彼が「私を殺した日」から、数ヶ月が経っていた。

彼らのアジトがある、イタリアのとある場所。
私は今、そこで日々を過ごしている。





『今日からここが、お前の部屋兼仕事部屋だぁ』


急に連れてこられて、何かと思えば。

ここを自分の部屋として使い、そして仕事をしろと言う。





『でも、こんないい部屋……』


私は戸惑った。

お母さんを一人残してきたというのに、
こんな場所で平然と暮らすだなんて……。

だけど、彼は続ける。





『お前はオレに報酬を払ってねぇだろうがぁ』

『それは……』


確かに彼の言う通りだ。

彼は私の依頼を完璧にこなしてくれたけれど、
私は報酬どころか何も返していない。

彼だって、仕事として引き受けてくれたのだ……。





『……分かった』


そう思い直して、提案を受け入れることにした。
報酬の分だけ、ここで働くと。











「今日の分の書類だぜぇ、

「ありがとう、スクアーロ」


スクアーロ、というのは彼の名前だ。
ここへ来た日に教えてもらった。

私は殺しの技術なんて持ち合わせていないから、
日々こういった雑務をこなしている。





「今日の仕事が終われば、
 お前は報酬の分だけ働いたことになる」

「あ、そうなんだ……」


たった数ヶ月なのに、もうそんなに?

時給がいいのかな、なんて場違いなことを考える。





「だから、明日からはお前がここに住む理由もねぇ」


元々は、そういう内容の契約だったからね。





「だが、こんな外国でお前に行く当ても無いだろう。
 このままここにいるのも一つの手だぜぇ?」

「…………」


確かに、スクアーロの言う通り
この国で他に行く当てなどない。










「……明日以降も、私にできる仕事ってあるのかな」

「まあ、雑用が今日で突然なくなるわきゃねぇからなぁ」

「そっか……じゃあもし許可してくれるなら、
 このまま継続して私を雇ってほしい」


明日からは、働いた分をお給料としてください。





「いいだろう」

「……ありがとう」


私の言葉を予想していたのか、何なのか……

スクアーロは考えるそぶりも見せず
すぐに許可してくれた。





「明日からまた……よろしくね」

「ああ」















改めて雇ってもらった日から、さらに数ヶ月が経った。

給料として受け取れるようになってからは、
そのお金で大抵のことはやりくり出来ている。





「これで、今月の分は大丈夫だね」


もらった給料の半分は、毎月お母さんの元へ送っていた。
少しでも、生活の足しにしてもらおうと思って。





「……でも、本当のところどうなんだろう」


お母さんのことだから、
不審に思って使っていないかもしれない。


もう死んだことになっている私が、
自分の名前を出すわけにはいかず……

ずっと差出人は記入せずに送っていた。





「あれから1年以上経ったけれど……」


お母さんは、大丈夫なんだろうか。
元気に、暮らしているのだろうか……。





「…………」


考え出すと堂々巡りになるのは分かっていたから、
いつもはあまり考えないようにしていた。

だけど、今日は妙に気になってしまい、
なかなか次の行動に移ることが出来ない。










「気になるのかぁ?」

「……!」


慌てて振り返るとスクアーロが立っていた。

気配なんて全く無かったのに……
さすがプロだ、と言うべきなのだろうか。





「気になるなら、様子を見に行けばいい」

「でも……どうやって?」

「オレが連れてってやる」


連れてってやるって、そんな……





「スクアーロは……
 どうしてそこまでしてくれるの?」


本当は、ずっと不思議に思っていた。

初対面だった私の依頼を受け、そして……
報酬のためとは言え、生きる場所を与えてくれた。

なんで、そこまで……
そう考えたのは、一度や二度じゃない。










「…………ただの気まぐれだぁ」

「気まぐれ……」


どうやら、本当の答えをくれる気はなさそうだ。





「もし本当に行きてぇんだったら、明日にするぞぉ」

「明日……お休みなんだ」

「ああ」


自分はすでに「死んでいる」存在……

それなのに、気になるからと言って
簡単に会いに行くのは軽率だと思う。

でも、それでも……
私の中では、ほとんど答えが決まっていた。





「お願い、連れていって」

「分かった……今日のうちに準備しとけぇ」

「うん」


そして、翌日。
スクアーロに連れられ、私は日本に向かった。















「着いたぜぇ」

「…………」


すごい……
当たり前だけど、本当に日本だ。





「帰ってきたんだ……」


懐かしさを感じさせる目の前の景色に、
妙に感動してしまう。










「お前の母親のところには、夜になってから向かう。
 それまで自由にしてろぉ」

「……いいの?」

「ああ」


この先しばらく、日本には来れねぇだろうからなぁ。






「分かった、ありがとう」


それから夜までの空いた時間は、
有名なショッピングモールを回ったりした。

てっきり別行動をすると思っていたスクアーロも、
一緒についてきてくれて……

なんだか少し、不思議な気分だった。










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