「……っつーわけで〜!
 俺にもようやく、デートをする相手が出来たわけだ!!」

「うん、先生から聞いたよ」

「良かったですね、犬飼君」

その日の昼休み……
食堂に向かうと、一緒にやって来ていたらしい颯斗君と犬飼君の姿があった。

そして三人で一緒にお昼を食べようということになり、
今は席について注文した料理を食べ始めたところ。


ちなみに、犬飼君が話しているのは……
2、3日前に付き合い始めた、彼自身と先生の話だ。










「もっと盛大に祝ってくれてもいいぜ〜?」

「いえ、それはまずいと思います。
 そもそも秘密の関係なのですから、大っぴらにするのもお勧めできませんね」

「いや、青空……ただの冗談だからさ」

犬飼君の冗談に対し真剣に答える颯斗くんが、なんだか可愛らしかった。
















「月ちゃん、なんか楽しそうだね」

「あっ…先生!」

そんなとき、声がしたほうに目を向けてみると…
そこには話の渦中の人・先生の姿がある。





「せっ、先生…! 来てくれたんすか!」

「食堂に来たら、みんなの姿が見えたから。
 もし良かったら、一緒にいい?」

「もちろんオッケーです!!」

先生の問いかけに対し、犬飼君は二つ返事で答えた。





「ちょうど良かった〜
 今、先生とのこと話してたとこなんすよ」

「え、そうなの?
 それはちょっと恥ずかしい気が……」

犬飼君とそんなことを話す先生は恥ずかしそうだけど、
でもすごく嬉しそうでもあって。










「……良かったですね、犬飼君と先生」

「うん!」

私と颯斗くんは、こっそりそう言い合った。










「そういえば、先生……
 今回の課題は、なかなかおもしろい趣向ですね」

二人の会話がひと段落したのを見計らった颯斗くんが、そう切り出す。





「それって、もしかして…口語訳の課題?」

「ええ、そうです。
 月子さんのクラスでも、同じものが出たのですか?」

「うん、そうなの」

確かに私もおもしろい課題だなぁ、と思っていたから、
颯斗くんが口にしたときすぐに解った。





「あれは、『教師のための参考書』みたいな本に載ってたやつで。
 おもしろいそうだから、ちょっと真似てみたんだ」

先生はいつも、私たち生徒が楽しく学べるように…と、
一生懸命楽しい授業を考えてくれている。

今回の課題も、どうやら同じ理由のようだった。





「月ちゃんのクラスも、犬飼くん・青空くんのクラスも、
 午後に授業あるよね。そこで回収しますから」

「解りました」

話を切り出した颯斗くんが、そう答える。










「……あれ?」

そのときようやく、私は気がづいた。
先生大好き犬飼君が、しばらく何も言葉を発していないことに。





「犬飼君…?」

私と同じことを考えたのか、颯斗くんが問いかける。
それに従って、犬飼君の方を見てみると……





「…………」

顔を真っ青にしていた。










「……犬飼君、まさかとは思いますが……
 課題を忘れたのですか?」

「……!!」

颯斗くんにそう言われ、犬飼君はまだ黙ったままだったけれど……
その反応が、暗に肯定しているのと同じだった。





「……っ!?」

その直後、私は何か嫌なものを感じ、おそるおそる隣に目を向けと……

先生が、暴走した一樹会長や翼君を叱るときの颯斗くんのような
怖い笑顔をたずさえていた。










「へえ、そうなんだ……犬飼くん、課題忘れたんだ?

「い、いやっ、違うんすよ先生、これは……!」

「大丈夫だよ、課題忘れた人は放課後に補習って決めてたから♪

「ひいぃぃ……!」

相変わらず怖い笑顔でそう言う先生に、犬飼君は小さな悲鳴を上げた。










「…………犬飼君、大丈夫かな?」

「さあ……ですが自業自得なので、仕方がないでしょう

そう言った颯斗くんの笑顔もちょっと怖い気がしたけど……
私はあえて触れずに、目の前のご飯に集中することにした。






























「はあ〜……」

その日の放課後……
午後の授業で先生から言われた通り、俺は補習のため空き教室にやって来ていた。





先生は、まだかぁ……」

とりあえず適当な席に座っとくか。

そう思いつつ椅子を引いたところで、ちょうど先生が入ってきた。





「…あ! 犬飼くん、もう来てたんだ」

そう言いながら俺のほうにやって来た先生は、
俺が座ろうとしたとこの前の席の椅子をくるっと後ろ向きにし、俺と向かい合うような形で座る。

椅子を引いたまま止まってた俺も、慌ててそれに倣った。










「それじゃ、さっそく始めるね!」

「あ、はい……って待ってくださいよ、先生!
 先に言っときますけど、今回たまたま課題忘れただけっすからね!?」

言い訳と言われればそれまでだが、これは一応言っておきたいことだった。
必死になる俺を見て、先生は一瞬目を丸くした後すぐに噴き出す。





「大丈夫、解ってるよ。
 なんだかんだ言って、犬飼くんってやるべきことはちゃんとこなすし」

「そう、なんすか?
 でも昼休み、めちゃくちゃ怒ってたじゃないすか」

「ああ、あれは……
 ちょっと青空くんの真似してみたっていうか」

でも本人に言ったら怖いから、秘密にしてて?

いたずらっ子のような顔でそう言ったもんだから、俺は気が抜けてしまった。
けど…こういう顔もするんだな、って先生のことをまた一つ知れたから、良しとしよう!うん!










「それじゃ、さっそく補習を始めるね!」

「ういっす」

そう言って先生は、一枚の紙を差し出してきた。
書いてあった文章は見覚えがあったので、おそらく課題と同じものだろう。





「今からそれを読んでくれる?」

「はい」

言われた通り、俺はその文章を一通り読む。





「はい、ありがとう!
 それじゃ、次はそれ見ながらあたしが読むのを聞いてください」

「はい!」

再び言われた通りに先生の声を聞いていると……
俺が読んだものの口語訳だということが、割とすぐに解った。










「……はい、ここまでだね。
 その文章の意味は、だいたい解った?」

「え? まあ、だいたいは……」

口語訳を聞いたら、そりゃ解るっつーか…。





「それなら良かった。
 じゃあ、補習これで終わり!」

「ええっ!?」

だってまだ、始まってから5分も経ってないんじゃ!?










「せ、先生!
 これで終わりって…マジっすか?」

「うん」

俺の問いに対し、先生はあっけらかんと言う。
けど少し間を空けて…ぽつりぽつりと話し出した。










「最初に渡した紙を見てもらえれば解ると思うんだけど……
 今回の課題は、謎解きみたいにしてこの口語訳を完成させるんだ」

つまり極端なことを言えば、この文章の口語訳を理解すればいいらしい。





「訳を理解してもらえたから、補習はこれで終わりなんだよ」

「それは解りましたけど……いいんすか?」

悪いのは課題忘れた俺だし……
こんな簡単な補習で済ませてしまって、本当にいいんだろうか。










「……本当はね、この補習は最初に言った通り4時からなの」

「え……?」

授業が終わった後、教室を出る直前、先生はオレにメモのようなものを渡してきた。
そこには、「補習は3時半からに変更します」って書いてあって……

……いや、つーか、考えてみりゃあ俺以外にも課題忘れたやつが居たってのに
ここに俺しか居ないってのはおかしいよな。

全然気づかなかった……。





「確かに勉強も大切だけど……学生のときは、部活も大切だと思うし」

大人になったら、学生のときみたいな「部活動」は出来ないから。

窓の方に目を向けた先生が、遠くを見るようにして言う。





「今日、部活あるんだよね?」

「え? ええ、まあ……」

部活については、どうやら夜久に聞いたらしい。










「やっぱり好きな人には学生生活を楽しんでほしいし……
 いけないとは解ってても、どうしても贔屓しちゃうじゃない?」

つまり……
俺だけ特別に、短時間で補習を終わらせてくれたってことだ。





「先生……!
 ありがとうございます!!」

「た・だ・し!
 大目に見るのは今回だけだからね」

次は覚悟しておくように、と言った先生。
俺はそんな彼女の優しさに感動して、思わず机越しに抱きしめた。





「ちょ、ちょっと犬飼くん、早く部活に行かないと……!」

「いやちょっと待ってください、今、先生の愛に浸ってるんで!!」

何それ!?
 ていうか、本当に補習受けにくる生徒たちが来ちゃうから……!」

その後、しぶしぶながら先生を放して部活に行った俺。

ちなみにこの日の部活は、先生の愛のパワーで絶好調だった。





























She is His Power for...





(今日の犬飼君は調子がいいね)

(む……何かいいことでもあったのか?)

(っていうか、だいたい予想できますけどね)

(うん、僕もそう思うよ)














































++++++++++++++++++++++++++++++++

 なんか後冬の青空ルートやったら犬飼くんがやたらカッコよくて……
 ついノリで書いてしまいました(何

 ていうか、宮地んときもだけど、犬飼くんってなんであの年で
 あんな深いこといろいろ言えんのかな。
 これ冗談抜きで、真面目に、尊敬してるんですけど。