「やあ、タイガ。久しぶりだね」


聞いてた通り、タツヤは昼前にやって来た。






「おう。とりあえず上がれよ」

「ありがとう」


少しデカい荷物を持ったタツヤが、オレに続いてくる。





「なんか、思ってたより早かったな。
 迷わなかったのか?」

「ああ、問題なかったよ。
 事前に道を調べてきたしね」


そう言って、タツヤは笑った。







――タツヤが連絡してきたのは1週間前。

こっちに用があるとかで、
次の土曜日に秋田から出てくると言った。




『用はすぐに済むと思うんだけど、さすがに日帰りはキツくてね』


もし良かったら、一晩泊めてくれないかな。





『ああ、別にいいぜ』

『本当かい? 
 ありがとう、助かるよ』



そのときに、昼前に来るっつーことは聞いてたから……

少し早かったけど、まぁ時間通りだった。













「んで、結局その用事は済んだのかよ?」

「バッチリね。
 これであとは、ゆっくりできるよ」


そう言いながら、タツヤはソファに座る。





「じゃあ……」


せっかくだし、バスケでもしてぇところだけど……





「まずは昼飯だな」

「ああ」

「お前、どんくらい食う?」

「普通、と言いたいところだけど……
 タイガの普通は、普通じゃないからね」


なんだよそれ。





「作る量を考えているのかい?」

「ああ、そうだけど」

「それなら、もう少し待……」


タツヤが言いかけたとき、またインターホンが鳴った。





「悪りぃ、タツヤ。
 ちょっと待っててくれ」

「ああ」


いったん話を止めて、
オレはインターホンの受話器を取った。










+++










「……はい」

「あっ、火神くん? ですけど……」

「はぁ!? さん!?」


慌てた様子でそう言った火神くんが、
間を空けずしてドアを開けてくれた。





「こんにちは」

「うす。
 ……じゃなくて、突然どうしたんすか?」

「……あれ? 氷室くんから聞いてない?」


もしかして、話が行き違ってるとか……?










「オレが誘ったんだよ、タイガ」


氷室くんがそう言いながら、部屋の奥からやって来た。





「氷室くん!」

「やあ、さん。久しぶり」

「うん、久しぶりだね。
 氷室くん、元気そうで良かった」

「ありがとう」


氷室くんの微笑みで、あたしが和んでいると……





「いや、だからそうじゃなくて!」


すかさず火神くんがつっこんだ。










「どういうことなんだよ、タツヤ」

「いや、せっかく東京まで来たんだから、
 さんにも会いたいと思ってね」


でも、聞いた話によると、氷室くんは
明日には秋田に戻ってしまうということで……





「もし時間があるなら遊びに来ないかい、と
 事前に誘っていたんだ」

「いや、そのときオレにも言っとけよ!」

「はは、ちょっとしたサプライズさ」


なんて言いながら氷室くんは笑っているけど、
火神くんはというと、かなり不満そうだ。





「あ、あの、なんかごめんね。
 もしお邪魔だったら、このまま帰るけど……」


火神くんは知らなかったみたいだし、
確かに急に来られても困るよね……。

そう思いながら、いたたまれなくなっていると。





「い、いや、別に邪魔じゃねぇ! です!」

「ほんと……?」

「あ、ああ。だから、その……
 とりあえず、さんも上がってください」

「……うん!」


どうやら、迷惑がられてるわけじゃないみたい。
良かった……。

一安心して、あたしは2人のあとに続いた。










+++










「ちょうど今から、昼飯作ろうとしてたんすよ」

「あっ、そうなんだ」


歩きながらそう言ったタイガに、
時間的にお昼だもんね、と彼女は返した。





さんは、前と同じくらいの量でいいすか?」

「うん、大丈夫……
 ……って、あたしの分までいいの?」

「別に、何人分だって作るのは変わんねぇから」


確かに、タイガの手際の良さなら
一人分増えたところでそう変わらないだろう。





「で、結局タツヤはどんくらいだ?」

「そうだね……
 さんより、少し多めでお願いしようかな」

「解った、じゃあ待っててくれ」


そう言ったタイガは、エプロンをしてキッチンへ向かった。





「君は、よくタイガに作ってもらうのかい?」

「よくって言うほどじゃないよ。
 前に何度か作ってもらっただけで」


黒子くんや、誠凛のメンバーとで数回、
彼女はここで夕飯を食べたらしい。

一人で来ていたわけではないことに、
オレは少し安心してしまった。










「それにしても……
 声かけてくれてありがとね、氷室くん」

「いや、オレの方こそ。
 貴重な休日に、来てくれてありがとう」


彼女にも予定はあるはずだから、
断られるかもしれない、とは思っていた。

けれど彼女は、オレの誘いに二つ返事で答えてくれて。





「2人も久しぶりに会うだろうから、
 邪魔しちゃうような気もしたんだけど」


氷室くんと会えるチャンスは、
そんなにあるわけじゃないし……





「たまに会って話したいなって、いつも思ってたから」

「そうか……嬉しいよ、さん」


君の中に、少しでもオレの存在がある。
そのことが、こんなにも嬉しいなんて。

彼女に会うまで、考えたことはなかった。







「……ああ、それとね」

「ん?」

「タイガも、君のことを邪魔だなんて思わないよ」

「えっ……そう、かな?」

「ああ」


そこは、自信を持って言い切れるよ。

オレの言葉に、彼女はただ不思議そうにしていた。













「……ああ、そうだ。
 何か飲み物を持ってこようか」

「あ、それならあたしも……」


先に立ちあがったオレに続こうとした彼女を、
オレはやんわりと手で制する。





「そんなに大変なことじゃないから、
 一人で大丈夫だよ」


それに、君を誘ったのはオレなんだから。
ここはオレに任せてほしい。

そう言うと、彼女は何か言いたそうにしたものの……





「えっと、じゃあ……お願いするね」


オレの気持ちを汲み取ってくれたのか、
素直にそう言ってくれた。





「ああ、すぐ戻ってくるよ」


そう言い残して、オレもタイガに居るキッチンへ向かった。










+++










「……ん?
 どうしたんだよ、タツヤ」


向こうでさんと待ってたはずのタツヤが、
キッチンに入ってきた。





「飯はまだだぞ?」

「ああ、それは解ってるよ」


そう言いながら、タツヤは冷蔵庫に手をかける。





「何か飲み物を用意しようかと思ってね」


彼女を呼んでおいて、大したもてなしもしてないし。





「あ……」


言われてみりゃあ、確かに……





「つーかマジで……
 さん来るなら先に言っとけよ」

「はは、珍しく根に持つね。
 何か理由があるのかい?」


いや、理由っつーか……





「先に解ってたら、好きそうなケーキとか
 菓子なんかを買ってきておけただろ」

「……意外とマメなんだね、タイガ」


オレの答えにタツヤが何か言った気がしたけど、
声が小さくてよく聞こえなかった。










「飲みもんも、今は大したの置いてねーぞ」

「このお茶で大丈夫じゃないかな?」

さんのマイブームはココナッツミルクだろ?」

「なるほど、いつも彼女のを特別に用意しておくのか……
 やっぱりマメだね、タイガ」

「……?」


またタツヤが何か言ってたが、やっぱりよく聞こえなかった。





「まあ、緑茶や紅茶が好きだと言っていたし、心配ないだろう」


そう言いながら、タツヤは3人分のコップを用意する。





「タイガの分はここに置いておくよ」

「ああ、サンキュ」


タツヤはそのまま、2人分のコップを持って
向こうに戻るのかと思いきや……











「……ああ、そうだ、タイガ」

「何だよ」

「さっきの言い方だと、彼女が心配してしまうよ」

「心配?」


何の話だ?





「確かに、急な来訪に準備ができてなくて
 焦るのも解るけど……」


あれだと、お前が彼女のことを迷惑がっているように
とられてしまう可能性もある。





「……はぁ!?」


迷惑って……





「んなわけねーだろ!」

「だったら、もう少し態度を改めないとな」

「ぐっ……」


た、確かに……
さっきのさん、すげー不安そうな顔してたな。





「けど、そんなことはないと否定しておいたから」


今度からは気をつけろよ、と少し笑って、
タツヤは今度こそ戻っていった。





「……くそ」


なんでオレのフォローまでしてんだよ、タツヤのやつ。
そういうとこが余裕そうに見えて、なんか悔しいっつーか……





「けど……」


悔しいけど、やっぱすげーなって思っちまう。





「まあ、だからってさんを譲る気はねーけど」


オレのつぶやきが聞こえるはずはねぇけど……

タツヤは一度こっちを振り返って、不敵に笑った。










+++










「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした!」

「うす」


あの後、いろんな話をしながら
火神くんの作ってくれたご飯を食べて……

みんなで片づけをすることになった。





「そういえば……片付けをして一息ついたら、
 その後はどうしようか」

「とりあえず外に出るか?」

「そうだな……さんとタイガは、
 どこか行きたいところはあるかい?」

「えっと……」


ほんとは2人がバスケしてるところを見たいけど……

でもそれって「あたしが何かしたい」っていうのと
ちょっと……いや、かなり違う気がする。

でもこんな機会は滅多にないし……










「……はは、解ったよ。
 じゃあバスケしようか」

「え!」  「なっ!」


少し間を空けたあと……
氷室くんがおかしそうに笑って言った。





「2人とも同じような顔をしてたから」

「同じような顔?」

「ってどんな顔だ?」


不思議そうに問うあたしたちを見て、
氷室くんはまた笑って言う。





「バスケがしたい、って顔」

「「……!」」


思わず隣にいる火神くんを見ると、同じような反応をしている。

考えをばっちり当てられたことも、どうやらあたしと同じらしい。





「オレは別のことでも構わないが……どうする?」

「「…………」」


氷室くんの言葉を聞いたあたしたちは、
無言でお互いを見つめ……










「バスケする!」  「バスケするぞ!」


決まってる、と言わんばかりに声をそろえた。





「解った、じゃあそうしよう」

「っし!」

「やったぁ!」


その前に片付けだな、と言った氷室くんに続き、
火神くんもキッチンへ向かう。

あたしも、2人のあとに続こうとするけれど……





「……あれ?」


なんだか今の話の流れだと、
あたしまでバスケするみたいな……?

いや、あたしは2人がバスケしてるところを
ただ見たかっただけのはず……。










さんと3人だから、2対1にしようか」

「まあ、そうなるよな。
 けどさん、ああ見えてセンスいいぞ」

「ああ見えて、という言い方はどうなんだろうか……
 でも頭の回転もいいし、いい動きをしそうだな」

「余裕ぶっこいてると痛い目みるからな」

「オレが彼女と同じチームになるかもしれないだろう?」

「なっ……!?」





「…………」


でもなんだか楽しそうにしてるし、水をささないほうがいいかも?

それに……





「2人と一緒にバスケをするのは、すごく楽しそう」


ほぼ初心者だし、ちょっと気がひけるけど……
きっとあの2人なら、一緒に楽しんでくれるだろう。










「何してるんすか、さん」

「早く片付けて、出かけよう」

「……うん!」


キッチンから顔を出している2人に返事をして、
あたしも急いで片付けに取り掛かった。



















火神大我VS氷室辰也


(って、もう真っ暗じゃねーか!)

(夢中でプレイしてたから全然気づかなかったな)

(ほんとだね!)