「「千鬼丸〜!」」
「なんだ、どうした?」
前触れもなく、子どもたちがうちを訪ねてきた。
それ自体は別に珍しいことでもないから、
俺はひとまず話を聞こうとする。
「とりっく、おあ、とりいと!」
「はぁ?」
「だ〜か〜ら〜!
とりっく、おあ、とりいと!!」
いや、なんだよその妙な呪文は。
「お姉ちゃんが教えてくれたんだよ!」
「あいつが?」
「うん! お姉ちゃんがいたところはね、
はろうぃんっていう風習があって、」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!
って子どもが言うんだって〜」
どうやら、さっきの「とりっく、おあ、とりいと」ってのが
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!」ってことらしい。
「だからね、千鬼丸!」
「とりっく、おあ、とりいと!」
「そんなこと言ったって、うちに菓子なんて……」
……いや、待てよ。
「解った、ちょっと待ってろ」
「わーい!」
「やったー!」
あることを思い出した俺は、いったん家の中に戻った。
「ただいま、千鬼丸〜」
「おう、お帰り」
子どもたちが帰ってからしばらくして、
買い物に出かけていたが戻ってきた。
「、お前な。子どもたちに変なこと教えんなよ」
「変なこと?」
「はろうぃん、とかいうやつ」
「あー」
あれね、と言いながら、
は買ってきたものを整理し始める。
「何かおもしろい話が聞きたいっていうから、
思いついたやつ話したんだけど」
「あいつら、俺に菓子くれって言いにきたんだぞ」
「えっ、そうなんだ!
さっそく使えるなんて、賢い子たちだなぁ」
なんて言いながら、楽しそうに笑う。
「笑い事じゃねぇって、全く……」
「あはは、ごめんごめん。
あれ? でもうちにお菓子あったっけ?」
もしかして千鬼丸、いたずらされちゃった?
「この間、秀が土産だって置いてった羊羹があっただろ」
「あー、あれ!」
「俺も最初忘れてたけど、それ思い出して
ひとまず渡してやったんだよ」
羊羹でいいのかって思いも少しあったけど、
子どもたちも嬉しそうに帰ってったからな。
「そっか〜……良かったね、千鬼丸。
いたずらされなくて」
「……そう言ってるけど、お前絶対楽しんでるよな」
「あれ、バレてた?」
「当たり前だ」
ったく、本当にこいつは……。
「でも、大丈夫だよ。
子どもたちのいたずらなんて、可愛いものだろうし」
「なんだ? ってことはお前、
変ないらずらされたことでもあるのか?」
そう問いかけると、はうーんと少し考える。
「正直言うと、そんなみんなで面と向かって
『トリック・オア・トリート』なんて言ったことないんだよね」
元々は別の国の風習だし、あたしたちは
雰囲気だけ楽しんでたって感じかな。
そもそも、それは子どもが言う言葉らしいしね。
「へぇ、そうなのか」
「うん」
そんなもんか……。
けど、大人が言ったらだめなんて話はしてないよな?
「……」
「ん?」
「とりっく、おあ、とりいと」
俺の言葉が予想外だったのか、
は一瞬驚いた顔をし……
そして、すぐ笑顔に戻る。
「はい、どうぞ!」
「……は?」
「は? じゃないよ!
お菓子ほしかったんでしょ」
いや、確かにそう言ったけど……。
「子どもたちがハロウィンの真似するかも、って思って、
お菓子も一緒に調達してきてたんだよね〜」
「調達?」
「そう。あの子たち、楽しそうに話聞いてたからさ。
さっそく実行しそう、みたいな」
でも思った通りだったな。
「まぁ、結局あたしが居ないときに来ちゃったみたいだけど。
でも千鬼丸もお菓子ほしくなっちゃったの?」
「い、いや」
は楽しそうに話しているが、
俺は曖昧な答えしか返せなかった。
「くそっ……」
菓子はさっきの羊羹で最後だったから、
なんかいたずらしてやろうと思ってたのに……
「……あっ、そっか!
もしかして、いたずらが目的だった?」
「……!」
「千鬼丸の変態〜」
「ばっ……! 違げぇって、俺は別に……」
変なことしようとしてたわけじゃ……!
ただ、ちょっとお前の焦ってるところ
見たかったっていうか……
「その考えがすでに変態なんですけど」
「違うっつーの!!」
ったく、本当にこいつは……。
「……あー、けど、子どもたち楽しそうだったな」
「お菓子もらいに来たとき?」
「ああ」
の故郷の話って、あんまり知らねぇし……
「里の復興のために、俺らの話ばっかしてきたもんな。
たまにはお前の話も聞かせてくれよ」
「変な風習でも?」
「いや、変な風習の話はしなくていい」
子どもたちがすぐ真似するからな。
「あはは、解った。
じゃあ、なんか違う話をしようかな……」
そう言いながら荷物の整理を再開したは、
どこか幸せそうに、優しく微笑んでいた。
……きっと、故郷を思い出しているんだろう。
「…………」
「んー?」
「ここは……ここも、もうお前の故郷だからな」
「……!」
俺がふいにそう言うと、は一瞬手を止め……
そして、すぐに言った。
「…………うん、ありがとう」
大丈夫だよ、寂しいわけじゃないから
(だってここはもう あたしの大切な場所だから)