とある日の真夜中、ふと目を覚ました。

のどが渇いたので何か飲もうと、
キッチンに入ろうとしたとき。





「はあ……今月もギリギリね」


私は見てしまった。

お母さんが、通帳を見ながら溜息をついているところを。





――私にはお父さんがいない。

否、正確には「もういない」と言うべきか。





『お父さん……』


5年前、交通事故に遭って……
運ばれた病院で亡くなってしまったのだ。

なんとか、最期に駆け付けることはできたんだけど。

でも、意識のないお父さんと話すことはできず、
そのまま……。





『相手のドライバーが、
 飲酒運転をしていた可能性が高いようです』


警察の人には、そう説明をされた。

お父さんはただ、信号待ちをしていただけ……

反対車線から飲酒運転をしていたやつが、
お父さんの車に突っ込んできたの。










『飲酒、運転……』


私はその酔っ払いを憎んだ。
殺してやろうとまで思った。





『そいつのせいで、お父さんは……』


結局その人は捕まったけれど、
それだけでは気が済まなかった。

だけど、そのとき……お母さんは私に言った。





、その人を憎んでも何も生まれないわ』


その、たった一言だけだったけれど、
私の心には何かがズシリとのしかかった。

その人を殺すなんていう考えは、そこで消え去った。









『さてと……
 とにかくこれからは、二人で頑張らないとね』

『うん……!』


お父さんが亡くなってからは、お母さんが全てを担ってくれた。
私の相談相手だって、なんだってやってくれたし……

それはもちろん、経済面でも同じだった。





『私も早く、働かなきゃ……』


家計が苦しいのは、私にも分かっていた。
だから、高校を出たら就職しようと思っていたんだけど。




『お金のことは、心配しないで。
 自分のやりたい事をやりなさい』


お母さんが、そう言ってくれたのだ。

それからも、私はかなり迷ったんだけれど……
自分の好きな分野を学ぶために、大学に行くことを決めた。

もちろん、お金はお母さんがなんとかしてくれた。











「ギリギリではあるけれど……
 でも、なんとかならないわけじゃない」


だけど、大学に入ってからももちろんお金はかかる。
入っただけじゃない……その後もあるんだ。

3年生までは、何とかやってこれたけど、
もう……限界みたいだね。





「……?」


私が一歩踏み出すと、床がミシッと音を立てた。
その音で、お母さんが私の存在に気づく。





?」

「えへへ……なんだか目が覚めちゃって」

「あら」

「ついでにのども渇いてたから、何か飲もうと思ってさ」


つい今しがた来たんだ、という風に私は言う。





「そうだったのね。
 待ってて、すぐ用意してあげる」

「え、いいよ。自分でやるから」

「お母さんに任せときなさい」


そう言って、お母さんは飲み物を取りに行った。
私は、椅子に座りながらそれを待つ。





「……どうしたら、いいんだろう」


今まで頑張ってくれたお母さんには、
本当に感謝してもしきれない。

でも、これ以上無理をさせるわけには……。





「…………」


……もう、限界なんだよ。
私だって分かってる。


何か……

何か、方法を見つけなければ――……




















「…………はあ」


昨夜のことを思い出す。

お母さんの溜息、家計の状況、そして私のこと……


考えなきゃいけないことがありすぎて、
何から考えていいのかも分からなくなる。





「何か……」


何か、方法は……










「……ダメだ、ちょっと頭を冷やそう」


考えすぎても、いい案は浮かばないだろう。





「よいしょ、っと」


怒られそうだから、お母さんには秘密にしているけれど。

私は頭を冷やしたいときに、
こうして家の屋根の上にこっそり登るの。





「今日は晴れてたからなぁ」


夜は星も見えて綺麗だから、
この場所はけっこう好きなんだ。


そうしていつものように、夜空を見上げていたとき……
割とすぐそばで、何かの倒れるような音がした。





「今のは……」


いったい何だろう、と思いながら目をこらし、
家の前に広がる通りを見つめる。










「フンッ、口ほどにも無い奴だったぜぇ」





「あれは……」


銀色で長い髪の、男の人……?





「……ううん、それよりも」


その隣で倒れている人って、もしかして……





「死んでる……?」


どういうこと?





「もしかして、あの人が……」


あの人が殺したの?


いったい……何が起こってるの……?










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