「じゃあ、行くぞぉ」
「うん……」
そうこうしているうちに、夜になった。
これからいよいよ、
お母さんが居るはずのあの家へ向かう。
「いいかぁ、お前は死んだことになってるんだ」
分かってると思うが、あまり妙な行動はするなよ。
「うん……大丈夫」
ちゃんと分かってるよ、と返す。
ここで待つというスクアーロと別れ、
私は家に向かって歩いてゆく。
「…………」
この角を曲がれば、私の……
いや、以前の私が暮らしていた家が見える。
少しでもいい、お母さんの元気そうな姿が見れたら……
そう思いながら、家のすぐ手前までやって来たとき。
唐突に玄関の扉が開かれた。
「…………」
玄関から出てきたのは、やはりお母さんだ。
――まずい、この距離だと確実に気づかれる。
「あら……?」
案の定、お母さんは私の存在に気づいた。
でも……
「…………」
でも、私の正体までは分からないはずだ。
気付かれないように変装もしてきたし……
このまま、なんでもない風に通り過ぎれば大丈夫。
「あなた、もしかして……」
「……!」
そう、大丈夫だと思っていたのに。
「もしかして……、なの……?」
すぐに私だと見抜かれてしまった。
「っ……」
なんとか切り抜けなければと内心焦るものの、
焦りすぎて何も言えなくなってしまう。
「……やっぱり、なのね」
ごまかすのは、もう無理だと思った。
「どうして……分かったの?」
観念した私は、お母さんに問いかける。
「もちろん分かるわ。自分の娘だもの」
少し笑ってから、そう答えてくれた。
「…………」
「生きていてくれたのね……本当に、嬉しいわ」
何も答えられない私に対し、お母さんは続ける。
「っ……でも……」
でも、私は……
「私がいるから、お母さんが大変に……!」
だから少しでも楽になってほしくて、
「私を殺してほしい」と彼に頼んだのだ。
「それなのに、……」
嬉しい、だなんて。
お母さんは、どうしてそんなこと……。
「……あなたは自分のことを、
足手まといのように思っていたみたいだけれど」
そんなことはないの。
「誰だって、自分の子が死んでしまうほど
悲しいことは無いと思うのよね」
悲しそうに笑ったお母さんは、そっと目を伏せる。
「苦しくたって、可愛い子どものためなら。
そうやってずっと頑張ってこれた」
これからだって、頑張っていける。
そう思っていたのよ。
「でも、私は……
お母さんに、つらい想いをしてほしくなくて……」
ただ、それだけだった。
私が居なくなれば、
お母さんが楽になると信じてきっていた。
「……あなたのその気持ちはとっても嬉しい」
「…………」
「でもね、あなたがいなくなったことの方が、
お母さんにとっては何倍もつらかった」
そんな……
「私は……私は間違っていたの……?」
今までよりもずっとつらい想いを、
他でもない私がお母さんにさせてしまった。
その事実がとても悔しくて……悲しい。
「間違いだなんて、そんなこと言ったりしないわ。
だってそれは、あなたが自分で選んだ道なのだから」
お母さんは、揺るぎない声でそう言いきった。
私の選択は間違っていなかったと……
これまで進んできた道を、肯定してくれるように。
「ただお母さんも……
立ち直るまでに、少し時間がかかったけどね」
私が気にしないようにと、悪戯っぽく笑った。
「今は何をしているの?」
「えっと……」
言っていいのだろうかと迷いつつも、
私は素直に今までのことを話した。
「とにかく、私は元気に暮らしてるよ」
「そう……それなら良かったわ」
――本当に安心した。
お母さんの笑顔からは、そんな気持ちが読み取れた。
「じゃあ、もしかして……
毎月お金を送ってくれてたのも、あなたね?」
「……うん」
「差出人が不明だったから少し戸惑ったけれど、
ありがたく使わせてもらっているわ」
良かった……
つらい想いをさせてしまったのは事実だけど、
少しは役に立てていたみたい。
「ねえ、……うちに戻ってこない?」
「え……」
「もうあれから何年か経っているし、大丈夫だと思うのよ」
もちろん、「」という名前は
捨てなきゃいけないでしょうけれど。
「…………」
「ね、いいでしょう?」
「でも……」
私だって、またお母さんと一緒に暮らしたい。
でも、それは……
「それは出来ねぇなぁ」
「スクアーロ……」
先ほど曲がり角の手前で別れたスクアーロが、
いつの間にか近くまでやって来ていた。
「……を助けてくれた人ね」
「助けたつもりは無ぇ。依頼を受けただけだ」
「それでも、この子はあなたのおかげで生きている。
ありがとう、お礼を言います」
「……フン」
素っ気なく答えたスクアーロは、
私を一瞥してから再びお母さんに向き直る。
「どうしても娘と一緒に暮らしたいかぁ?」
「……!」
スクアーロは……何を聞いているの……?
さっき、「それは出来ない」って……
「ええ、もちろんよ」
親が子どもと一緒に居たいと思うのは、
間違いではないはずだわ。
「お母さん……」
「…………」
はっきりと言ったお母さんを見たスクアーロは、
何か考えるようなそぶりを見せ……
「じゃあ、一緒に暮らせるようにしてやるぜぇ」
そして、そう言った。
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