「…………」





「あれは……」


放課後の練習が終わった後。

メンバーと別れ一人歩いていた俺は、
いつも通りすがる公園に見覚えのある姿を見つけた。





「……何やってんだ、あいつ」


ベンチに座って、ボーっと空を見上げている。
その表情が、いつもと違う気がして……

俺は無意識に、そいつの方へと足を向けていた。










『君が新海凛十くん?』


屋上で昼寝でもしようと寝転がったとき、
ふと声を掛けられた。

声を掛けてから、そいつはそのまま俺の隣に座る。





『……誰だ、あんた』


無視してやっても、よかったんだが……

あんま嫌な感じはしなかったから、
とりあえずは答えることにした。






『初めまして、です。
 1年のとき、千里くんと同じクラスだったんだ』


だから、俺のことも知ってると言った。

よくよく聞いてみると、朔や嵐とも
それなりに仲がいいらしい。










『で、俺になんか用かよ』


昼寝の邪魔したくらいなんだ、
なんか用があるんだろう。

そう思ったが……





『ううん、特には』

『無ぇのかよ!』


迷う素振りも見せず、こいつは言いきった。





『でも、「うちのギターはすごいぞ」って
 他の3人が言ってくるものだからさ』


会ってみたいな、とは思ってたんだよね。





『教えてもらった特徴と、君がそっくりだったから』


その「ギター」が俺だと確信して、
話しかけてきたらしい。










『…………』


つーか、あいつら俺の居ないところで
何ベラベラしゃべってんだよ……。





『もしかして照れてる?』

『……なんでだよ』

『3人が褒めてたから』

『なっ……んなわけねーだろ!』


とは言ってみたものの……
認めてくれてるのは、普通に嬉しかった。





『……まあ、仮にあいつらがそう言ってたとしても』

『うん』

『俺はもっと、上手くなんねぇと』


もっと上手くなって、
すげぇ演奏ができるようにしたいんだ。










『…………そっか』


そう言って、こいつは微笑んだ。





『あ……』


つうか、俺……
初めて会ったやつに何語ってんだよ。





『…………』

『ん? どうかした?』


けど、こいつは何となく話しやすいような……

だから余計なことを言っちまったんだ、
そうだ、きっと……。










『……あ、そろそろ戻らないと』

『…………』

『ありがとう、新海くん。
 少しでも話せて嬉しかった』


そう言って、こいつは立ち上がる。





『お昼寝の邪魔しちゃってごめんね。
 良かったら、またおしゃべりしようね』

『あ、おい……!』


俺の返事もろくに聞かず、
そいつはそのまま屋上を出ていった。










『…………昼寝の邪魔した自覚はあんのかよ』


変なやつ……。















「…………」


最初はただ、変なやつって思ってたけど……

自分の目標のために真っ直ぐだってことは、
割とすぐに解った。

こんなこと、本人には絶対ぇ言わねぇけど……
俺はこいつの、そんなところはすげぇと思ってる。





「…………おい」

「……あ、新海くん」


ベンチのそばで立ち止まり、声を掛けると。
少し間を空けて、俺の方を見た。





「あんた、こんなところで何してんだよ」

「えーっと……ちょっと、夕陽を見てて」


いつものように、へらっと笑って答えた。





「…………」


こいつはいつもこんな風に笑ってるから、
さっきみたいな顔は珍しくて。

だから、本当は……それが気になって、
声を掛けずにはいられなかったんだ。










「新海くん?」


俺が急に黙り込んだから、不思議に思ったらしい。
どうしたの、と、問いかけてくる。

けどその問いには答えずに、俺は言う。





「……あんた、なんかあったのか」


もっと遠回しに聞くべきなのかもしんねぇけど、
俺にはそんな回りくどいことは出来ない。

だから、思ったことをそのまま口にした。





「うーん……」


そういうわけじゃ、ないんだけど。





「ただ……
 赤く染まる空を見て、思い出してたんだ」

「……何を」

「えっと、」


一瞬だけ空の方に目線を向けてから、
こいつはまた俺の方を見る。





「新海くんのこと、思い出してた」

「なっ……」


なんで、そこで俺が出てくんだよ。





「新海くんの瞳、赤くて綺麗だなって
 初めてしゃべったときから思っててね」


あの空を見て、新海くんの瞳と同じだなって。






「…………」


何考えてんだよ、こいつ……。










「そんなときに、新海くんが声かけてきて」


タイミングよくてビックリしたから、
答えるのが少し遅れちゃった。

またへらっと笑って、こいつはそう言った。





「…………」

「新海くん?」


なんか悩んでんのかと思ったら、
んなくだらねぇことだったのかよ、こいつ……





「…………心配して損した」


一気に脱力した俺は、自然とそうつぶやいた。





「心配してくれてたんだ?」

「なっ……別にそんなんじゃ、」

「ハイハイ、ありがとう」

「最後まで聞けよ!」


俺はそう言い返したが、
こいつは適当に返事をするだけだった。










「……付き合ってらんねぇ。
 俺は帰るからな」

「あ、待って、新海くん!」


歩き出そうとした俺を、慌てて引き留める。

無視してやっても、よかったんだが……

やっぱり嫌な感じはしなかったから、
とりあえずは振り向いた。





「ありがとう、新海くん……
 心配してくれて、嬉しかった」

「…………」





『ありがとう、新海くん。
 少しでも話せて嬉しかった』










「…………さっさと帰んぞ」

「うん!」


こいつの返事を聞いてから、俺は今度こそ歩き出した。

後ろから追いかけてくるこいつを、
バレない程度に見てみると。





「…………」


あのときと同じように微笑んで、赤い空を見ていた。






















218.赤く染まりゆく空から


(思い出すのは いつも君だ)