「……お、おったおった」
目的の人を見つけた俺は、その人の方へ歩みを進める。
「よぉ、お待たせちゃん」
「廉造……?」
名を呼ぶと、彼女はこちらを振り返って不思議そうな顔をした。
「どないしたん?」
「え? あ、ううん……
約束の時間より早かったからさ」
だからちょっとびっくりした、彼女は言う。
「そらぁ可愛いちゃんのためや、急がなあかんやろ」
そう言ってみせたが……
やはり彼女は表情を曇らせた。
「……またそんなこと言って」
「いややなぁ、本心やて」
「嘘」
だけど、彼女は俺の言葉を信じない。
また冗談だと思っているらしい。
「また『出雲ちゃん』にアドレス教えてもらえなくて
さっさと帰ってきたんでしょ?」
「なんでそれを……
…………って、ちゃうちゃう!」
つい口が滑った……と思ったときには、もう遅い。
先ほど顔を曇らせていた彼女だが、
今度は呆れたような表情をしている。
「ほんまに、ちゃんにはよ会いたい思てやなぁ……!」
「今さらフォローしても遅い」
機嫌を直してもらおうと思って口にした言葉は、
どうやら逆効果だったらしい。
彼女はますます機嫌を悪くしてしまったようだ。
「なあ、ちゃん……」
「…………何?」
「機嫌……直してくれへん?」
このとーり! と、顔の前で手を合わせる。
しばらくそっぽを向いていた彼女だったが、
ようやくこちらを見てくれた。
「…………しょうがないな、今に始まったことじゃないし」
「堪忍なぁ、ちゃん」
「次、同じようなことあったら絶交ね」
「ほんま!?」
俺が聞き返すと、「あたしはあんたと違って冗談は言わない」
と、真顔で返されてしまった。
「きっついなぁ……」
「だったら一緒に居なければいいのに」
「や、せやからそれは、ちゃんのことが……
…………って、ちゃん!?」
今度こそ本気で、ちゃん好きをアピールするつもりが……
彼女は既に、数歩前を歩いている。
「取り付く島も無いっちゅーのは、こーゆーことやな……」
そんなことを考える俺だったが、
前を行く彼女の姿がどんどん小さくなっていくことにすぐ気付いた。
「あかん、置いてかれてまう……!」
一緒に帰る約束をしているから待っててくれるだろう、
という考えは、彼女には通じない。
このままでは本当に置いていかれることが予想できる。
そう思った俺は、急いで彼女を追いかけた。
「やっぱアイスは抹茶だね!」
そんなことを言いながら、持っている抹茶アイスを嬉しそうにほおばる。
どうやら、機嫌を直してくれたらしい。
「ほんまにちゃんは抹茶が好きやなぁ」
「うん、大好き」
ちょ、「大好き」やて!
抹茶のやつ、羨ましすぎるやんか!
「どうかしたの?」
「い、いやぁ、なんもあれへんよ」
「ふーん?」
危うく口にするところだった……。
そんなことをすれば、また彼女の表情は曇ってしまうだろう。
ギリギリセーフだった。
「廉造のはチョコミント?」
「お、おう、そうやで」
「ふーん……
あたし、チョコミントって食べたことないんだ」
「そやったん? ほな、ちょお食べてみる?」
「いいの!?」
そう言って、きらきらした顔で俺を見る彼女。
「ええよ、食べてみ」
「うん!」
持っていたチョコミントを差し出してやると、
彼女もいただきますと言いながらぱくっとかじりつく。
「どや? チョコミントは」
「うん……さっぱりしておいしい!」
「せやろ? 俺もチョコミントのそこが好きやねん」
そんなに気に入ったなら、
次はチョコミントにしたらどうかと俺は彼女に言ってみた。
だけど、少し考えて彼女は言う。
「うーん……でも、やっぱ抹茶は外せないな」
「ちゃんも好きやなぁ」
「だっておいしいから」
だけどチョコミントもおいしかったしな、と、悩み始めた彼女。
そんな彼女を見て、いいことを思いついた。
「ほな、ちゃんは次も抹茶にしぃや」
「え?」
「で、俺は次もチョコミントにするんよ。
せやったら、ちゃんはまた両方食べられるやろ?」
「……あ、」
なるほど……と、珍しく俺の意見に感心する彼女。
これで、また一緒に帰る約束をさりげなく取り付けた……!
……と、思いきや。
「……って、危うく誘いに乗るところだった!」
「なっ……なんのことや」
「廉造の話術にハマるところだったよ」
「わ、話術て……人聞き悪いやろ、ちゃん」
どうやら、彼女にとってはそのさりげなさがあかんかったらしい。
「手慣れてる」と言って逆に警戒されてしまった。
「どうせ誰にでも同じようなこと言ってるんでしょ」
「そないなことせぇへんて!
俺が帰る約束する女の子はちゃんだけや」
「『出雲ちゃん』は?」
「出雲ちゃんはなぁ、まだ少しも心開いてくれへんねん。
デートに誘うのは、まだ先やな……
…………ってちゃうちゃう!」
またやってもうた……!
だけど、そう思ったときには、やはりもう遅かった。
彼女はまた呆れたような顔をして、さっさと歩き出してしまう。
「ちょ、待ちぃ、ちゃん!」
「聞こえない聞こえない」
「聞こえとるやろ!」
それからの帰り道、
俺は彼女の機嫌を直すために必死にならざるをえなかった。
164.こんなに想っているのに、どうして
(彼女には伝わらないんや!)
(お前のせいだろ)(勝呂談)
(志摩さんのせいやと思います)(子猫丸談)