「あ……これ、おいしそー……」

朝ごはんを食べながら、ふと情報番組を見ていると。

最近人気のカフェ特集?とかなんとかって企画で、
とあるカフェのパンケーキが紹介されていたところだった。










「……ほら」

「あ、ありがとー、ハル!」

ちょうどそのパンケーキに見とれていたとき、
ハルがあったかいお茶を持ってきてくれた。

……猫舌なあたしだけど、やっぱ11月ともなると朝は寒いわけで。
今朝もあったかいお茶をリクエストしたとゆーわけである。





「…………甘そうだな」

「うん、たぶん甘いと思うよ」

腰を下ろしつつパンケーキ特集を見たハルが、
ちょっと微妙そうな顔をしつつ呟いた。





「ハルって甘いものダメなんだっけ?」

「食べられないわけじゃないが、俺はサバの方がいい」

「だろーね」(即答)

とゆーか、パンケーキとサバを同じ土俵に上げる時点でおかしーよ、この子……。





「うーん、でもパンケーキか〜……」

「……? どうした」

「いや、作ってみよーかなと思ってさ」

パンケーキくらいなら、いくらあたしでも作れるしね!
……言ってて悲しいけど










「今度の月曜日、真琴の誕生日じゃん?
 だから、そのときにさ」

「そうか……
 ……どこかに出かけたりしないのか?」

「うーん……」

確か、明日(土曜日)は鮫柄で合同練習させてもらうとか言ってたよね?





「日曜日は部活休みだろーけど、
 でもそれで出かけて次の日学校だと疲れちゃうだろーし」

おでかけは止めとく、と、あたしは言う。





「真琴なら頼めば大丈夫だろ」

「そこが問題なんだって!
 たぶん真琴のことだし、優しいから頼めば一緒に出掛けてくれそーだけど」

それじゃ無理させちゃうでしょ?





「だから、今回は当日にちょっとお祝いしよーと思って」

――時間も少ないし、大したことは出来ないだろーけど、想いをいっぱい詰め込むよ。

そう言うと、ハルは納得していなさそうだったけど、「そうか」と頷いてくれた。










「それでハルにお願いがあるんだけども」

「何だ?」

「月曜日、帰るときにメールしてくれる?
 そしたら、それに合わせてパンケーキの準備するから」

あんま大きいのにしなければ、ご飯の前でも大丈夫……だよね?

……いや、大丈夫ってことにしとこ!育ちざかりの男の子だし。うん!










「……解った。じゃあ、学校を出るときに連絡する」

「うん、ありがとー!
 でもケータイ忘れないでね?」

「…………」

「って
オイ! 無言で返すな!!

今ぜってー「忘れそうだな」って思ったよね、この子!?





「と、とにかくお願いね!
 また月曜日の朝にちゃんと言うから」

「ああ」

若干不安は残るけど……ケータイさえ持たせれば、ちゃんと連絡をくれるだろう。
ハルは、そーゆーところはちゃんとしてるから。





「あたしはそれまでに、パンケーキのトッピングの構想でも練ってよっと」

どんな感じにしようか決めて、材料も買ってこないとね。

























「……あのさ、ハル」

「何だ」

その日の帰り道……
少し間を空けた真琴が、何故か改まった感じで話しかけてきた。





「その、ちょっと聞きたいんだけど……
 が、何か言ってなかったかな?」

「何かって何だ?」

そう言うと、真琴は少し言いづらそうにし……
「あの」とか「その」と繰り返した挙句、ようやく本題に入った。





「じ、自分で言うのもちょっと……って思うんだけどさ、
 俺の誕生日、今度の月曜なんだ」

「ああ、そうだな」

「それでね……
 た、例えばさ、が俺と一緒に出掛けたいとか……言ってなかったかなって」

せっかく日曜は空いてるんだし、と、真琴が続ける。

……ちょうどその話を今朝から聞いていたから、俺はあいつの考えを知っているが。
それをそのままこいつに話したら、は鬼の形相(比喩じゃないぞ)で追いかけてくるだろう。

その光景を想像し恐ろしくなった俺は、適当にごまかすことにした。










「……あいつは、お前の誕生日当日に祝いたいらしい」

「えっ、そうなの?」

「ああ。だから、出かける予定は立ててないみたいだな」

俺は出かけることも勧めたが、と、その後に付け加えておいた。
(でも嘘じゃない。)





「そっか、そうなんだ……
 うん、解った。ありがとう、ハル!」

「ああ」

さっきまで不安そうな顔をしていた真琴が、今ではものすごく嬉しそうに笑っている。
あいつの真琴に対する影響力は本当にすごいな、と、俺は改めて感じるのだった。






  +++






「…………あっ、ハルからメール!」

――そして11月17日、月曜日……真琴の誕生日・当日。

今朝きちんと家を出るときにケータイを持たせたかいもあってか、
「今から学校を出る」という端的なメールが夕方送られてきた。





「よーし!
 ケーキは焼いてある程度冷ましておいたから、あとはトッピングだけだね」

あの二人が歩いてきて、だいたい家に着くくらいのタイミングで
完成するようにトッピング始めよう。うん。

そんなことを考えながら、あたしは準備に取り掛かった。


















「じゃあ、ハル……」

「真琴」

「ん?」

いつも真琴と別れるところで、
毎回こいつが「じゃあハル、また明日」と言うのがいつもの流れだ。

けど今日は、俺がそれを遮った。





「俺の家に寄っていけ」

「え?でも……」

もう夕飯時だし、と、真琴が困った顔をして渋った。
……けど俺も真琴の性格はよく解っているし、納得させる方法はいくらでもある。





が『当日祝いたい』って言ってた話、しただろ」

「……!
 あ、そ、そっか!」

つい3日くらい前に自分から話をふってきたのに、
何故か当日にはすっかり忘れていたらしい。

……まあ、真琴らしいといえばそうなのかもしれないが。





「解った!
 じゃあ、ちょっと寄らせてもらうね」

「ああ。たぶん、そんなに時間は掛からない」

「うん」

家族には心配かからないだろう、と言う意味でそう言うと、
真琴もそれを理解したらしく大人しくついてきた。















「…………」

「……? どうしたの、ハル。入らないの?」

俺が玄関の前で立ち止まっていると(正確には考え込んでいると)、
真琴が不思議そうに問いかけてきた。

そんな真琴の方を見て、俺は口を開く。





「お前、開けてみるか」

「え?この引き戸を?」

意味が解らない、という顔で返される。
だが、俺も詳しく説明するつもりは無いので「とにかく開けてみろ」とだけ言う。





「う〜〜ん……じゃあ、言われた通りとにかく開けてみるよ」

「開けたら、中に聞こえるように『ただいま』って言うんだぞ」

「え? うん、解った……」

納得のいかないような顔をしつつも、真琴は俺の指示に従う。
(こういう人を疑いきれないところが真琴の長所でもあり短所でもあるな。)










ガララッ



「ただいま〜〜!」

そして俺の指示通り、引き戸を開けた真琴が中に聞こえるよう大きな声で叫ぶ。









「おかえりなさ〜〜い!」

するとそれに応えるように奥の方から声が聞こえ、が小走りで玄関までやってきた。





「って、あれ?真琴?」

「あ、えっと、うん!」

「いらっしゃい!
『ただいま』なんて言うから、てっきりハルかと思った」

焦っている真琴に対し、はおかしそうに笑ってそう言った。





「えっと、あの……ハルに、寄ってくように言われたんだけど……」

「うん、ちょっと渡したいものがあってハルに頼んだんだ!
 すぐ用意してくるから、テレビでも観て待っててくれる?」

「う、うん、解ったよ」

もう一度「すぐ行くからね」と言い残したは、キッチンの方に消えていった。










「…………ねえ、ハル。もしかしてアレ、毎日のことなの?」

「アレって何だ」

「だっ、だから!
 が、その……すっごくかわいい笑顔で『おかえりなさ〜い!』って走ってくるやつ……」

「ああ、そうだ」

だから「開けてみるか」って言ったんだろ。
そう続けたら、「うん、そりゃそうだよね……」と返ってきた。





「…………」

「…………そんな目で見るな

「……俺、どんな目してる?」

「ものすごく羨むような目だ」

俺は「そりゃあ実際羨ましく思ってるんだから、当たり前だよね」
なんてボヤいている真琴を宥め、とりあえず居間に向かわせた。
(真琴がうちに居る間はとりあえず、俺は寝室で待機することにした。)




















「はい、お待たせ〜!」

キッチンに向かったあたしは、既に完成していたパンケーキを手に居間へ戻った。

そして、持ってきたそのパンケーキを、真琴の前にコトンと置いてあげる。





「はい、真琴! ハッピーバースディ!!」

「わあ……! ありがとう!!」

パンケーキにはイメージカラーである緑系のトッピングをし、
「まこと」と書いてあるプレートが乗っている。





「このくらいしか用意できなくてごめんね」

「ううん、すっごく嬉しいよ!おいしそうだし」

お世辞でも何でもなく、真琴はふつーに喜んでくれている。

……やっぱりお祝いの仕方が弱かったかな、と心配になったけど、
どうやらそーでもなかったみたいだ。










「……でも、ご飯前だから小さめにしようって思ったのに、
 結局ふつーサイズになっちゃったな」

よくよく考えたら、今日は家でもパーティやるんだろーしね。
そのときにケーキが無いわけないじゃないですか!

完全に失敗したわ……と、ちょっと自己嫌悪に陥る。





「あの、持ってきといて何だけど……食べなくてもいーよ?」

「ええっ!そんなのもったいないよ!」

気をきかせてそー言ったつもりが、なんだかすごい勢いで否定されてしまった。





「……あっ、そうだ。じゃあこれ、持って帰ってもいいかな?」

「え?それは別に構わないけど……」

真琴のために作ったんだし……。





「明日の朝、食べるよ」

「朝? まあ、冷蔵庫にしまっておけば大丈夫なんかな……
 でも、一晩置いたらあんまおいしくなさそうなんですけど

「大丈夫だよ。が作ったものなら、なんでもおいしいから」

やんわり止めようとしたものの、お得意のエンジェルスマイルでそー言われてしまっては
もうあたしに止める術は無い。

とゆーわけで、このパンケーキは真琴にお持ち帰りしてもらうことになった。










「……あ、そーだ。あと、これ」

「手紙?」

「うん」

パンケーキの他に用意しておいたそれを、真琴に手渡した。
すると、真琴はおもむろにその封を開けようとし……





「……いや、
ちょっと待って!
 悪いんだけど、あたしの居ないところで読んでくれる!?」

「えっ、どうして?」

「どーしてもなの!!」

なんか書いてるときは何とも思わなかったんだけど、
よくよく思い出してみたらすっごく恥ずかしーこと書いた気がする……!





「と、とにかく!
 あたしが居ないとこで読むこと!解った!?」

「う、うん」

あたしの勢いに、真琴が若干たじたじになっていたが
あえて気にしないよーにした。











「じゃ、じゃーあたし、このパンケーキ持って帰れるようにしてくるからね」

「うん、お願いします」

すぐ近くだし、そんな包まなくても大丈夫だと思うけど……
ケーキのカバーしとけば大丈夫かな?ラップだと潰れちゃうしなぁ……。

そんなことを考えつつ……パンケーキを手に、あたしは再びキッチンへ向かった。




















「……う〜ん…………」



   『と、とにかく!
    あたしが居ないとこで読むこと!解った!?』





は、そう言ってたけど……」

別に、家に帰るまで読んじゃだめとは言ってなかったよね?
今ここには居ないわけだし……(まあ、同じ家の中に居るけれど)





「バレなければ、大丈夫かな」

そう思った俺は、今しがた受け取った手紙を開けてみることにした。












 


   “
真琴へ


       お誕生日おめでとう。やっぱり当日にお祝いしようって思ったけど、

      結局こんな時間になってしまいました。ごめんなさい。でも、あのパン

      ケーキとこの手紙に想いは詰め込んだつもりです。どうか、受け取って

      ください。



       真琴はいつも、あたしに優しさをくれるね。それが、とてもありがた

      いんだ。そう思ったときに「ありがとう」って言ってるつもりだけど、

      全てあなたに伝わっているでしょうか。……伝わってるといいな、と

      思います。いや、本当はあたしがちゃんと、伝えないといけないんだろ

      うけどね。力不足でごめんね。



       ねえ、真琴……あたしはあなたよりだいぶ年上だけど、知らないこと

      も多いし未熟だし、あなたを導く立場に居るのにそれがきちんと出来る

      か不安です。……こんなことをあなたに言う時点で、ちょっとダメなん

      だけどね。でも、あなたが困っていたら力になろうと努力するし、あな

      たが望めば、出来ることは何だってする。だから、その……あなたは、

      あなたが「こうだ」と思った道を進んでいってください。どんな道を

      選ぼうとも、あたしは必ずあなたを応援する。だから、大丈夫だよ。



       ……まあ、本当はこんな偉そうなことも言えないんだけど。色々と

      頼りない大人でごめんなさい。あたしは前から、今もずっと、自分の

      生まれてきた意味が解っていません。生まれてこなければとさえも、

      思っているの。でもね、真琴……そんなあたしを、あなたは好きに

      なってくれた。それがどんなに嬉しいことか……あなたに伝わるで

      しょうか。……ううん、これは、絶対に伝わってほしい。他のことが

      うまく伝わらなくても、これは。どうか、これだけは。あなたに、

      伝わってほしい。こんな、何の取り得もないあたしのことを好きに

      なって、そしてそばに居てくれてありがとう。あたしの生まれた意味

      はあなたに会うためだったんだよって、もう少ししたら自信を持って

      言えそうだよ。……ううん、思い切り叫んでやるんだ。あたしは、

      橘真琴という素敵な人と出逢うために生まれてきたんだぞって。




       真琴、お誕生日おめでとう。

      生まれてきてくれて、ありがとう。

      あたしと出逢ってくれてありがとう。

      ……好きになってくれて、本当にありがとう。



       あなたのことが、好きです。

       あなたのことが、……大好きです。



      ありがとう。本当に、ありがとう……真琴。




                              






























「真琴、お待たせ〜!
 って
ちょっと!!なんで泣いてんの!!!???

「ううっ……ぐすっ……」

パンケーキの持ち帰り準備が終わったから居間に戻ってきたら、
なんか真琴が急に号泣してんですけど!?

もう何なの!?
泣き虫担当って凛じゃなかったっけ!?





「ううっ……〜……ぐすっ」

いやいやいやいや!!
 何!? どーしてこーなった!!!???

ちょっ……ええっ!?
どーなってんの、てか、
どーすればいいの!!!???










「はっ、
ハルぅ!!
 ハル、ちょっと来て〜〜!!!」

何が何だか解らなくなったあたしは叫び、
いつの間にか姿の見えなくなっていたハルを慌てて呼び出した。




「お前ら、うるさい」

そして、ものすっごい呆れ顔でやって来たハルがたった一言……
そう言ったのだった。




















だって真琴が大変なんだもの!!




「なんか知らないけど、急に大泣きしてんの!!」

「……。真琴、どうした」

「は、はる……の、てがみが……ううっ……ひっく……」

「そうか、手紙を読んで泣きたくなったのか」

「(コクコク)」

「って
オイ!!今ので解ったんかぁーーい!!!




(真琴が泣き止んで落ち着くまではずっとウチに居たので、
 お腹のすいたあたしたちは結局みんなで分け合い、パンケーキを食べちゃいました……)















+++あとがき+++

あの「おかえりなさ〜〜い!」のくだりなんですけど、彼女は別にかわいさアピールはしていません。
ただ単に真琴の目にフィルターがかかってるだけです。

だからハル的にはいつもの光景となるわけなのですが、「真琴が喜ぶかも」と思って
引き戸を開けさせてみたわけです。