「うーん……なんか眠れないなぁ……」

つぶやきながら、あたしはなんとなく部屋を出て……
廊下に突っ立ったまま、庭のほうを眺めていた。










「……か?」

「あ、趙雲!」

と、そんなとき。
廊下の向こうのほうから歩いてきた誰かが、声を掛けてきた。

……「誰か」なんて言ってるけど、声の主はすぐに解ったから。
あたしはごく普通に、その名を呼んだ。





「どうしたんだ、こんな夜更けに」

「うん……なんか、眠れなくなっちゃって」

別に朝寝坊して寝過ぎたわけでもないし、
剣の稽古もしてかなり疲れてるはずだし、
ご飯もしっかり食べたし……

これといって眠れない理由に心当たりは無かった。





「そうか……それで部屋を出ていたんだな」

「うん」

こーゆーとき夏侯惇とか夏侯淵あたりだと
「こんな時間に女が一人で何してる!」みたいなことになるけど、さすがは趙雲!

そんなことはせずに、しっかりと話を聞いてくれる。
(でもあの二人も、心配はしてくれてるんだろうけど)










「もし、まだ眠れそうにないなら……俺と少し話もでするか」

「えっ……いーの?」

「ああ、俺もお前と話したいからな」

爽やかな笑顔でそう言い切る趙雲なんだけど……
それを無意識にやってるんだから、ある意味で性質が悪い。

……と、あたしは常日頃から思っている。





「じゃ、じゃあ……お願いしよーかな?」

「解った。ここだと冷えるから、お前の部屋でもいいか?」

「うん!」

こうして、あたしは眠くなるまで趙雲と話をすることにした……
















…………んですけど。




「え〜と……趙雲?」

「ん?」

「あのさ、本当にこの体勢でいいの?」

眠れるまで少し話をしようと、部屋に入ったあたしたちだったけど……
趙雲の勧めで、今あたしは布団に入って横になっている。

で、そばで趙雲が腰をおろしてるって感じなんだけど……


話し相手になってもらうって体なのに、こんな態度で大丈夫なの!?
と、ちょっと心配になっているというわけである。





「横になっていた方が、早く眠れそうだろう?」

「う、うーん……そう、かも?」

「俺は気にしないから、大丈夫だよ。
 さ、そんなことより何を話すか……」

あなたが気にしなくても、あたしが気にしますけど?

……と思ったけど、なんだか口には出来なかった。
何故ならば、趙雲が(たぶん)楽しい話題を真剣に考えてくれているからだ。










「……はぁ」

趙雲は、色々と気づいてくれて本当に気が利くんだけど……





「なんか、こーゆーところは鈍いんだよねぇ……」

仮にも好きな人の前で寝転がってるって……
なんかカッコ悪くない?あたしだけ?










「……ああ、そうだ、

「え? あ、うん」

どうやら話題が見つかったらしく、ふいに話しかけてくる趙雲。

ちょっと急だったので変な受け答えになっちゃったけど、
趙雲は大して気にしてなさそーだった。





「今日お前と関羽が買い物に出かけている間、曹操殿と手合せをしたんだ」

「えっ、そーなんだ! 珍しいね?」

いつもなら、あたしも一緒に稽古つけてもらうはずなんだけど……
他でもない曹操様から、関羽とあたしに買い出しの命令が出て。

稽古の時間を使えってことだったから、今日はお休みしたんだよね。





「もしかすると……
 こうして『手合せ』として向かい合ったのは、初めてかもしれないな」

あー、確かに……
敵として向かい合ったことはあれど、手合せとしては無いっぽいな。





「どーだった? 趙雲、勝てた?」

「いや……勝敗をつける前に中断してしまったが、
 あのまま続けていれば曹操殿が勝ったよ」

「そーなんだ……」

やっぱ曹操様ってすごいんだな……
(そんな人に稽古つけてもらってるって、あたしもある意味すごいのかな……)










「俺もまだまだ修行が足りないな」

「そんなこと……趙雲は、すごく強いよ」

「ありがとう、

あたしの言葉をお世辞と受け取ったのか、趙雲は苦笑しつつお礼を言った。





「ちょっと待って! その顔……あたしの言葉、信じてないよね?」

「そういうわけじゃない。
 だが、俺がまだまだだということは俺自身が一番理解しているからな」

それは、……確かに、趙雲のことを一番解ってるのは趙雲自身かもしれないけど。





「あたしの言った『強い』は、武のことだけじゃなくて……
 なんか……人として?ってゆうか……」

あなたは、人としてとても強い。
だからいつも、自分の進む道を自分の意思で迷わず決める。

そんなところが強いと思うし……あたしは尊敬してるんだ。





「曹操様も、いろんな意味で強いけど……
 趙雲も、すごく強いよ」

そう言い切ったときにようやく、
あたしは自分がいつの間にか身体を起こしていることに気づいたんだけど……










「あ、いや、だから……えーっと……」

変に熱弁してしまったことが急に恥ずかしくなってきて……
まだ言いたいことがあったはずなのに、言葉が続かなくなってしまう。












「…………ありがとう、
 誰よりもお前がそう言ってくれるなら、俺はもっと強くなれるよ」

でも、そんなあたしの想いも、趙雲はしっかり汲み取ってくれたようで。
そう言いながらあたしの頭をそっと撫で、微笑んでくれた。































「だってお前は、俺の大切な人だからな」



(他でもないお前のために 俺はもっと強くなりたいんだ)










「……え!?」

「ははは、顔が真っ赤だぞ、」 

「(誰のせいだと……!!)」