この間、友達がふいに言った言葉。
『今日、いつものらしくないね』
いつのもあたし?
いつものあたしって、いったい何……?
「おはよう」
「おはよう、」
教室に入ると、すでに隣の席にはツナの姿がある。
「よっす」
「山本もおはよう」
山本や獄寺は、最近よくツナとつるんでいる。
だから今朝も、一緒におしゃべりしていたようだった。
「……ねえ、ちょっと聞いてもいいかな」
「うん」
「あたしってどんなイメージ?」
「君のイメージ?」
「そーだなぁ……」
あたしの唐突な問いかけに、ツナと山本が考え込む。
「まあ、元気なイメージはあるよな」
「うん……それに、優しいと思う」
「……そっか」
あたしってそんなイメージなんだ……。
「それと、食い意地が張ってるって感じか」
ツナでも山本でもない、別の声が上から降ってきた。
「獄寺!」
「なんで怒ってんだよ、ホントのことだろ」
「うるさい!
そーゆーあんただってタバコ吸ってるくせに」
未成年でタバコ吸うんじゃないよ!
「オレはいいんだよ」
何その理屈……!?
「ははっ、やっぱ元気だな〜」
「そんなことより、二人を止めないと……!」
「だいたいあんたねぇ……
なんでいっつもそうケンカ腰なの?」
「お前がアホなことばっか言ってるからだ」
アホなことって何?
そんなこと言ってるつもりはないんだけど。
「こないだなんかメロンパン買い逃して、
『今日メロンパン買ったやつ全員呪い殺す!』
とか言ってたじゃねーか」
お前、あのアホ女以上にアホだよな。
「なにおう!?」
だって、メロンパン食べたかったのに
買いに行って売り切れてたらショックじゃない。
あのときのあたしの気持ち、あんたに解るかってーの!
「それにハルちゃんのこと、悪く言うんじゃない!」
「うるせー、アホ女のことアホっつって何が悪い」
「アホじゃないよ、あんなに可愛いのに!」
別の中学に通っている、三浦ハルちゃん。
彼女とは、ツナを通して仲良くなったのだ。
素直ですごくいい子なのに、それをアホ呼ばわりするなて……。
「まあまあ、二人とも。
もう先生も来る頃だし、その辺にしとこう?」
「……10代目がそうおっしゃるなら」
本当に、ツナの一声なんだなぁ。
「確かに、先生に注意されても面倒だしね」
「だな!
また休み時間になったら騒ごうぜ」
「うんっ」
なんだかんだ言ってるけど、
この三人とのやり取りは楽しくて好きだ。
だから、悩んでいたことなんて忘れていたのに。
ふいに、思い出してしまった――……
「…………」
無意識に考え込んでいたから、あたしは気づけなかった。
ツナが、あたしを見ていたことに。
「……あ、いた! 〜!」
放課後になって。
そろそろ帰ろうと昇降口に向かっていたところで、
後ろから名前を呼ばれた。
「どうしたの、ツナ。そんなに慌てて……」
教室から走ってきたのか、かなり息切れしている。
「ちょっと、君に話があって……」
「話?」
「う、うん、えーっと……屋上に行かない?」
「いいけど」
話って、いったい何だろう。
そんな疑問を残しつつも、
あたしはツナと一緒に屋上へ向かった。
「それで……話って何?」
「えっと、あの〜……
、もしかして……何か悩んでる?」
「……!」
その言葉で、あからさまに反応してしまった。
「……なんで?」
明らかに「悩んでます」という態度をとりながら、
それを悟られたくなくて……
あたしは努めて冷静に聞き返す。
「その、なんていうか……
今朝とか、ちょっと様子がおかしかったし」
「…………」
確かに、あたしは悩んでいるよ。
今朝の楽しいやり取りで忘れていたのに、
ふいに思い出してしまった。
とは言え、ほんの一瞬だ。
その一瞬で、ツナは見抜いたというの……?
「……この間、」
少しの沈黙が続いたあと、あたしは話し出した。
なんとなく……
ツナになら、と思ったから。
「友達がね
『今日、いつものらしくないね』って言ったの」
でも、そこで考えた。
「『いつものあたし』って何なんだろうって」
元気なあたし?
獄寺と言い合いしてるあたし……?
何をどう見て、「いつものあたし」と言ってるの?
「、オレ……」
「ツナはあたしのこと優しいって言ってくれたよね」
それは素直に嬉しかった。
「だけど、本当は優しくないかもしれない。
優しい人を、装ってるのかもしれないよ?」
他人の心の奥なんて、
誰にも分かるわけないんだから。
だから、そんな風に「いつもの」なんて……
知ったように言えるはずもない。
「あたしだって、いつも元気なわけじゃないよ」
今みたいに悩むことだってあるし、
嫌なことがあれば口数だって減るし。
「何気ない、その「いつもの」っていう言葉が、
あたしには……すごく重たかったんだ」
そこまで言って、あたしは黙り込んでしまう。
「……」
再び訪れた沈黙を、先に破ったのはツナだった。
「確かにオレたちは、君の一部しか知らない」
もしかしたら……
100あるうちの、10にも満たないのかもしれない。
「でも、オレたちが知ってる君も、知らない君も。
その全てが『』という人間だろ?」
「…………」
その全てが、あたし……。
「『いつもの君』って、正直オレだって分からないし……
そう言った人とオレの考える君だって違うと思うけど、」
でも、どれも君であることに変わりはないから。
「……!」
あたしであることに……変わりはない……
「そんなに考え込む必要ないと思うよ。
悩んでばっかじゃ、君だって疲れるだろ?」
「ツナ……」
どうして君は……
そんな風に、優しい言葉をかけられるんだろう。
「ツナは……
ツナの方が、優しすぎるよ……」
「オレは優しくなんかないよ」
そんなことない。
君は……誰よりも優しい。
「ツナ、ありがと……」
「解決した?」
「……うん」
「それなら良かった」
ツナは笑った。
さっきまでの真剣な表情とは違う。
とても、優しい笑顔だ。
「じゃ、帰ろっか。暗くなってきちゃったし」
「うんっ」
前に獄寺が、ツナのこと
「全てを包み込む大空だ」って言っていた。
そのときあたしは……
その言葉に、妙に納得してしまったのだった。
あたしという存在
(それをまるごと包み込んでくれた君は 青く綺麗な大空だった)
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シリーズものにしていたのですが、
短編として載せ直すにあたり移動させました。
手直しも加えつつ。
今もそうなんですけど、昔は今以上にネガティブだったので
ちょっとしたことで落ち込んだりしてましたね。
なんかツナって、そういうのを救うタイプだなって。