「今ちょっと大丈夫?」
「問題ないよ。どうかしたのかい?」
つい今まで本を読んでいたけど、
どうやらキリが良くなったらしく……
手にあったその本を置いたところを見計らって、
あたしは話しかけてみた。
「赤司くんって、その〜……」
「ん?」
「もう一人の人格だったときのことも、
ちゃんと覚えてるんだよね?」
「ああ、もちろん」
当然だ、と言わんばかりに赤司くんは答える。
……まぁ、あたしも確認の意味で聞いたから、
その答えは予想していたけれど。
「えっと……
あたしと初めて会ったときのことも?」
「そうだね、ちゃんと覚えてるよ」
「そっか……」
そう言ってフッと微笑んだ赤司くんを見ながら、
あたしは出会ったときのことを思い返した。
『どうぞ』
『あ、すみません……!』
赤司くんと初めて会ったのは、あのとき……
合宿中、木吉先輩を迎えに駅に行って、
ストラップを拾ってもらったときだ。
『どうかしましたか?』
『あ、い、いえ……!』
まさか、そこに居るのが
赤司くんだなんて思ってなかったから。
一瞬言葉を失っちゃって……
受け答えがちょっと遅れてちゃったりしたな。
「そういえば……あのときのことで、
一つ言っていなかったことがあるんだ」
「え?」
言ってなかったこと?
「当時オレは、偶然にもあの近くに用があってね」
「それで京都からわざわざ?」
「ああ」
そうなんだ……
別に避けてたわけじゃないけど、あのときのこと
こうやって話したことなかったから、なんか新鮮かも。
「けれど『あの近く』というだけで、
目的地の最寄はあの駅じゃなかった」
「え……?」
でも、あのとき赤司くんは改札から出てたはず……
「わざとあの駅で降りてみたんだ」
「わざと?」
「そう。
もしかしたら、偶然君に会えるかもしれないってね」
「……!」
あたしに、会える……?
「ど、どういうこと?」
言っている意味が解らず、
あたしは困惑しながらも聞き返す。
「あの前日に、黄瀬からメールがあったんだ。
『誠凛のマネージャーが面白そうな人だ』、とね」
「ええっ!」
なんで黄瀬くん、そんなメールを赤司くんに!?
(そして、いつの間に……!?)
「あの黄瀬が興味を持ったくらいだから、
相当興味深い人なんだろう……
そう思ったオレは、君に会ってみたくなった」
だからわざと、あの駅で降りてみたんだそうだ。
「けど、まさか本当に会えるとはね」
「……あそこであたしと会えなかったら、
どうするつもりだったの?」
「そのときは、そのときさ。
また電車に乗って、本来の目的地に向かうだけだよ」
「…………」
そう言った赤司くんは、少し楽しそうで……
さっき「偶然」なんて言ってたけど、
会えることが解っていたような口ぶりだった。
「…………」
でも、あたしがあのとき駅に行ったのだって
木吉先輩が遅れて到着したからだし……
そもそも、後から合流するってことも
けっこう急に決まったことだった。
それなのに、赤司くんは……
まるで全て見通していたかのような様子だ。
「…………なんてね。
本当に、あのとき君に会えたのは偶然だよ」
「…………ほんと?」
「ああ、本当さ。
後からなら、何とでも言えるだろう?」
それは、確かに……。
「けれど、あのとき君に会えて良かったと思うよ」
「…………」
「弱音を吐くようで、
本来こんなことを言いたくはないけれど……」
あのときのオレは、親からの重圧に押しつぶされそうで。
バスケをしているときと……
君のことを考えているときが、一番楽しかった。
「そう、なの?」
「ああ。
黄瀬からメールで知らされたということもあったが……」
君には何か、特別なものを感じたんだ。
「オレの顔を見たとき……
君はひどく驚いていたね」
「……!」
「まるでオレのことを以前から知っていて……
それでいて、ここに居るはずがないのに、という表情だ」
「それは、……」
まさしくその通りなんだけど……
それを説明するとなると、全て話さなきゃいけない。
でも、赤司くんもあのときのこと明かしてくれたし、
あたしもちゃんと話したほうがいいのかな……
「……まあ、君の話はまた今度聞かせてもらうよ」
「赤司くん……」
「そんな顔をしないでほしい、さん。
オレは別に、君を責めたかったわけじゃないから」
「うん……」
ほんとのところ、赤司くんも気になってはいるだろう。
それでも話を切り上げてくれたのは……
間違いなく、あたしのためだ。
きっと、話しづらい内容だと判断したんだと思う。
「…………」
でも……
そうやって赤司くんが優しいからこそ、
聞いてほしいとも思う。
もしかしたら、話したことで
変わってしまうこともあるかもしれない、けど……
「でも、やっぱり聞いてほしいから……
後で話してもいい?」
「ああ、解った。
言い出したのはオレの方だし、聞かせてもらうよ」
「ありがとう!」
当然のように頷いてくれたことが、すごく嬉しかった。
『どうぞ』
――あのときの赤司くんは、正直なところ少し怖かった。
それでもあのとき、出会っていなければ……
今こうして一緒に居ることは、無かったかもしれない。
だからこそあたしは、あの出会いを
これからも大切にしていきたいと思うんだ。
74.あのときのあなたは もう此処には居ない
(居ないけれど、あの出会いが消えたわけじゃない。)