「チッ、オレとしたことが目撃者を出しちまったかぁ」

「……!」


さっきまで通りに立っていたはずの銀髪の人が、
気付くと私の背後に立っていた。

驚いて声を出すことも出来なかったけれど……
本能的に危険と感じて、なんとか距離を取った。





「ほう……すぐさま危険を察知しオレから離れるとは、
 割と反射神経はいいじゃねぇかぁ」

「……あなた、」


いったい誰なの……?





「オレが何者なのか気になるみてぇだなぁ。
 だが、答える義理はねぇ」


お前もあの男と同じ末路を辿るんだからなぁ。





「あたしも、あの人と同じ……」


死ぬってこと?

いや……でも、待って。










「…………いいよ」

「はぁ?」

「殺して、いいよ」

「……!」


銀髪の人は驚いている。

それもそのはず、
自分から「殺して」なんて言っているのだから。





「お前……本気で言ってんのかぁ?」

「本気だよ」

「……ここで自殺するつもりだったか」

「ううん、それは違うけれど」


そんなんじゃない。





「ここに登ったのは、頭を冷やしたかったから。
 別に死ぬためじゃない」

「だったら、なぜ殺せと言った?」

「…………私が死ねば、お母さんが楽になるから」


一人のほうが、暮らすために必要なお金は少ないはず。
私の大学費用だって、払う必要もなくなるし……。





「家が苦しいのかぁ?」

「うん、かなりね」


正直、こんなこと初対面の人に話す内容じゃない。

だけど、なぜか……
この人には、自然と話せてしまった。










「通り魔に見せかけて殺してね。
 あなたなら、そのくらい出来るでしょう?」


そう思ったのは、ただの勘だった。
だけど、おそらく……





「…………」


あそこで倒れてる……

否、おそらくもう完全に死んでいる人の、
悲鳴などは一切聞こえなかった。

そのくらい、この人の手際は良かったのだろう。





「…………」


これは予想でしかないけれど、おそらく……
この人は、殺しのプロだ。





「お願い……
 あなたになら安心して任せられるから」

「なぜ……
 なぜ自分を犠牲にしてまで、母を助けたい?」


なぜ? それは愚問だよ。





「簡単なことだよ。
 お母さんのことが、大好きだから」

「……!」


だから、私のことで苦労なんてしてほしくない。
もっと楽しい生活を送ってほしい。

それだけなんだよ。










「…………分かった」

「本当!?」

「ただし、お前は殺さない」

「え……」


どういうこと……?





「お前が死んだと見せかける。
 警察の目だって誤魔化してみせるぜぇ」

「そんな……」


そんなこと出来るの……?





「オレを信じろ」

「……!」


信じろ、だなんて。
それこそ初対面の人間に言うことではない。

でも、それでも、この人の言葉から
何か強い力を感じ取ることができて。





「……分かった、信じるよ」


嘘をついていないと、確信したのだった。





「1時間後に、迎えに来る。
 それまでに最低限の準備を済ませろぉ」

「分かった」


そして、その夜。

私はこの人に連れられて、家を出た。



















――翌日。

その人が一時的に拠点としているというホテルに、
私も一緒に滞在していた。





「…………」


何気なくテレビをつけてみると、
「私が殺された」というニュースが流れていた。





「……うそ、」


確かに彼は、私を殺すと言ってくれたけど。
こんなにも仕事が早いなんて……。










「よぉ。これで満足かぁ?」


彼が部屋に入ってきて、開口一番にそう言う。





「……満足だよ。ありがとう」


私は笑顔を作って、そう答えた。





「っ…………」


お母さんがインタビューされていて、
大泣きしている映像が流れた。

それを見て胸が痛くなったけれど、
私はもう、戻れないのだ――……










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