(※トリップしてから浅野家に居候してる、元E組の国語担当ヒロインです)





「あっ……学秀くん、お出かけ?」

「ええ」


今日は一日お休みだし、何をしようかな……
なんて考えながら廊下を歩いていたとき。

出かける支度を済ませた学秀くんと鉢合わせした。





「隣駅の近くにある、図書館に行ってきます」

「図書館?」

「はい。学校の図書室でも事足りるんですが、
 少し気分を変えてみようと思って」

「そっか」


図書館か〜……

あたしも学校の図書室はよく使わせてもらってたけど、
椚ヶ丘を辞めてからはもちろん行っていない。

でも、なんだか図書館って好きなんだよね。
いろいろ発見できたり、調べられたりするし……










さんも一緒に行きますか?」

「え! でも……いいの?」

「もちろん、あなたさえ良ければ」


でも、学秀くんは図書館で勉強するんだよね?
それなのに、一緒に行っていいものか……

いや、でも、ちょっと離れたところで
ひっそりしてれば大丈夫かな?

う〜ん……





さんにも都合があるでしょうし、
 もちろん無理にとは言いませんが」

「あ、いや、行きます行きます!」


さっきまでの迷いはどこへやら……

学秀くんにそう言われて、
あたしは思わず即答してしまった。





「じゃ、じゃあ、急いで支度してくるね」

「ええ。僕は、先に玄関の方へ向かっています」

「うん!」


そうしてあたしは、いったん自室に戻ることにした。










「はぁ〜……」


またバカっぽさを披露してしまったかなぁ。
学秀くん笑ってたし……。





「とにかく、あんまり待たせたら悪いもんね」


さっさと支度して玄関に向かわないと!










+++










「ここが目的の図書館?」


隣駅まで電車で移動し、歩いて数分。
目の前の建物を見て、さんが問いかけてきた。





「ええ、そうです」

「けっこう広そうだね」

「蔵書数も多いし、広い方だと思いますよ」

「そうなんだ……」


それ以上は口にしなかったが、
その顔が「楽しみだな」と言っていた。

――やはり、誘って正解だったな。



彼女がE組で国語を担当していた当時、
学校の図書室によく通っていたことは知っていた。


授業関連で調べ物をしていたこともあったし、
普通に自分の読む本を探していたこともあった。

よって、好んで図書室に来ていたというのは、
安易に想像できることだった。





さんも一緒に行きますか?』


それが解っていたからこその、あの言葉だ。
僕の邪魔になるかもしれない、と考えることも
もちろん想定済み。





さんにも都合があるでしょうし、
 もちろん無理にとは言いませんが』



彼女には、こういう言い方が有効的だろう。
そう思って口にしたら、案の定だ。

思わず、という感じだったかもしれないが……

それでも「行く」と即答してくれたのは嬉しかったし、
変に慌てているところは、可愛くて笑ってしまった。










「僕は、すぐに必要なものは無いので
 そこの席で勉強を始めます」


さんはどうしますか?





「えっと……
 ちょっと、自分の興味あるコーナー見てくるね」

「解りました。
 ある程度したら、戻ってきてくださいね」

「え……?」

「あまり戻ってこないと、心配ですから」


そう言うと、彼女はあからさまに
ホッとしたような顔をした。

僕の邪魔にならないよう
気遣ってくれようとしたようだけれど……

正直戻ってこない方が心配だし、
気になって集中できないだろう。





「うん、解った!
 じゃあ、いろいろ見たら戻ってくるね」

「ええ、そうしてください」


行ってきます、と言う彼女を見送ってから、
僕も自分の勉強に取り掛かった。










+++










「えーと……」


まずどこから見ようかな?

日本文学のところも見たいし、日本史もいいし、
普通に文庫本探してもいいかな、でも天文も……





「あれ? 先生じゃん」

「え……?」


どのコーナーに行こうか迷って、
その場でうろうろしていると。

後ろから、聞き覚えのある声に呼ばれた。





「あ……カルマくん!?」


振り返ると、そこに居たのはカルマくんだった。





「偶然だね、先生」

「うん、ほんとに」


すごい偶然!

近くの図書館で会うならまだしも、
ここ、隣駅の近くにある図書館だし……。





「カルマくんは、何か調べ物?」

「ちょっと使いたい参考書があったんだ」

「参考書……」


きっとカルマくんのことだから、
本屋さんには売ってない、内容が細かいやつかな。





「一番近くの、あの図書館じゃ在庫なくてさ。
 取り寄せしてもらっても良かったんだけど」


それだと少し時間がかかるし、
自分で行ったほうが早いと結論付けたらしい。





「それで、その参考書は見つかったの?」

「うん、ばっちりね」


そう言ってカルマくんは、
手にある参考書を見せてくれる。





「そっか……良かったね、カルマくん」


そう言うと、カルマくんは少し笑ってくれた。










+++










先生は、これから何か探すの?」

「え? えーと……」

「ああ……そっか。
 どのコーナーに行こうか迷ってたわけだ」

「え!」


なんで解ったの、と、その顔が言っている。

――もう本当にさ。
顔に出やすいって、何回言えば解るの?

そう思ったけど、そこは先生の良さでもあって。
あんまり言うといじけてしまうので、黙っておいた。





「先生、最近何か本読んだ?」

「うーん、一番最後に読んだのは文庫本かなぁ。
 日本文学の要素を、少し取り入れた感じの」

「じゃあ、今日は天文学でいいよね」

「え! ちょっとカルマくん……!」


返事も聞かず、俺はその手を取って歩き出した。


――先生の好きなジャンルなら、よく知ってる。

日本文学か日本史か、小説も普通に好きだし
あと確か、専門じゃないけど天文学も好きだった。

日本文学の要素を取り入れた文庫本なら、
まあどれもかぶっていなさそうな天文学だろう。





「この辺だね」

「わあ……」


たくさんあるね、と言いながら、
先生は本棚を物色し始める。





「この、星空の写真集でも良さそう。
 でも神話も読みたいから、こっちも……」


そう言って楽しそうにする先生を見て、
何故か俺まで楽しくなってきてしまった。










『これでよし、と』


目的の参考書を見つけた俺は、
さっさと貸し出し処理をして帰ろうと思った。

そうして、カウンターに向かおうとしたとき……





『えーと……』


通路でうろうろする人が目に入った。
少し距離があったけど、すぐに気付く。

――先生だ。





『あれ? 先生じゃん』


先生が何か考え込んでいる間に、距離を詰める。
努めて自然にそう言うと、こちらを振り返って驚いた。





『そっか……良かったね、カルマくん』


ここに来た目的や、参考書が見つかったことを話すと、
先生はそう言って笑ってくれる。

それが本当に、心からの言葉だと理解できたから。
俺も思わず、一緒になって笑ってしまった。










「どう? 先生。何かいいのあった?」

「うん、あった! これにする」


そう言って見せてきたのは、
「星と神話」という本だった。

――っていうか、結局は文学の方に寄ってない?

そうも思ったけど、先生の楽しそうな顔を見たら
そんなことも言えなくなってしまう。





「先生、これからそれ読むよね?」

「うん、そのつもり」

「じゃあ、一緒に座ろうよ」

「えっ、でも……
 急いで帰らなくて大丈夫?」

「平気」


確かに、参考書を取り寄せる時間はないと言ったけど、
だからと言って急いで帰らなくても問題はない。

というか、先生と会えたのに
さっさと帰る方がどうかしてる。





「そっか、それなら……あっ、でも待って。
 あたし、一緒に来てる人いるんだ」

「一緒に来てる人……?」










+++










「何故ここに赤羽が居るんですか、さん」

「なんでここに浅野クンが居るわけ、先生?」





「えっと、その……」


カルマくんと一緒に学秀くんのもとへ戻ると、
何故か不機嫌な感じで2人からそう言われてしまう。

でも別に怒られるようなことはしてないはずだし、
と思い込むことにして、簡単に説明をした。





「……なるほど、状況は解りました」


そう言った学秀くんは、カルマくんに目線を向ける。





「君の用はもう済んだだろう。
 さっさと帰った方がいいんじゃないのか?」

「忠告ありがたいけどね、浅野クン。
 別に俺も、そこまで急いでないからさ」

「…………」

「…………」


学秀くんの言葉に対し、
挑発的な笑みを浮かべて返すカルマくん。

そうして2人は睨み合ってしまう。



っていうか……

ずっと思ってたんだけど、
なんでこの2人こんなに仲悪いの?

確かに、A組とE組で敵対してはいたけど、
こんな感じでは無かったような……。










「浅野クンこそ、先生ほっといて
 自分だけ黙々と勉強してたんだ?」

「待って、カルマくん違う!
 今日はあたしがついてきただけで……」

「彼女は僕を気遣ってくれたんだ。
 その気持ちを汲むのは当然だろう?」

「ふーん? そう言えば聞こえはいいけど、
 結局放っておいたことには変わりないじゃん」


ちょっと待って、なんでこんな言い合いに!?

2人の声も小さくはないから、
周りの人みんなこっち見てるし……!





「ふ、2人とも! ちょっと落ち着こう?」

先生は黙ってて」「さんは黙っててください」

「は、はい……」


って、あたしもなんで年下の子に言い負かされてんの!
ここはビシッとまとめるところでは……!?

……なんて、あわあわしていると。





「……ゴホン。あの〜、すみません。
 周りの方のご迷惑になりますから、お話なら外でお願いします」


図書館の係の人が現れて、
あたしたちにそう告げたのだった。










+++










「全く……
 浅野クンが騒ぐから追い出されちゃったよ」

「馬鹿なことを言うな。
 騒いでいたのは君の方だろう」


隣を歩く浅野クンにそう言えば、
予想通りの言葉が返ってきた。





「はぁ? 何言ってるわけ?
 元はと言えば浅野クンが……」

「……待て」


俺もまた言い返してやろうと口を開いたとき、
浅野クンがそれを制した。

そして、目線だけで前を歩く彼女を示す。





「図書館を出てから、
 さんが何も言葉を発していない」

「……そういえば」


いろいろ迷いながらも読みたい本を見つけ、
さっきまで嬉しそうにしていた先生だけど……

図書館を追い出されたことで、
気を悪くしてしまったのかもしれない。





「怒らせちゃったんじゃない?」

「言っておくが、君も共犯だぞ」


浅野クンの言葉を認めるのは癪だけど、
今回ばかりは確かにその通りだ。

そんなことよりも、今は彼女。
気を悪くしてしまったのなら、謝らないと。





「……先生?」「……さん?」


そう思いながら、俺たちは彼女に声を掛けた。










+++









せっかく彼女も楽しめると思って、図書館に誘ったのに。
これでは逆に、嫌な思いをさせてしまったかもしれない。

赤羽と一緒に謝るというのも正直嫌だが、
そうは言ってられない状況であることは明白だ。





「……さん?」「……先生?」


少し間を空けて、僕たちは彼女に声を掛ける。
すると、彼女が勢いよくこちらを振り返り……





「うるさくして図書館追い出されるなんて、
 ほんとにあるんだね!!」


予想とは違い、嬉々としてそう言ったのだ。





「「……は?」」


その言葉にはさすがに、
僕も赤羽も揃って間抜けな声を出してしまう。





「あんなの、漫画の世界だけかと思ってたよ!」


すごいね〜、と言いながら、
彼女は変わらず楽しそうだ。










「……ちょっとどうなってるの?
 先生、めちゃくちゃ楽しそうなんだけど」

「僕に聞くな」


いや、思い返せば確かに……
彼女はときどき、人とずれているところがあった。

その「ときどき」に、今が当てはまるのだろう。





「とにかく……
 彼女が気を悪くしていないのならそれでいい」

「まぁ確かにね」










「なんかテンション上がったからか、
 お腹すいてきちゃった!」


2人とも、ご飯食べにいかない?

何事も無かったのように、さんが言う。





「…………」

「…………」


彼女の言葉に対し、僕らは目配せをしてから……





「はい」「うん」


自分に出来る限りの笑顔で、同時に頷く。
すると、彼女も綺麗な笑顔を返してくれた。



















赤羽業VS浅野学秀


(まぁ、人と違うから惹かれるんだろうけどね)

(その通りだ、珍しく意見が合ったな)