「……さようなら、弁慶さん」
「ええ……どうか、お元気で」
「弁慶……本当に良かったのか?」
「ええ、これでいいんですよ」
「……あんた、こういう時に限って不器用なんだな」
「そんなことはありませんよ、ヒノエ」
さんが元の世界へ帰ってから数日が経った。
今、僕たちは平泉に身を寄せている。
「やはり、ここは寒いですね……」
今は冬……ましてや平泉では寒いのも無理はない。
特に、今日は朝から雪が降っているのだから。
そんな雪の中を、僕はなんとなく歩いている。
傘なども持ってきてはいないから、
僕の肩は、とめどなく降り続ける雪によって白く染められていた。
「寒いはずなのに、不思議ですね……」
さん……なんだか、この雪は君の手に似ている……
とても、温かい……
「ふふっ……本当に君に似ている。
真っ白で……とても、無垢ですね………」
やはり、君を元の平和な日々に帰せて良かった。
無垢な君には、この戦乱の世はふさわしくない………
「弁慶! 何やってるんだ、傘も差さずに」
「あ、すみません、九郎」
「全く、風邪を引いたらどうするつもりだ……」
「ふふ、大丈夫ですよ」
九郎……君には生きてほしいと思います。
少々純粋すぎるところがありますが、
やはり君は皆を率いることのできる才を持っている。
後が無くなったときは……やはりあの手段しかないか……。
それから数日後、“後が無くなったとき”はすぐに訪れた。
「くそっ……もう駄目なのか……」
「…………」
僕の出番のようですね。
「……九郎、君はみんなを連れて北へ逃げてください」
「だがっ……お前一人で敵うはずもないだろう!」
「大丈夫ですよ、まだとっておきの秘策があるんです」
「本当か? どんな策だ……?」
「それは秘密ですよ。
……とにかく、君は北へ向かってください」
「……お前も後から来るんだな?」
「……ええ、もちろん」
「………解った、お前を信じる」
「ふふっ、ありがとうございます」
九郎……やはり君は少々純粋すぎますね………
「この期に及んで……
もう鎌倉方に勝てる策などありませんよ………」
僕が盾になって時間稼ぎをしている間に……
出来るだけ遠くへ逃げてください……。
「……不思議ですね」
きっと僕の命はここで尽きる。
しかし、それに対するためらいなどは無い。
「瞳を閉じれば……君の顔が浮かんでくる……」
これ以上、幸せなことはないだろう。
ただ一つ、気になるとすれば……
「浮かんでくるのが……泣き顔ばかりということかな………」
僕は君を泣かせてばかりいたようだ……。
「……ふふっ、本当にいけないのは僕の方ですね」
君には……ずっと笑顔でいてほしかったというのに………
「いたぞ!武蔵坊弁慶だ!!」
「どうやら、おいでなすったようですね」
ここであの兵たちを塞き止めるのが、僕の役目。
こんな僕を“仲間”だと言ってくれた
あなたたちを逃がせるのならば本望です。
「さぁ……行きますよ」
「……ふふ」
どうやら……僕も限界のようですね………
「参ったな……大した時間稼ぎにもなっていない………」
けれど、さん……
あなただけでも助けることが出来て良かった………
「この綺麗な雪景色も……最後、ですね………」
「弁慶さん!!」
「……?」
幻なのか……?
瞳を開けても君が見えるだなんて………
確かに、さんは元の世界に帰ったはずなのに………
「弁慶さんっ!!」
「……さん………?」
「弁慶さん! しっかりしてください!!」
なぜ……
「良かった……すぐに手当てをすれば大丈夫そうですね………」
「どうして……君がここに………?」
「話は後です。
……望美!!」
「オッケー、!さっさと片付けよう!!」
「もちろん!!」
そんな……
「望美さんまで……」
戻ってきたというのか……この世界に………?
どうして――…………
「……はぁ、やっと終わったね」
「、大丈夫?」
「大丈夫だよ、私だってリズ先生のもとで鍛えたんだから」
「そっか、そうだよね」
さん……
「さん……
望美さんも、何故戻ってきたのですか………?」
どうして……この危険な地に再びやってきてしまったんだ………
「……弁慶さんと一緒にいたかったからです」
「僕と……?」
「はい。私、やっぱり弁慶さんのことが好きです。
だから一緒にいたいんですよ」
「さん……」
僕はあなたを助けたかっただけなのに……
どうして、あなたは………。
「怒ってもらっても構わないですよ」
「…………」
「……でも、私は謝ったりしません。
だって、自分で決めたことだから」
「………!」
さん…………
どうして、あなたは……
そうやって僕の中に入り込んでくるのですか………
「……私は、が一人じゃ心配だからついきてきたんですよ。
それに、弁慶さんにお説教しようと思って」
「説教、ですか?」
困ったな……覚えがありすぎる………
「……とにかく、怪我の治療が先だよ、望美。
説教はその後にね」
「解ってるって! 泰衡さんにお願いして
医療に精通してる人を呼んでもらおうか」
「うん!」
+++
それから、泰衡さんのところに戻って弁慶さんの治療をしてもらった。
そのあと弁慶さんは少しずつ回復してきて、
最後の方は薬も自分で煎じていたみたい。
「じゃ、弁慶さんが完全に回復したということで、
私がお説教をしたいと思います」
「ふふっ、ほどほどにお願いしますよ」
「それは弁慶さん次第です」
今は、さんの姿は見えない。
望美さんの話によると、朔殿と一緒に市へ出掛けたようです。
「……本当はお説教じゃないんです」
「そうなんですか?」
「弁慶さん……のこと、大切にしてあげてください………」
「望美さん……」
「は……平和な生活を手放してまでこの世界に戻ってきたんです。
全部、弁慶さんに会いたくて、弁慶さんを助けたくて、
弁慶さんと一緒にいたいがために………」
僕と一緒にいたいがために……か。
さん、あなたは本当にいけない人ですね……。
「もう……“帰れ”だなんて言わないですよね………?」
「…………」
そう、ですね………
「僕も……もうさんと離れることは無理でしょう。
諦めるため、ということもあって元の世界に帰したのに
戻ってきてしまったら……ね」
もう二度と逢えないと思ったから、諦めもついたというのに。
さんは再びこの地に戻り、僕の決意を揺るがせた。
きっと離れることなど、もう出来はしないだろう。
……いや、もしかすると最初から無理だったのかもしれない………。
「……良かった、それを聞いて安心しました」
「僕も……さんを心から愛しています」
だから、彼女の親友であるあなたに誓いましょう、望美さん。
「僕は、これから先、何があろうともさんを守ります。
僕の……全てをかけて」
「弁慶さん……」
さん、あなたが楽しいと思ったときはその楽しみを、
哀しいと思ったときはその哀しみを、僕に分けてください。
僕はあなたと……多くのことを分かち合って行きたいから………
「……のこと、よろしくお願いしますね!」
「ええ……」
「ただいま〜」
「あ! と朔が帰ってきたみたい!
ちょっと迎えに行ってきます」
「はい」
…………。
こうして瞳を閉じてみると……やはり君の顔が見える………
「弁慶さん?考え事ですか?」
「……ええ、そんなところです。さん、お帰りなさい」
「はい、ただいまです!」
瞳を開けても、君が見えるだなんて。
僕は、なんて、幸せなのだろう。
玲瓏なる覚悟よ
(もう二度と、この手を離さない。)
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弁慶さんキャラソン夢・第2弾!!
今度は「玲瓏なる覚悟よ」イメージでした。
いちおー十六夜エンドをイメージしてますが、セリフとか
なんか色々うろ覚えです。すみません……。
とにかく、もう逢えないと思っていたというのに、
こうして瞳を閉じても、開けても、君の姿が見えるなんて
なんて幸せなことなのだろう、という結論です。(何