーの〜」

          「あんたよ、あんた」


          舌足らずな口調で反抗する原田に向かって、彼女はぴしゃりと言い放つ。






          「じゃ、さん。俺、行ってくる」

          「えぇ、気をつけて。左之はあたしが適当に寝かしつけておくわ」

          「頼むな」


          藤堂がの部屋を出ようとしたとき、彼女が再び声をかけた。












          「待って、平助」

          「ん?」


          藤堂が振り返ると、何かが飛んできた。
          慌ててそれを受け取ってみると、財布のような物が。






          「さん、これ……?」

          「あたしの財布よ。
           新八のお金で足りなかったら、そこから出してちょうだい」


          正直、永倉の金で足りるか気になっていた藤堂にとって、
          彼女のその行動は、さすがに思えた。






          「あ、ありがと! 助かるよ」

          「いいのよ。どうせ、あいつは高い酒ばかり頼んだんでしょうから」


          あぁ、このひとは、何でもお見通しなんだな。
          藤堂は、苦笑しながらそう考えていた。






          「副長の目は、あたしが逸らしておくわ。
           でも、門限を大幅に過ぎる前に帰ってきてね」

          「あぁ!」


          に感謝してもしきれないと思いながらも、
          藤堂は今度こそ部屋を出ようとした。











          「あいつをお願いね、平助。

           いくら副長と同じくらい冷酷と言われたあたしでも、
           好きな男が新選組を抜けて妓夫太郎になるなんてごめんだわ」


          部屋を出る直前に言われたから、
          藤堂はに返事をすることが出来なかった。






















          「…………ははっ」


          島原への道を戻りながら、
          藤堂はの最後の言葉を思い出して、笑ってしまう。





          「さんも、素直じゃないよな」


          いくら悪態をついていたって、
          結局は新八っつぁんのこと大好きで、大切に想ってるんだから。

          そんなことを考えながらも、藤堂は島原へと急いだ。



















           ――翌日。




          「、ありがとよ! お前のおかげで助かったぜ!!」


          結局、永倉の金ではまかないきれなかった分の勘定を、
          の財布から払うことになったのだった。

          その礼を言うためにと、朝一番から永倉は彼女を訪ねていた。






          「朝からうるさいわよ。

           こっちはあんたと違って夜遅くまで仕事してたんだから、
           少しは考えてちょうだい」


          そう言って、彼女は寄ってきた永倉を足蹴りする。






          「ちょ、それはないだろ、おい!」









          「新八っつぁん、あんなこと言ってるけど顔は嬉しそうだよな」

          「それはにも言えることだろ」


          彼らのやり取りを見ながら、やれやれと言わんばかりの顔をして
          藤堂と原田はそんなことを話していた。






















彼女と彼の日常


(これが二人の日常なんだよな。)




























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      随想録のドラマCDからネタ考えてみました! いかがでしたか?
      なんかあのドラマの永倉が哀れすぎて泣けてきたので
      救済措置を施してみました^^

      ちなみに、妓夫太郎(ぎゅうたろう)と言うのは、簡単に言えば、
      遊郭とかで客引きする人のことらしいですが。
      わたしも初めは解らなくて、調べました(笑)
      ドラマCDを聴いていたので、流れで理解した感じでもありますが……。