あたしがこの世界にやって来てから春が過ぎ、夏が過ぎ……
そしてまた新しい季節――秋を迎えようとしていた。
夏のじりじりとした日差しも弱まり、通り過ぎる風が少しだけ冷たくなってきて……
あたしの環境にも、変化が生じることとなる。
『教育実習生?』
『ああ。二学期から何人か来る予定なんだ』
職員室に向かう前、早めに出勤していたあたしは屋上庭園に来ていた。
そこでふと、数日前の陽日先生との会話を思い出す。
「そっか……」
そう言われてみればそうだよね……
だって、「秋」だし。
ということは、来るはずだ。
「水嶋郁…………」
彼のことは、だいたい解っている。
ゲームをやっていくうちに、救ってあげたいと思うようになった人ではあるけれど……
「きっと、『それ』が出来るのは月ちゃんだけだろうし……」
かと言って、月ちゃんを危険な目(?)に遭わせるのも嫌だ。
「でも、……」
きっと、あたしの言動や行動では、水嶋郁には響かない気がするんだ。
月ちゃんじゃないと……。
「……なんて、今から考えてても仕方がないよね。
早く職員室に行かないと」
そろそろ会議が始まる時間だろうから。
そう思いながら、屋上庭園の入り口に向かおうとしたとき。
声が、聞こえた。
「君、卒業生?
……なわけないか。ついこの間まで男子校だったんだものね、ここ」
声のした方を振り返ると……
どこかで、……いや、絶対に見たことのある顔。
すらりと伸びた背、くせっ毛に、素顔を隠すために掛けられた眼鏡と、
間違いなく生徒ではないが、それでもまだ若い、スーツ姿の人。
「…………教育実習生?」
「へえ、よく解ったね。すごいすごい」
褒めているようにも取れる、その言動。だけど、その表情は全く違う。
どこかあたしを嘲笑っているかのような表情。
――そのとき、思った。
あたしは、こいつが嫌いだ。
「馬鹿にしないで。
あたしはここの卒業生でもなければ、はたまた迷い込んだ近所の子どもでもない」
確かにあたしは、実年齢より若く見られることが多い。
「今年の春になったばかりだけど……
あたしは、れっきとしたここの教師。二年・天文科副担任、それから二年の国語科担当」
あたしがそう言うと、その教育実習生――水嶋郁は、にやりと笑って言う。
「なんだ、そうだったんだ。先生だったんだね?
僕はてっきり、お仲間かと思ってた」
同じ教育実習生かと思ってた、ってこと?
「お生憎さま。
あたしはこれでもあんたより年上だよ。教育実習は、もうとっくに終わってる」
あたしの態度が気に入らなかったのか、水嶋郁の顔から一瞬笑顔が消えた。
でも、すぐにまた意地悪な笑みを浮かべて。
「それは失礼しました。まさか、先輩だったとは。
ええと、じゃあ……先生の名前は?」
「…………」
「ふうん」
言葉を交わすたび、水嶋郁は一歩、また一歩とあたしの方に近づいてくる。
「先生?
こんな男所帯で教師をやろうだなんて……逆ハーレムって感じかな。
どう?やっぱり気分はいいんですか?」
「何を……!」
そんなこと考えてない。
あたしはただ、あたしを拾ってくれた琥春さんに応えたいだけだよ……!
怒りに任せ、目の前に居る人間の顔を引っぱたこうとした。
けれど、あたしの手はその人間によって押さえ込まれてしまう。
「っ……」
「初対面の人間をひっぱたこうだなんて、おてんばな先生ですね。
ちょっとお仕置きが必要なんじゃないかな」
そう言いながら、水嶋郁はあたしの顎をつかみ、上を向かせる。
「…………放して」
「放しませんよ。お仕置きが終わるまでは……」
いやっ……!
そのとき突然、あたしのケータイが鳴った。
このメロディは……たぶん、陽日先生だ。
「……あーあ、邪魔が入っちゃった」
「…………」
「残念だけど今日はここまでですね、先生。
それじゃあ、続きはまた後で」
そう言い残して、水嶋郁は立ち去っていった。
「何、あれ……」
感じ悪い……。
嫌な思いを引きずりながらも、あたしは未だ鳴り続けるケータイに出る。
「…………はい、です」
『あっ、センセ!早く出てくれよー!
つーか今どこに居るんだ?
今日は早めに職員会議やるって昨日連絡しただろ?
そろそろ始まるからセンセも学校に居るなら急いでくれな〜』
「はい……」
陽日先生に心配かけちゃ駄目だ。
普通にしなくちゃ……。
「…………ちょっと気合を入れるためというか、心を落ち着けるのに屋上庭園に来てました。
すみません、すぐ職員室に戻ります」
『おー、そうしてくれ!
けど、まだ間に合うから急ぎ過ぎなくていいからな。
センセのことだから、急ぎすぎると転ぶ可能性があるし』
「ちょっ……それ失礼ですよ、陽日先生!」
『あははは、冗談だって』
今のは絶対本気だったよ!
「と、とにかく、急ぎめで職員室に向かいますね」
『おー、了解!』
それじゃあ、と言って、あたしは電話を切った。
「はあ……」
とにかく、色々気になることはあるけれど、やるべきことはやらないと。
そう気合を入れ直し、あたしは今度こそ職員室に向かった。
職員室に戻って会議が始まると、予定通り教育実習生たちの簡単な紹介と挨拶があった。
もちろんその実習生の中には水嶋郁の姿もある。
会議を終えたあとは体育館へ向かい、始業式が行われた。
そこでももちろん教育実習生の紹介と挨拶があったわけなんだけど……
「よろしくお願いします」
「……!」
挨拶を終えた直後の水嶋郁と、目が合った気がした。
……「気がした」から、あたしの気のせいかもしれない。
でも……
「あの笑い方……感じ悪い……」
やっぱり、注意しなければいけない人物かもしれない。
あたしは、そんなことを考えた。
「……って、そう考えたそばからこれですか……」
再び職員室に戻ってきたあたしは、HR前に陽日先生と打ち合わせをしていた。
そしてその輪の中には、そう……水嶋郁の姿もある。
「解っていたはずなのに、失念してた……」
そうだ、解っていたはずじゃない。
陽日先生が、水嶋郁の担当教官になるってことくらい……
解ってたのに忘れてた……!!
「そういうわけで、まあ最初のうちはHRも今まで通りで。
慣れてきたら水嶋にやってもらうことにするから」
「はい……」
「解りました」
と、とにかく。
あたしはあたしのやるべきことをやる。
それと、水嶋郁には注意をする。
それだけ、だよね……?
「改めてよろしくお願いします……先生?」
「う、……こ、こちらこそ」
なんか絶対馬鹿にされている気がする……
で、でも、ここで怒ったら相手の思うツボだしね。我慢しないと…。
そんなこんなで変に気を張りながら過ごした一日は、なんだかすごく疲れてしまった。
「……あれ?センセ、水嶋は?」
「え?」
放課後、生徒と話をしていた陽日先生に断りを入れ、
あたしは先に職員室に戻って来ていた。
てっきり水嶋も一緒に戻ってくるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「あたしが戻ってきてからは、見てないですよ」
「そうかー……
ったく、あいつどこ行ったんだ?」
明日以降の実習についての打ち合わせをしたかったらしく、
陽日先生としては、先に戻ったあたしと落ち合って三人で話すつもりだったらしい。
だけど、実習生である肝心の水嶋の姿が無い…という状況なのだった。
「朝のうちにあいつの連絡先、聞いとけばよかったなー」
「あ、確かにそうですよね」
これから三か月間は一緒に仕事していくわけだし、
連絡先は最低限、知っておいてもいいかもしれない。
まあ、個人的には正直あんまり知りたくないような気もするけれど……。
「とにかく…水嶋を捜しましょう、陽日先生」
「ああ、そうだな……
つってもセンセ、どこを捜すんだ?」
「あたしに心当たりがあるんです」
まずそこを捜してみますから、陽日先生はひとまずここで待っていてください。
――そう言うと、陽日先生は素直に「解った」と答えてくれたので、
あたしはひとり職員室をあとにした。
「失礼します」
ノックをするといつもの気だるいような返事が聞こえた。
それに応じてあたしも声を掛け、「保健室」というプレートが掲げられた部屋の扉を開ける。
「か。どうした?」
「どうしたもこうしたも……
ここに居ますよね? 水嶋郁」
そう言うと、保健室の主・琥太郎先生は「そういうことか」というふうな顔になる。
パッと見た感じじゃ姿は見当たらないけれど、
琥太郎先生のこの反応……間違いなく、水嶋はここに居るはずだ。
そんなあたしの思いに答えるように、先生が口を開く。
「郁なら、一番奥のベッドで寝てるぞ」
俺は許可したつもりはないがな、と、少し苦笑した。
それに対しあたしも苦笑で返すと、ポケットからケータイを取り出し
ある番号を引っ張り出して電話を掛けた。
「あ、もしもし、陽日先生?
水嶋が見つかりました」
『ホントか!?』
「はい」
保健室です、と答えると、
陽日先生は「すぐ行く!」とだけ言い残して電話を切ってしまった。
「直獅が来るのか?」
「はい、来てくれるみたいです」
ひとまず、陽日先生が来るまでに水嶋を起こしておこう。
そう思ったあたしは、琥太郎先生の言っていた一番奥のベッドに向かう。
「……水嶋?」
ベッドのそばまで寄ってみると、すやすやと眠る水嶋の姿があった。
いつも掛けている眼鏡は外してあって、なんだかその寝顔が新鮮な気がする。
「…………」
寝顔はこんなに可愛いのにな、と、軽く溜め息をついたとき……
「あっ……!」
急に引っ張られ、その拍子にベッドに倒れ込んでしまった。
とっさにつぶってしまった目を開けてみると、目の前には水嶋の顔……
「……!?!?」
こ、これって、なんか、
あたしが水嶋を押し倒してるみたいじゃ……!
慌てて起き上がろうとするが、腰のあたりをがっちり固定されていて動けない。
「寝込みを襲うだなんて……大胆ですね、先生?」
「……!」
な、何を言って……
いや、とにかくこの状況から脱出しないと……!
そうだ、琥太郎先生を呼べば…
「こた……
……!?」
そう思って先生の名前を口にする前に、急に視界が反転した。
さっきとは逆で、今度はあたしが押し倒されているような格好になっている。
「琥太にぃを呼ぼうとしても無駄ですよ」
そう言ってまた、あの嫌な笑みを浮かべる。
「このまま今朝の続き…っていうのもいいですね」
少しずつ水嶋の顔が近づいてくる。
「っ……」
どうしよう…………!
「みぃ〜〜ずぅ〜〜しぃ〜〜まぁ〜〜…………」
この声……!
あたしは思わず、「助かった」とつぶやいてしまった。
「オレの部下を口説くんじゃなーーーい!!!」
「いいじゃないですか、別に」
「良くない!!!」
そのまま陽日先生が水嶋をどけてくれて、あたしもようやく起き上がることが出来た。
「大丈夫か? センセ」
「は、はい…なんとか」
まあ、水嶋があたし相手に本気で何かしてたかっていうのは微妙だけど……
それでも、嫌な印象がつくのには十分すぎる行動だった。
……けど、これから三か月間、このメンバーで仕事するんだよね。
ほんとに大丈夫、かな……?
First Time〜Ver.Gemini〜
(今後が思いやられるのは、あたしだけ……?)
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久しぶりのスタスカ夢です!今回は水嶋です! いかがでしたか?
あたしも最初水嶋のことが好きじゃなかったので(え
ヒロインが持った印象もこんな感じです。
でも、こーゆー関係から恋愛に発展したほうが面白いと思いませんか!?(何
水嶋のもいろいろネタを考えているので、早く形にしたいですが。
遅ればせながら今、After Autumnやってます。(しかもPC版
もう2年前に出たんですね、このゲーム。
まだ終わってないとか、お前が終わってるよって感じ…。
やっぱゲームやると水嶋いいなぁと思います。遊佐さんだし!
無理だろうけれど、出来ることならヒロインにお姉さんと絡んでほしいな…。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!