「もしもし、弁慶さん?」
 
          「はい」

          「明日、弁慶さんの家に行ってもいいですか?」

          「ええ、もちろんですよ」


          あたしの申し出に対し、弁慶さんは二つ返事で答えてくれた。






          「じゃあ、夕方にお邪魔したいんですが……」

          「ふふ、君は大胆な人ですね」

          「な、何言ってるんですか!」


          絶対にからかわれていると解ってはいても、動揺してしまう。
          やっぱりこの人には敵わないな、なんてことをあたしは考えた。














          「いつだって、君が来てくれることはとても嬉しいですよ。
           楽しみに待っていますね、さん」

          「……はい!」


          弁慶さんの言葉に勢いよく返事をし、あたしは電話を切った。






          ――――荼吉尼天を追って、元の世界までやって来たあたしたち。

          先日、とうとうその荼吉尼天を完全に倒すことが出来た。
          龍脈も正され、みんなは白龍の力で向こうの世界に帰ることになって。

          ……ただ、弁慶さんだけは、こちらに残る選択をしたのだ。



          『本当にいいんですか?』

          『ええ』



          あたしはそれでいいのか心配になったけれど、やっぱり一緒に居たいから。
          弁慶さんのその選択に対し、それ以上は何も言わなかった。



















          「よーし……さっそく始めなくちゃね」


          みんなが向こうの世界に帰ってからおよそ一ヶ月。
          明日は、弁慶さんの誕生日なのだ。

          だから今からケーキを作って、明日持っていこうとしてるんだ。



          ちなみに、夕方にお邪魔したいとお願いしたのは、
          一緒に夕ご飯を食べようと思ったから。

          少しお酒も用意するつもりなんだけど、さすがにお昼から飲むのもね。







          「ケーキは先に作っておいて、夕ご飯は弁慶さんの家で作ればいいかな」


          はっきり言って料理はあまり得意じゃないけれど、自分なりに頑張ろう。
          弁慶さんは、そういうことをくみ取ってくれる人だから。

          たぶん、大丈夫なんじゃないかな……。











          「さて! 明日のこと色々考えたいけど、まずはケーキだよ」


          あたしは考え込むことをひとまずやめて、ケーキ作りを開始した。


























          「いらっしゃい、さん」

          「こんばんは!」


          翌日、あたしは昨日作ったケーキを片手に、
          そしてもう片方の手には夕ご飯の材料を持って弁慶さんを訪ねた。







          「ずいぶん大荷物なんですね……
           こんなことなら、僕が迎えに行けば良かったかな」

          「大丈夫ですよ、そんなに重くないし」


          あたしが笑って答えると、弁慶さんも少し笑ってくれた。







          「それじゃあ、夕ご飯を作りたいので
          ちょっと台所をお借りしてもいいですか?」

          「ええ、どうぞ。
           君が作ってくれるものはどれも美味しいから、楽しみです」


          料理は得意じゃないはずなんだけど……
          弁慶さんは、いつもこう言ってくれるんだ。

          本心なのかお世辞なのかは見抜けないけれど、
          そう言ってもらえるのは、やっぱり嬉しいかな。














          「僕にも何か手伝えますか?」

          「いえ、いいんです。
           だって弁慶さん、勉強中だったんですよね?」


          弁慶さんは、どうやら高認を取ろうとしているみたいで。
          そのために、今は猛勉強中というわけなのだ。






          「昨日の今日で突然お邪魔したのは、あたしですから。
           弁慶さんは、気にせず勉強しててください」


          これに合格できれば、今度は大学受験が出来るようになる。
          そうして大学に入って、医療について一から勉強し直したいんだって。







          「そうですか……
           では、もう少しでひと段落するので、そうしたら僕もお手伝いします」

          「はい」


          そういい残して、弁慶さんはリビングに戻っていった。



















          「……まあ、勉強してばかりで根を詰めてもいいことはないし」


          料理で身体を動かすことで、少しはリフレッシュ出来るかもしれないね。






          「っと、夕ご飯を食べる前にプレゼントを渡した方がいいのかな?」


          昨日作ったケーキに……
          望美ちゃん、将臣、譲から預かっておいたプレゼントもあるからね。















          『さん、これ私から弁慶さんへのプレゼントです。
           代わりに渡してもらえますか?』

          『それは構わないけれど……
           だったら、望美ちゃんも一緒にパーティしようよ』
 
          『もう、何言ってるんですか、さん!
           ラブラブな二人の邪魔なんて出来るわけないでしょう?』

          『ちょ、ちょっと望美ちゃん!』


          そう言った望美ちゃんは、何だか楽しそうだった。









          「ったく、あたしは望美ちゃんより年上のはずなのに、
           どこか勝てないところがあるんだよね……」


          あしたもまだまだってことなのかなぁ……



















          「さん、僕は何を手伝えばいいですか?」

          「あ、べ、弁慶さん!?」


          考え込んでいたときに突然話かけられたので、
          あたしは必要以上に驚いてしまった。







          「すみません、驚かせてしまいましたか?

           一応先に声は掛けたんですが、
           君は考え込んでいて気付かなかったようなので」


          弁慶さんは、そうしていつかと同じようなことを言った。







          「そ、そうだったんですか……
           あたしの方こそ、気付かなくてごめんなさい」

          「いいえ、いいんですよ」


          そう言って、弁慶さんはまた笑ってくれた。


          ――――弁慶さんの笑い方は、前と少し違う気がするんだ。

          前は、何だか笑顔を貼り付けているっていう印象があった。
          それが、今は自然に微笑んでるっていう感じなんだよね。


          でも、その顔を見るとあたしもすごく安心するから、結局は好きなんだけど。








          「僕に手伝えることはありますか?」


          弁慶さんは、先ほどの質問をもう一度口にした。






          「えーと……じゃあ、そのボウルに入ってる材料を炒めてください」

          「解りました」


          気を取り直して、あたしは弁慶さんと一緒に夕ご飯作りを再開した。




















          「出来ましたね!」


          あたしと弁慶さんは、
          出来上がった料理が並べられているテーブルの前に居る。






          「ええ……ですが、今日は何だか豪華ですね。何かあるんですか?」

          「そうですよ! ちょっと待っててくださいね」


          弁慶さんったら、自分の誕生日を忘れているみたいだ。
          色々と忙しくしてるからかな?


          そんなことを考えながら、あたしはいったん台所に戻って、冷蔵庫を開ける。
          そして、昨日作ったケーキを手に再びリビングへ戻った。






          「それは、君が持ってきていた箱ですね」
 
          「はい! 弁慶さんのために作ったんですよ、じゃーん!」


          そう言いながら、あたしは箱の蓋を取る。






          「これは……ケーキ、ですか?」

          「はい、そうです!」


          この世界に来たばかりの頃から、
          弁慶さんはすぐにこちらの環境にも慣れてきていて。

          今では、ほとんど不自由なく過ごしているみたい。
          ケーキも一緒に食べたことがあるから、それ自体は知っているんだ。












          「前に話したことがあるかもしれませんが……

           あたしたちの間では、誕生日には誕生日用のケーキを食べるんです。
           それで、他にご馳走を食べたりして一緒にお祝いするんですよ」


          一瞬不思議そうな顔をした弁慶さんだったけれど、すぐに状況を把握したようだ。
          やっと合点がいったというような表情になった。







          「そうか、これは僕の……」

          「弁慶さんの、お誕生日をお祝いするためですよ」


          他でもない、あなたの生まれた日だから。
          あたしに出来る精一杯のことで、お祝いしたかったんだ。














          「ありがとうございます、さん」

          「どういたしまして!」


          良かった、喜んでくれたみたい。







          「僕は、今まであまり誕生日というものを気にしたことが無かったのですが……
           こうして君に祝ってもらえると、やはり特別な日だなと思います」

          「そうですね、大切なあなたの生まれた日だから……
           あたしにとっては、本当に特別な日なんですよ」

          「さん……」


          あなたが生まれてきてくれたこと、あたしが生まれたこと、
          白龍が望美ちゃんを神子として選んだこと、
          源氏と平家が争う時代になったこと、
          全く無関係であるはずのあたしが、向こうの世界に飛ばされたこと、
          そして、その飛ばされた先であなたと出逢ったこと……


          それが全て、あたしの運命だったのかもしれないね。















          「お誕生日おめでとうございます、弁慶さん。
           今日という日を、あなたとお祝いできて良かったです」


          ありがとうございます、と言った弁慶さんは、珍しく表情を崩して笑っていた。
























今日という日を


(君が祝ってくれただけで 僕は幸福だから)
























          +++++++++++++++++++++++++++++++++

            弁慶さんのバースディ夢でした! いかがだったでしょうか?

            弁慶さんって、自分を犠牲にすることが多いですよね。
            どこかでも書いた気がしますが、
            あたしは全員が幸せになる終わりを望んでいます。
            なので、誰かの犠牲の上にあるハッピーエンドは要らない。
            そんな考えは甘いと言われても、それを望みますよ。

            
Happy Birthday to Benkei Musashibou!!