『じゃあ、一緒に暮らせるようにしてやるぜぇ』
数日前……
また私と一緒に暮らしたいというお母さんに、
スクアーロはそう言った。
『本当に……いいの?』
『ああ』
その真意が分からず、戸惑いながらも……
お母さんと慌てて身の回りを整理し、
今日こうしてイタリアにやって来たのだった。
「ここだぁ」
「わあ……」
「素敵な家ね」
イタリアに着いてから車で向かったのは、
私の仕事場であるアジトではなかった。
彼が私たちのために用意してくれた、小さな家だ。
「広い……」
小さな、と言っても、アジトと比べたらという話。
二人で住むには、十分すぎる広さだ。
「色々とありがとう、スクアーロさん」
「…………別に」
素っ気なくそれだけ言って、さっさと車に乗り込む。
もしかして照れてるのかな、なんて思いながら、
これから仕事がある私も彼に続いた。
「今日は暗殺部隊の幹部に会ってもらうぜぇ」
「幹部?」
「あぁ」
アジトへ向かう道中、急にそんなことを言われる。
彼の仕事については、
この数年でおおよそ把握したけれど……
「アジトに着いたら、まずそいつらの居る部屋に行く」
彼の同僚である「幹部」の人はもちろん、
その他の隊員にも今まで一度も会ったことがない。
仕事をする上では特に支障は無かったのに、
どうして今さら……。
「着いたぞ、とっとと降りろぉ」
そうして考え込んでいるうちに、
いつの間にかアジトに到着していたらしい。
さっさと車を降りる彼を、慌てて追いかけた。
「ここだぁ」
とある部屋の前で立ち止まり、そう言ってドアを指差す。
「……入っていいの?」
「ああ」
何が何だかよく分からないけれど、
いつまでも突っ立っているわけにはいかない。
意を決して、その扉をノックする。
「失礼します……」
この部屋の扉には、見覚えがあった。
私が初めてここにやって来たとき、
一度だけ入ったことがある。
「…………」
私の記憶が正しければ、この先にいるのは……。
「…………何の用だ、カス」
やはり、そこに居たのはボスのXANXUSさんだった。
「ボスだけじゃなくて、
僕たちまで集めた理由を聞きたいね」
「そうよ〜スクアーロ、どういうことなの?」
前はXANXUSさんしか居なかった部屋に、
数人の隊員らしき人たちが集まっている。
さっき言葉を発した赤ちゃんやオカマっぽい人、
頭にティアラを乗せた人、傘をたくさん持った人に、
ロボットみたいな人がいた。
「…………」
もしかしてこれが……
スクアーロの言ってた「幹部」なのかな。
「こいつはオレの隊で雑務をしているだ。
お前らにも紹介しておくぜぇ」
「まあ! 可愛らしいわね」
「ふうん、ジャッポーネの女か」
オカマっぽい人は、かなり友好的な感じだけど……
ティアラの人には何故か、
品定めでもしているかのようにジロジロと見られる。
「でも、その子って前から君のところで仕事してたよね。
なのに、なんで今さら紹介したのかな」
さっきの赤ちゃんが、
私も気になっていたことを問いかけた。
「…………まあ、気まぐれだぁ」
「ししっ、何それ。意味わかんねー、スクアーロ」
「うるせぇ!」
今度こそ真意が聞けるかも、と思ったのに、
また「気まぐれ」でかわされてしまった。
「とにかく、これからよろしくね!
私はルッスーリアよ。でいいかしら?」
「はい、大丈夫です。
よろしくお願いします、ルッスーリアさん」
やっぱり、この人はかなり友好的だ。
一人でも話しやすそうな人が居て良かった……。
それから一通りみんなを紹介してもらって、
なんとか顔と名前を一致させることはできた。
「ねえ、スクアーロ」
「何だぁ」
「どうして今頃になって、
幹部の人たちと会わせてくれたの?」
あれから仕事部屋に戻ってきた私は、
やはり気になっていたことを聞いてみる。
「…………」
答えたくない理由があるかもしれないけれど……
でも、私も気になったままじゃ仕事に集中できない。
「……ボスには既に言ってあるんだが、」
また「気まぐれ」でかわされたら、どうしようか。
そんな思いとは裏腹に、割とすぐ話し出してくれる。
「今日から正式に、
お前をヴァリアーの一員とすることになった」
「えっ……」
「だから、幹部には紹介しておこうと思ってなぁ」
私が、正式なメンバー……?
「で、でも、私は……」
「もちろんお前に殺しはさせないぜぇ」
まぁ技術もないから、殺しをさせる以前の問題だが。
「お前は今までのように、書類の整理をしてればいい」
「今までのように……」
急に、何か大きく変わることはないらしい。
「…………前に、『何故そこまでする』と
オレに聞いてきたことがあったろう」
「う、うん」
でも、あのときもさっきみたいに
軽くかわされちゃったけど……。
「お前は信じられないかもしれねぇが、」
そこでいったん言葉を切ったスクアーロは、
私のほうに向き直って、そして……
「オレは、お前が好きなんだ」
そう言った。
「……ええっ!?」
私はというと、何を言われたのか分からず
あたふたすることしか出来ない。
「えっと、あの……」
っていうか、好きってなんで……
一体どういう意味で……。
「理由は色々あるんだが……
一言で言えば、そうだなぁ」
母親のために自分の死を選ぶという、
極端ながらも揺るぎない意志を持つところに惹かれた。
「スクアーロ……」
すごくびっくりしたけど、でも……
そんな風に言われて喜ぶ自分がいるのも事実だ。
「お前を正式なメンバーにしたのも、
ずっと、ここに居られるようにするためだぜぇ」
「そう、なんだ……」
ある程度の期間バイトで働いていたいたから、
正社員にしてもらった……
という程度のことだと思っていた。
「まぁ……
今さら奴らに紹介した理由はそんなところかぁ」
「え、あの、」
「今日はこの書類の山を頼むぜぇ」
「ちょっと、スクアーロ……!」
呼び止めているのにも関わらず、
彼はさっさと出て行ってしまった。
「……全く、もう」
スクアーロもこれから仕事だろうから、
しばらくは戻ってこないだろう。
でもきっと、私が書類を終わらせる頃に、
彼はまたこの部屋に来るはずだ。
いつも、そうだから。
「…………仕事、始めようかな」
彼が戻ってきたときに、ちゃんと伝えよう。
『私もあなたのことが好きだよ』、と。
慈雨
(私にとっては、あなたのことだ。)
→慈雨