「忍人さん、おめでとうございます!」

          「おめでとう、忍人」

          「ああ……ありがとう」


          ニノ姫が風早や那岐と数年過ごした異世界では、
          その人の生まれた日を祝って宴を催す慣わしがあるそうだ。

          初めは俺も断っていたのだが、ニノ姫の好意を無にする訳にもいかなく
          その宴を開いてもらうことにしたのだが……


          俺が一番に祝ってほしいと思った人の姿は、そこには無かった……。























          「ああ……あの宴から、一夜が経ったのか」


          とても壮大な宴だった。皆が皆、俺を祝ってくれていた。
          嬉しかったと思うし、ありがたいとも思う。

          だが、俺の中にその宴についての記憶は、あまり残っていなかった。



          酒に酔ったせいではない。
          俺が、本当にそばにいてほしい人がいなかったから……

          だから、少しだけその場が色褪せて見えたのだ。











          「……帰ってくるのは、明日だったな……」


          、というのは、ニノ姫が豊葦原に戻ってきたときから
          彼女の補佐をしている“”という人のことだ。

          は元々向こうの世界の人間だったのだが、
          ニノ姫たちと共に豊葦原にやって来てしまった。



          平和な世界で暮らしていた人間が、この戦に同行しようだなんて。

          俺は初め、断固として彼女の同行を認めなかった。
          彼女が死ぬのは、目に見えていたからだ。

          だが、彼女は言った。







          
『…………じゃあ、1週間で戦いの技術を身に付ける。

           それであなたと手合わせして、認められるようになっていたら
           あたしを連れてって』







          一応了承はした。だが、無理だと思った。

          何年も鍛錬してきた俺と、
          1週間そこらで身に付けた技術で手合わせしようだなんて。

          馬鹿馬鹿しいとも思った。



          だが、彼女はやってのけた。たった1週間で。

          風早に指導を頼んでいたことは知っていたが、
          それでも素人だった彼女が、まさかここまで成長するなんて。



          俺は、彼女の同行を認めざるを得なかった。













          それから、彼女の成長には目まぐるしいものがあった。
          戦いの技術だけではない。人をまとめる力も付けていった。

          ニノ姫と二人、二人三脚で軍を引っ張るようになっていったのだ。



          彼女に感心すると同時に、俺の中には一つの疑問が浮かび上がった。


          彼女はこの世界の人間ではない。
          では、何故中つ国のためにそこまで頑張れる……?



          俺はいつの日か、彼女にその問いをぶつけてみた。
          すると彼女は、こう言った。






          
『自分の世界だとか、そうじゃないとか、関係ない。
           千尋がそう願っているから。だからあたしは、それを成し遂げる』







          ひどく幼稚な理由にも聞こえる。
          だが、その言葉には強い意志が込められていることを、俺は理解した。















          それから、自然と彼女を目で追うようになった。
          何故なのかは、そのときは解らなかった。

          とにかく、俺は、彼女を追っていたのだ。



          すると、今まで知らなかったことを少しずつ見つけることが出来た。

          例えば、彼女は意外に気配り上手だとか、
          ニノ姫だけでなく、風早や那岐、
          その他の兵たちの信頼をも得ていることなど。





          少しして、俺は気づいた。
          ……自分は彼女に惹かれているのだと。


          だが、この気持ちを抱えたまま常世と戦うのはまずいと思った。
          何かの拍子に気が緩んでしまいそうだったから。

          だから、俺はこの気持ちを仕舞い込んで戦いに出た。











          そして戦が終わり、平和を取り戻したとき……
          俺は彼女に自分の気持ちを告げた。

          そして、彼女には迷惑かとも思ったが、
          この世界に残ってほしいと、そう、言った。


          正直、断られるかと思った。だが、彼女は言った。






          
『うん……喜んで、ここに残らせてもらうね』






          彼女は、いつも、俺の予想の範囲を超えたことばかり言う。
          このときも、例外ではなかった。























          そして、今。彼女は公務で常世の国へ出掛けている。
          だから昨日の宴にも、彼女の姿は無かったのだ。

          仕方ない。仕方ないとは解っているが……


          やはり、あの笑顔を見たいと、思ってしまうんだ……。



          昨日の宴でも、うわの空だった自覚はある。

          あまり気づかれてはいなかったようだが。
          (だが風早には、大丈夫かと心配されてしまった)








          ……今だって、彼女に会いたいと、そればかり考えている。

          昨日はこの調子でもなんとか誤魔化せた。
          だが、今日は俺にも仕事がある。

          いつまでもこんな状態ではいられない。







          「彼女も仕事をこなしている。俺が、怠けてなどいられないだろう」


          そう自分を奮い立たせ、身支度を済ませてから部屋を出た。






















          「あ、忍人さん!」

          「……ニノ姫?」


          廻廊を歩いている途中で、ニノ姫に声をかけられた。





          「これ、さんからのお手紙です!」

          「……! から……?」

          「はい。さっき届いたので、早く忍人さんに渡そうと思って」

          「そうか……ありがとう」

          「どういたしまして」


          手紙を俺に渡して、ニノ姫は去っていった。





          「手紙、か……」


          いったい何が……。













          
『忍人へ



           こんにちは。元気ですか?
           ……なんて、そんなに長いこと離れてる訳じゃないけどね。

           こっちも仕事は順調です。(といっても、アシュヴィンやナーサティアと
           会議とかしてるだけなんだけど)もうすぐ話もまとまりそうだよ。
           きっと、予定通り明日には帰れると思う。

 
           お土産も持って帰るから、楽しみにしてて!それじゃあね!!

           
           
                                         

















          「順調、か……」


          それなら安心だな…………。









          「…………俺も、行こう」































          「アシュヴィ〜ン……」

          「なんだ、間抜けな声なんて出して」

          「この話、もっと早くまとめられない?」

          「さあな。俺もお前の意見には賛成だが、サティが反対してる。
           アイツを何とかしないことには、どうにもなるまい」


          うーん…………





          「やっぱりそうだよね〜……」

          「どうかしたのか?」

          「…………早く帰りたい」

          「いい年してそんな事を言うな」


          いい年って、アシュヴィン……。














          「……あたしだって、別に、仕事がめんどくさいとか、
           そういうこと言ってるんじゃないよ」

          「じゃあどういう事なんだ?」

          「…………昨日、忍人の誕生日だったの」

          「誕生日?」


          あ、もしかして“誕生日”っていう概念が無いのかな……。





          「その人のね、生まれた日をあたしのいた世界では祝うんだ。
           宴とか開いてさ、プレ……贈り物を贈って」

          「へえ……なかなか面白そうだな」

          「でしょ? 昨日も、中つ国では千尋が忍人のために
           宴を開いてくれたみたいなんだよ」

          「で、お前はその宴に参加できなかった訳だな?」
 
          「…………そうですよーだっ!」


          わざわざ言わなくてもいいのに〜!















          「この話し合いが長引くことくらい、解っていただろう?
           何故他の奴に任せなかったんだ? 例えば風早とか」

          「風早は……ううん、風早と那岐は、あたし的に千尋の支えだから、
           そばを離れちゃいけない気がするんだ」


          千尋は中つ国の王なんだから、国から出す訳にもいかないし……
          (たまには気分転換で出掛けてほしいけど、色々と周りがうるさいしね)





          「忍人や布都彦は、話し合うより戦うって感じだし」

          「解らなくもないが」

          「サザキや柊は、気が乗らなきゃ真面目にやってくれない気がする」
 
          「一理あるな」

          「遠夜は、千尋としか会話出来ない。
           他の一般兵に任せたりは出来ないし、……」


          他の人に頼んでも、
          ちゃんといい方向に話を進めてくれるか謎だし……





          「で、残ったのがお前か」

          「そういうこと」

          「お前も色々と苦労が絶えないな」

          「そう思ってくれるんだったら、サティを説得して〜!」

          「無茶言うな」


          アシュヴィンの意地悪〜〜!















          「…………でもまあ、お前も頑張っているしな」

          「……?」

          「少し待っていろ」

          「アシュヴィン……?」


          何なんだろう…………?




































          「よしっ!今日の鍛錬はここまで!」


          兵たちに指導をして、今日の仕事は全て終えた。





          「……明日か」


          明日になれば、が帰ってくるんだな……。




















          「忍人ーーーーー!」


          …………?





          「空耳、か…………?」








          「忍人ーーーーーーー!!」


          ……!!





          「…………?」


          何故、が……
          帰ってくるのは、明日じゃなかったのか……?















          「ただいま、忍人っ!」

          「……どうして、」

          「う、うん、色々あって、一日早く戻ってこれたの!」


          そう言って彼女は、嬉しそうにわらった。





          「少しは俺にも感謝してほしいものだな」

          「アシュヴィン……」


          彼女が乗ってきた馬の後ろにいる馬から、
          常世の皇子、アシュヴィンが降りてこちらにやって来た。





          「お姉ちゃん、やっと追いついた!」

          「あ、ごめん、シャニ〜」

          「ふふ、もう仕方ないなぁ、お姉ちゃんは。
           ねっ! とにかく千尋お姉ちゃんのところに行こうよ!」

          「うん、そうだね!
           ごめん、忍人。ちょっと千尋に報告してくるね。
           すぐ戻ってくるから!」
 
          「……あぁ」


          そうしてはニノ姫の元へ向かった。















          「……話し合いは、終わったのか?」

          「いいや」

          「では、何故……」

          「姫が早く帰りたいとおっしゃってな。
           話し合いの続きは中つ国ですることになった」


          続きを中つ国で……?





          「……よくナーサティアが許したな」

          「説得するのは大変だったさ。
           だが、アイツは存外シャニに甘いもんでな」

          「……?」

          「シャニが中つ国に出掛けたいと言ったら、渋々了承していたよ」


          そういうことか……。





          「サティもすぐに来るだろう」

          「……そうか」

          「早くの元に行ってやれ。
           アイツもお前に会いたがっていたぞ」

          「……すまない、アシュヴィン」

          「そう思うならもっとこの国のために努力しろ。のようにな」

          「解ってる」




          「本当に世話の焼ける奴らだな、全く」
























          「!」


          走ってニノ姫の部屋へ向かうと、向こうからも走ってきた。





          「あ、お、忍人っ!」

          「っ……」


          その勢いのまま、俺は彼女を抱きしめた。





          「忍人……?」

          「……会いたかった…………」


          たった3日しか離れていなかったというのに。
          俺は、ここまで情けない男だったのか……。


          そうも思ったが、そんな事、今はどうでもよくなっていた。










          「……ありがとう、嬉しい。あたしも会いたかったよ」

          「…………」


          は笑顔でそう言った。





          「遅れちゃってごめんね、忍人。お誕生日、おめでとう!」


          は綺麗な包みを一つ、俺に差し出した。
          そのとき、昨夜から胸につっかえていた何かが、消え去ったような気がした。

































君が此処に在ることで


(俺は 俺として 此処に在ることが出来るんだ)





























  ++++++++++++++++++++++++++++

    忍人バースディ夢でしたー! いかがだったでしょうか?

    何気にアシュヴィンがいいキャラで好き☆
    あと、シャニにまで協力してもらってる(笑)


   
Happy Birthday to Oshihito Katsuragi!!