「ティアナ〜」
いかにも「これから出かけます」風な支度をしていた彼女に、
あたしは声を掛けた。
「どうしたの、」
「エリクがどこに居るか知らないかな?」
ついさっきまでみんなで朝ごはんを食べていて、
その後かがづけも一段落し……
エリクに用があったことを思い出したあたしは、
ティアナに聞いてみたのだった。
「ええと、確か……
いったん部屋に戻ると言っていたけれど」
その後は見かけていないから、まだ部屋じゃないかしら。
……絶対にとは言えないけれど、と、
少し困った顔をして答えてくれた。
「解った、ありがとう。
部屋に居なかったら、あとは自分で捜すから」
心配しなくていいよ、と、あたしは言った。
「ええ。それじゃあ私は、ちょっと出かけてくるわね」
「うん、行ってらっしゃい、ティアナ」
ロッテのパン屋さんに行くという彼女を送り出し、
あたしはエリクとマティアスが使っている部屋に向かった。
――二人が使っている部屋の前まで来て、ドアをノックしてみる。
すると、間を空けずして中から目的の人物の声がした。
「誰?」
「あたし……だけど」
「? 開いてるから入ってきていいよ」
いつもなら嬉しそうにドアを開けてくれるのに、どうしたんだろう。
そう思いつつも、あたしは一言かけてからそのドアを開けた。
「いらっしゃい、」
そう言って迎え入れてくれたエリクの姿を見て、
先ほどの疑問はすぐに解消された。
「ごめんね、。
ドアくらい開けてあげたかったんだけど」
この姿じゃドアも開けられないんだよね、と、苛立たしげに言う。
「そっか……ウサギの姿になってたんだね」
それならドアを開けられないのも納得。
「本当、嫌になるよね……
この姿になると、ほとんど何もできないし」
まだ少し苛立っている様子のエリクを見て、
微笑ましく思ってしまったのは秘密だ。
そんなことがばれてしまえば、後が怖い。
……とりあえず、少しでも機嫌がよくなるようにと、
あたしは少し話題を変えてみることにした。
「あのね、エリク」
「何?」
「あたしたちの居たところでは、『干支』っていうものがあるんだよ」
「えと?」
やっぱりここには、そういう概念がないらしい。
頭に?マークを浮かべながら、エリクが聞き返してきた。
「うん。あたしもちゃんと勉強したわけじゃないから、
詳しく説明できないところもあるんだけど……」
生まれた年によって、その人の干支が決まること。
それが十二支とよばれ、十二種類あることなど……
あたしは自分の知っている範囲での説明を、エリクにしてあげた。
「実は、その干支の中にウサギもあるの」
「へえ、そうなんだ。
その中に、ライオンやオオカミ、アヒルもあるの?」
「ええと……さすがにその三つは無いんだけど」
そんな十二支があったら怖いな、と、
密かに考えながらあたしは答える。
「ちなみに、あたしの干支はウサギなんだ」
「君の干支が」
「うん!」
十二種類あるそれの中で、偶然にもあたしは卯年なのだ。
「だから、なんてゆうか……ウサギ自体もあたしは好きだし、
他の動物より自分の中で少し特別って感じがしてるんだよね」
――こんなことを言ったら、君は怒るかもしれないけれど。
「エリクが他の動物じゃなくてウサギになったこと、
あたしは少し嬉しいんだ」
好きな人が好きな動物に、ってさ。
考えてみたらすごく贅沢な気がしてきた、なんて。大げさかな?
……そう言いながらエリクの方に目をやってみると。
さっきまでの苛立ちは、もう無くなったようで。
数分前までは曇っていた表情も、
今は満面の笑みに変わっている。
「僕、ウサギなんて何もできないって思ってたけど……
君が好きな動物なら、今はそんなに嫌じゃないかな」
「そう? それなら良かった」
どうやら機嫌も直してくれたみたいだし、良かった。
「そんなにウサギが好きなら、抱っこしてみる?」
「えっ、いいの!?」
正直なところ「今のエリク」じゃ抱っこなんてさせてもらえない、
って思ってたんだけど……
まさかエリクのほうからそんなことを言ってくれるとは!
「君だから特別に許すんだよ」
「そ、そっか……
ありがとう、エリク」
「特別」という言葉にちょっと照れながらも、
お許しを得たあたしはウサギのエリクを抱きかかえる。
すると、想像以上に毛がふわふわしてて心地よかったので、
思わず手に力が入ってしまった。
「……ちょっと苦しいんだけど」
「え、あ、ごめん!」
無意識に力の入っていた手を緩めると、
エリクがぴょんっと跳ねて腕の中から抜け出した。
「ご、ごめんね、苦しかった……?」
せっかく直った機嫌を損ねてしまったらどうしよう……!
あたしは内心焦りながらも、
綺麗に着地したエリクに問いかけてみる。
「普段なら今頃どうなってるか解らないけれど、」
えっ……!
「他でもない君が相手だから、許してあげるよ」
「そ、そっか……ありがとう」
でも本当にごめんね、と、あたしはもう一度謝った。
「……本当に悪いと思ってる?」
「当たり前だよ!」
「ふうん……
じゃあお詫びとして、僕のお願いを聞いてほしいな」
「もちろん、無理難題とかじゃなかったらなんでも聞くよ!」
あたしがそう言った直後、エリクの顔つきが変わったのは……
気のせいだ、と思いたい。
「そっか、じゃあ次の機会までに考えておくね」
「う、うん……」
「何にしようかな……楽しみだなぁ♪」
「さ、左様でございますか…………」
楽しそうに「お願い」を考えるエリクとは裏腹に、
あたしは何か嫌なものを感じずにはいられなかった。
ほんの日常のお話
(エリクだけは敵に回さないでいよう、と思った日……っていう感じだよ)
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ウサギなエリクってかわいいはずなのに、
ウサギなエリク様って、めっちゃこわいですよね……^^;