夕食も食べ終え、部屋で課題をこなしていたとき。
ふいにケータイが鳴った。
ディスプレイを見てみると、表示されたのは俺の大切な人の名で。
待たせてはいけないと、慌てて通話ボタンを押す。
「……もしもし」
……だが、慌てて電話に出たことを悟られるのも格好悪い。
俺は努めて冷静なふりをする。
『あ、もしもし、宮地くん?
ですけど……今、大丈夫?』
「ええ、問題ないです」
そう答えると、先生は嬉しそうに「良かった」とつぶやいた。
電話越しだからもちろん顔は見えないが、おそらく、
先生は今、あの無邪気な笑顔を浮かべているに違いない。
『あのね……HRの後にちょっと陽日先生に聞いたんだけど、
明日は部活が早めに終わるんだって?』
「はい、その通りです」
明日は土曜日で学校はもともと休みだが、
インターハイを目指す俺たち弓道部は、それに関係なく土日も練習を続けていた。
だが、明日は顧問の陽日先生に、午後から出張が入ってしまったとのこと。
陽日先生も忙しくてなかなか弓道場に顔を出せないでいるが、
やはり学校に顧問が居るのと不在なのとでは、わけが違うらしい。
顧問不在では何かあったときに困るということで、
明日の部活は午前中で切り上げる……ということを、
今日の部活後に金久保部長から聞かされていたのだった。
『それでね……宮地くんが嫌じゃなかったら、なんだけど』
「はい」
『明日の午後……あたしの部屋に、遊びに来てくれないかな?』
「………………え?」
一瞬、耳を疑った。
先生の部屋に、遊びに……?
「なっ、何を言ってるんですか……!」
この人には危機感というものが無いのだろうか?
……いや、そんなはずはない。
石橋を叩いて渡るような性格の先生だ。
それほど抜けているというわけでもないはず……。
「先生……
男を不用意に部屋に上げるものではありません」
『それって、男を誰彼かまわず上げるなってことでしょ?
でも宮地くんはあたしの……かっ、彼氏だもん!』
「彼氏」という言葉に照れて噛んでしまった先生は可愛らしいが、
そこで誤魔化されてはいけない。
なんとかして先生を説得しなければ……。
そう思った俺が口を開こうとしたとき、先生が先に言葉を発した。
『やっぱり、駄目かなぁ……』
「せ、先生……」
『あたしはただ、部屋で宮地くんとゆっくり過ごしたかっただけなんだけど……』
やっぱり無理だよね……と、淋しそうな声でつぶやく先生。
――ああ、やはり俺は先生に敵いそうもない。
毎度感じていることを、今回も改めて実感したのだった。
「……先生」
『なに……?』
「明日……何時頃に先生を尋ねればいいですか?」
『………………え?』
俺の言葉を聞いて、先生は先ほどの俺と同じような反応をした。
『あ、あの……?』
「だ、だからその……先生の部屋を何時頃尋ねればいいかと聞いているんです!」
変に気恥ずかしくなってしまい、俺の声は怒鳴ったように大きくなってしまった。
まずい……と思ったが、どうやらそうでもなかったようで。
先生は喜びを含んだ声で、「いいの?」と遠慮がちに聞き返してきた。
「二人でゆっくりしたい、というのは、俺も賛成ですから……」
『そっか……
ありがとう、宮地くん!』
――ああ、今この瞬間に先生のそばに居れば良かった。
そうすれば、きっと花のような笑顔が見られたのに。
「そ、それより先生……
一つ聞きたいことがあるんですが」
『うん、何?』
「その……
職員寮に行けば、他の先生方と鉢合わせてしまうのではないでしょうか」
先生の部屋は、もちろん職員寮の一角にある。
同じ寮で過ごす夜久と鉢合わせるならまだしも、
万が一、他の先生方と遭遇してしまった場合、あまり良くないのではないか。
それが気になったため、俺は先生に聞いてみたのだった。
『あ、そのことなら大丈夫だよ』
「どういうことですか……?」
『明日、来れば解るよ』
月ちゃん以外とは、絶対に鉢合わせしないはずだから。
先生はそう言い切って「心配いらない」と最後に加えた。
「そう、ですか……あなたがそうおっしゃるなら、信じます」
『ありがとう!
じゃあ、また明日ね』
「はい」
時間は後でメールするから、と言って、先生は電話を切った。
「ここか……」
先生の部屋は、ここで間違いないはずだ。
「それにしても、変だったな」
ここに来るまで、何かが変だった。
俺が心配していたような、他の先生方と鉢合わせるということも無かったし
寮に入ったときから何か違和感もあった。
「……何か気になるが、先生に聞いた方が早そうだな」
そう思った俺は、先生の部屋の扉をノックした。
すぐに「はーい」という声が聞こえ、次いで扉が開かれる。
「いらっしゃい、宮地くん!」
そう言いながら、俺を部屋の中に招き入れてくれる。
「失礼します」
部屋に入ってみると綺麗に整頓されていて、
それでいて先生の可愛らしさが感じられる雰囲気があった。
「ね、誰とも鉢合わせなかったでしょ?」
「ええ、まあ……」
どういうことかと聞いてみると、先生は苦笑交じりに答える。
「今日ね……あたし以外の先生方、みんな出かけてるみたいなの」
プライベートで出かけてる先生も居るし、陽日先生のように出張など
学校関係の用で留守にしている先生も居るという。
先生は成り行きで、それぞれの先生方からその話を聞いていたらしい。
……つまり、今現在この職員寮に居るのは、先生と俺の二人だけ。
夜久も昨日「明日は図書館に行く」と先生に言っていたそうで、
おそらく今は留守にしているだろうとのこと。
「……だから俺を部屋に招いたんですね」
「うん、そういうこと!」
――ああ、やはり「石橋を叩いて渡る」とはこの人のための言葉だ。
俺は頭の片隅でそんなことを考えた。
「じゃ、種明かしはこの辺にして。
いつまでも立ってないで座ろう?」
「ええ……そうですね」
「今、何かお菓子持ってくるね」
飲み物はもう用意してあるから、適当に座って飲んでていいよ。
そう言った先生は、いったんキッチンの方に向かう。
俺は言われた通り、飲み物が用意されたテーブルの前に座った。
「……これは烏龍茶、だろうか」
この部屋は冷房がきいていて涼しいが、外は真夏と言える気温だった。
先生を待っているべきか、とも思ったが、
のどが渇いていた俺は、目の前にあったグラスに手を伸ばす。
「むっ……これは……!」
その飲み物を飲んだ直後、俺はもの凄い睡魔に襲われた――……
「宮地くん、お待たせ……
……! 宮地くん!?」
お菓子を持って宮地くんのもとへ戻ると、
なんと宮地くんがテーブルのそばで倒れていた。
何事かと焦ったあたしは、とにかく彼に駆け寄る。
「宮地くん! 宮地くん、どうしたの!?」
横たわった体をゆすってみる。
すると、その反動で宮地くんの体がごろんと仰向けになった。
「宮地くん……!」
と、そこであたしは気づいた。
宮地くんが、寝息を立てていることに。
「……! そっか、コーラ……!!」
彼は、テーブルの上にあったコーラを飲んだのだ。
テーブルの上には、グラスを二つ用意してあった。
一つは宮地くんのために用意した烏龍茶、そしてもう一つは……
あたしが自分で飲もうと思っていた、コーラだったのだ。
「右のグラスだよ、って言うの忘れてた……」
宮地くんが炭酸を苦手にしていること、知っていたのに。
あたしの不注意で、こんなことに……
「ごめんなさい、宮地くん……」
嫌な思いをさせてしまったかもしれない。
というか、いつも笑い話で済まされているけれど、
炭酸で眠くなるってどういうことなんだろう。お酒と同じようなこと?
体に害は無いのかな……。
「とにかく、このままじゃ風邪引いちゃうよね……」
あたしはブランケットを宮地くんに掛け、彼のそばに寄り添った。
……――なんだ?
俺は、一体…………
「ん……」
目を開けてみると、そこは見慣れぬ部屋で……
――ああ、そうだ。俺は先生の部屋に来たんだった。
「それで、一体何が……」
確か、先生が用意してくれた飲み物に、手を伸ばしたんだ。
そして、それを飲んで……
「そうか…………」
その飲み物が、炭酸だったのだ。
おそらくそれは、先生が自分のために用意したものだろう。
先生は、俺が炭酸を飲むと眠くなることを知っているはずだから。
――そういえば、先生はどこだろうか。
そう思いながらふと隣に目を移してみると、寝息を立てている先生の姿があった。
「先生…………」
よく見ると、先生の目元には涙の跡があった。
おそらく、状況を理解したこの人は自分を責め、涙を流したのだろう。
「……あなたのせいじゃないですよ」
「あたしのせいだよ」
「……!」
眠っていたはず先生が、唐突に目を開け、起き上がった。
寝言か、とも思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
「ごめんね宮地くん、あたしのせいで…………」
もう一度「ごめんなさい」とつぶやいた先生は、涙目になっている。
このままでは、この人は再び泣いてしまうだろう。
「先生……これは事故です。あなたが責任を感じることではありません」
「っ……でも……!」
同じように起き上がり、俺は先生の言葉を遮るように右手をその左頬に添える。
――こうするとほっとするらしく、先生はいつも大人しくなるのだ。
「先生……
いつものように、先生の話を聞かせてくれませんか?」
あなが楽しいと思ったこと、嬉しいと思ったこと……
俺に、話してほしいんです。
そう言うと、最初は戸惑っていたものの
次第に笑顔を取り戻していって。
「じゃ、じゃあ……話すね」
照れたように笑い、そう言った。
Your Smile is the Best for Scorpio
(あなたの笑顔が 何よりも大切だから)
いつも、笑っていてほしい。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
また宮地夢でしたー!いかがでしたか?
てか、烏龍茶とコーラはさすがに間違えないと思うんですが、
他に思いつかなかったあたしが阿呆なんですね……。
炭酸ネタはここ最近「ぜってー書きてぇ!」と思っていたので、実際書けて良かったです。
思ったのと若干違ったのですが、自分では気に入っています。
毎回やられているのに、毎回犬飼たちに炭酸飲まされる宮地、かわいいですよね。
割と隙があるって、本当にね。かわいいよね。(2回目
個人的に、宮地とさんはお互い相手のことを「自分より大人だなぁ」と思っている気がします。
それで、いい意味で互いに尊敬しあっていればいいと思う。
このカップルうまくいきますよ。まじで。(何
スタスカも思いつく限りどんどん挑戦したいと思います!
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!