「あの、歳三さん……お願いがあるんですが」
「どうした?」
ある日、夕飯も食べ終わって一息ついたとき。
千鶴がそう切り出してきたから、用件を聞いてみると。
「さっき買い物の帰りに通りがかったら、桜が満開だったんです。
だから、その……明日はお花見をしませんか?」
少し緊張気味な様子で、そう言った。
「桜、か…………」
千鶴と一緒になってから、何度桜を見ただろうか。
こいつは桜が好きだから、その季節になれば毎日のように花見をしていたときもあった。
だから、もう、数え切れないほど見てきたような気がする。
前に、こいつは俺のことを桜のようだと言った。
……実のところ、俺は自分をあんな綺麗な花のようだとは思えねぇ。
今まで多くの血を浴びてきたから、そんな風に評される謂れも無いだろう。
だが、桜は本当に千鶴に似合う花だから。
俺が桜ならば、俺とこいつも合っているはずだと、妙に安心できる部分もあった。
…………色々と御託を並べたが、とにかく、
俺と千鶴にとって、桜とはとても大切なものだってことだ。
「やっぱり、突然すぎたでしょうか……」
俺がなかなか返事をしないからか、落ち込んだらしい千鶴は少し俯いてそうつぶやく。
だから、俺は慌てて言った。
「いや、別に突然じゃねぇよ」
「歳三さん……」
「戦してた頃なんか、何の前触れもなく状況が変化してたからな。
前もって言ってもらえるだけマシだぜ」
「……ふふ、そうですね」
きっと、今だから……
千鶴と共に在る未来を選び、そして共に歩んでいる今だからこそ、
当時のことを冗談のように話せるんだろう。
それを理解してくれたらしく、千鶴も先ほどまでの緊張を解き、少し笑った。
「行くか」
「え?」
「花見だよ。お前が言い出したんだろ」
「あ、はいっ!」
さっきの微笑みとは違い、今度は表情を崩して嬉しそうに笑う。
俺の言葉一つで、こんなに嬉しそうな顔をするのか……
可愛いな、なんて思ってしまったのは、ここだけの秘密だ。
「きっとまた、長時間あそこに居るんだろうからな。弁当の用意も頼むぞ」
「はい、任せてください」
……いつのことだったろうか。
こいつと二人、散歩がてらに手ぶらで桜を見に行ったことがあった。
だが、揃いも揃って思った以上にそれに見とれてしまい。
時間が過ぎていたことを知らせてくれたのは、なんと腹の虫だった。
「ちゃんとお弁当も準備して行けば、お腹がすいても大丈夫ですね」
少し冗談交じりに、千鶴がそう言った。
「ああ、そうだな」
俺の冗談に、千鶴が笑ってくれたように。
俺も、少し笑ってそう答えた。
翌日になって、俺と千鶴はいつもの場所へとやって来た。
俺たちは、桜を見るときはいつもここに来る。
ここいらでは、一番花見に適していると思える場所なんだ。
……そして、かつて俺が宿敵とも言える男を倒した場所でもあった。
「歳三さん、この辺りにしませんか。日が当たるから、きっと暖かいですよ」
俺が立ち止まって桜に魅入っている間に、
どうやら千鶴は花見に適した場所を見つけ出したらしい。
少し離れたところで、手招きしていた。
「……お、確かにいい場所だな」
「でしょう?」
招かれるまま千鶴の元まで行ってみると。
そこは、確かに日が当たっていて気持ちよく花見が出来そうな場所で。
それを伝えると、千鶴も得意気に返してきた。
「じゃあ、始めましょうか」
その言葉で、いつものように花見が始まった。
花見を始めてから、数時間が経っていた。
「そろそろ帰るか」
「はい、そうですね」
結局、俺たちはいつものように何時間もその場で花を見ていた。
……いや、ずっと花を見ていたってのも語弊があるな。
――俺と千鶴は、桜を見ながらよく思い出す。
かつて、新選組として共に歩んできた奴らのことを。
おそらく、そうやって昔話をしているから、俺たちはついついここに長居してしまうんだろう。
「歳三さん?」
「あ、いや……何でもねぇよ。日が完全に沈む前に帰るぞ」
「はい」
この北の地では、春だとしても夜は冷え込む。
そんな中こいつを歩かせるわけにもいかないから、
早く帰らねぇと……と思った俺は、自然と早足になっていた。
「わっ」
だが、千鶴のその焦るような声で気が付いた。
俺の歩幅と千鶴の歩幅は違うから、俺が早足になれば、こいつが小走りになるということに。
……このまま歩けば、そのうち転ぶであろうことは目に見えている。
だから、俺は千鶴の手を取った。
「えっ……あの、歳三さん……?」
「転ぶといけねぇからな。こうしてた方が安全だろ?」
「は、はあ……でも、」
「いいから行くぞ」
「と、歳三さんっ……!」
千鶴が何か言いかけていたが、俺はそれを遮って歩き出した。
そして、ふと千鶴の方を見てみると。
「…………」
顔を真っ赤にしていた。
そんな千鶴を見て、やっぱり可愛いと思い、自然と笑みがこぼれた。
「わ、笑わないでください!」
「そう怒るなって」
照れ隠しであろうその強がりが、なんだか愛しく思えた。
そんな愛しい存在と共に歩んでいるだなんて、俺は幸せだな。
そう、思っていた矢先……
「……!」
何かの気配を感じた。
その「何か」というのは、決していいものとは言えない……。
直感でそれが解ったから、俺は千鶴と繋いでいる手に少しだけ力を加えた。
「歳三さん?」
俺の様子がおかしいことに、こいつも気付いたようだ。
「……何でもねぇ。急ぐぞ」
「あ、はい」
俺はそんな千鶴に曖昧な答えしか返さず、再び歩き出した。
「まさか…………」
だが、この感じは…………。
俺の嫌な予感は、見事に的中していた。
「そう、急ぐこともないだろう」
帰路を辿る俺たちの前に、突如一人の男が立ちはだかったのだ。
「え、……風間さん!?」
そう……
千鶴の言った通り、それは俺が倒したはずの男――風間千景だった。
「フン……さすがは、かつて新選組の副長を担っていただけの男だ。
いち早く俺の気配を悟ったか」
こいつ、生きてやがったのか……。
そう思いながらも、俺は千鶴を守るように前へ出た。
「我が妻となる者の様子を見に来たが……
見つかってしまったのならば、仕方あるまい」
「妻、だと……?」
こいつ、まだそんなこと言ってんのか?
だいたい、自分は相手にされてないって解ってねぇのかよ……。
「あ、あの、歳三さん……
どうして風間さんがここに居るんでしょうか?」
「さあな……
ただ解っているのは、こいつが実は生きていて
そして頭もおかしくなってるってことだ」
「あ、頭?」
千鶴は俺の言葉に戸惑っているみてぇだが、事実だからな。
他に言いようもない。
「とにかく……俺より前には出るなよ」
「は、はい!」
千鶴に念を押してから、俺は風間の方に向き直る。
「貴様から力でもって千鶴を奪うというのも、まあ少しは面白そうだが……
それでは、ただの誘拐犯になってしまうからな」
……風間はさも自分が正常であるかのような口調だったが、
俺としては、お前は十分異常だと言ってやりたかった。
だいたい、つけてきている時点で、誘拐犯のことをとやかく言える立場じゃねぇだろ。
「…………なんて、考えてる場合じゃねぇよな」
さて、どうするか…………。
この状況を切り抜ける策を、俺が考え始めたとき。
風間が、少し間を置いて言った。
「……とにかく、今日はこれで引くことにするぞ。
俺が常識人であることに感謝するんだな」
そう言った風間は、そのまま立ち去っていった。
「ったく……何だってんだよ、あいつは」
「歳三さん……」
いらついている俺に、気遣うように千鶴が声を掛ける。
…………ああ、そうだ。
俺ばっかり気遣われるってのも、格好悪りぃよな。
「千鶴、あの男……風間は、再びお前の前に現れる可能性がある。
俺も気を付けるつもりではいるが、お前も自己防衛をしっかりしてくれ」
「はい、解りました」
それ以降、しばらくの間はたびたび風間に花見を邪魔されるようになってしまった。
この次は
(あいつを倒してから花見に行くしかねぇのかよ……)
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というわけで、2010年のお年賀企画・第1弾でございます!
いかがだったでしょうか?
こちらは、友人の伊織師匠からリクして頂いたものです。
斎千に続いて土千まで書いてしまいましたよ…!
リク内容は、手を繋ぐシーンを入れて
それに照れる千鶴が見たい!とのことでした。
なので、こんな感じになったんだけど…どうなんだろう;
てか、これは以前書いた斎千と微妙に似てますよね!
あえて狙ったんですが(え
やっぱギャグにするには、風間様が必要かなーと。
(てか、なんでギャグを狙うの?)
ますますキャラ崩壊に拍車をかける風間様ですね。(何
こんなヘボ作品ですが、伊織師匠のみお持ち帰り可です!
ある程度の苦情なら受け付けます(笑)
あと、作品の文章自体がそのままなら
文と文の間とか、都合のいいように編集してもらって大丈夫です!
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!