「……燐?」
なんとなく時間を持て余していた俺は、
通りかかった公園のベンチに座り、ぼーっと空を眺めていた。
いつからそこに居たのか、
そんな俺のそばに一人の少女が立っている。
「…………」
そいつの名前は、。
ある事件で知り合って、同じ正十字学園に通っている。
「何してたの?」
「別に……」
別に、何かしてたわけじゃない。それは本当だ。
だけど、彼女に対する自分の答えが
思った以上に素っ気なくなってしまい、俺は内心焦った。
「そっか……じゃあ、ひなたぼっこって感じなのかな」
「あ、ああ、そんなところだ!」
良かった……
どうやら彼女は、俺の言葉で傷ついてはいないらしい。
にこっと笑うの顔を見て、俺はほっとする。
「えっと……お前は、俺になんか用でもあったのか?」
は、そんなことは一言も言ってなかったけど、
なんとなくそう思った俺は彼女に問いかける。
「うん……ちょっと、燐を連れて行きたいところがあって」
「連れていきたいところ……?」
そうだよ、と言って、はまたにこっと笑う。
「最近見つけた場所なの。
すごくいいところだから、燐も気に入ると思うよ」
忙しくなかったら、一緒にどうかな?
は、遠慮がちにそう言った。
「今は別に忙しくねぇけど……」
言ってから、またやってしまったと思った。
に対する言葉が、また素っ気なくなってる。
「良かった、じゃあ行こう!」
「お、おう!」
だけど、今度もまた同じように笑ってみせるから。
俺もまたほっとして、先を行くのあとについていった。
「着いたよ、燐」
「ここか?」
「うん!」
そうしてが俺を連れてきたのは、
さっきまで居たのとは別の広い公園だった。
紫色の花があちこちで咲いていて、華やかに感じる。
「この花……」
「すごいでしょ? 名前、知ってる?」
「え? えーと……」
全然知らねぇ……。
そんな思いが表に出ていたのか、は少し笑って言う。
「藤の花だよ」
「そう言われてみれば、聞いたことあるような……」
花なんて全然詳しくないから、よく解んねぇけど……。
「この季節が見ごろなの」
「へぇ〜」
「すごく綺麗だよね」
「そうだな……」
と一緒に、しばらくその藤の花を眺める。
お互い何も話さず、ただじっと。
「……ねぇ、燐。一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
しばらく続いた沈黙を、が破った。
何かいつもと様子が違う気がしたから、俺も大人しく聞く。
「燐は……どうして祓魔師を目指すようになったの?」
「……!」
『ただ俺は……強くなりたい』
俺の所為で誰かが死ぬのはもう嫌だ!!
「俺は……」
俺はただ……
「ただ……強くなりたかった」
だから祓魔師を目指すことにした。
ただ、それだけだ。
そんな俺の言葉を、黙って聴いていた。
そうして、少し間を空けて言った。
「そっか……燐なら、出来るよ」
「お、おう!」
頑張ってね、とか、応援してるよ、とか……
は、そういうことを言わない。
ただ一言だけ、「燐なら出来るよ」と言ってくれた。
「え、えーと……
ここって、前からこんなに花咲いてたっけか?」
真剣に聴いてもらえたことが、何だか照れくさくて。
俺は話を誤魔化すように、突然そんなことを言った。
「うん、藤棚があるから、藤の花はたくさん咲くみたい。
私も最近、近所の人に聞いて知ったんだけどね」
でも本当に綺麗だよね、とは言う。
「そうだな……」
綺麗だと言って花を見つめる。
そんなの横顔を見て、俺は綺麗だと思っていた。
「…………そろそろ行こっか」
「もういいのか?」
「うん……もう充分!
燐と、こうして綺麗な藤の花を見られたし」
そう言ってにこっと笑ったは、いつものに戻っていた。
「ねえ、燐。そろそろお腹すかない?」
「そうだな……腹減った」
いつの間にか日は傾いていて、世間ではもうすぐ夕飯の時間。
そんなとき、ふとがそんなことを言った。
「じゃあ、このままスーパーに寄って
すき焼きの材料買っていこうか」
「すき焼き? マジで!?」
「うん」
一気にテンションの上がる俺に、微笑んだまま答える。
「理事長がね、みんなですき焼きやるならいいですよ
ってお小遣いくれたの」
「え? あいつが?」
って、あいつ俺には二千円しかくれねぇのに!
いつも思うけどには甘いよな!
「雪男くんとしえみさんも、
一緒に買い出ししてくれるみたいだよ」
「あの二人も?」
「うん。スーパーで待ち合わせしてるから」
は、楽しそうに説明してくれる。
「材料買って戻ったら、勝呂くんたちも一緒に集まって、
みんなですき焼きするんだ」
「ふーん……楽しみだな」
「うん!」
そう言って、また笑った。
――の笑顔は、あったかい。
何か、俺に必要なものをくれている気がする。
それが何とは答えられねぇけど、たぶん……
俺には、必要なものなんだと思う。
「あいつらも居るなら、遅くなるとうるさいかもな」
だから俺は、そばに居てこいつを守っていこう。
「急ごうぜ!」
「うん!!」
この手をしっかり握って、ずっと守っていこう。
お前の笑顔が、絶えないように。
254.絶対に、君の手を離さない
(ずっと、俺が守るから)