※トリップしてきて浅野家に居候した設定&捏造あり
「……あっ」
あれは……
――職場を出てから少しして。
前方に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「せーんせ♪」
「……っ!」
なるべく気配を消して近づき、声をかける。
すると予想通り、その人は必要以上に驚いた。
「カルマくん……!」
「先生、すごくビックリしてたね?」
「音もなく近づかれたら、誰だってそうなるの!」
俺に気付けなかったことが悔しいのか、
まんまと引っかかったことが恥ずかしいのか……
先生は顔を真っ赤にしながらそう言った。
「ははっ、そんなに怒らないでよ。
それより先生も今帰り?」
「う、うん、そうだよ」
――俺たちが中学3年の頃。
浅野理事長の口利きがあって、
E組で国語を教えていた先生だったけど……
あの事件の後、理事長の退陣により
彼女も退職することになった。
今はその元・理事長が始めた学習塾で働いているらしい。
あのときみたいに国語を教えているのかと思いきや、
単に事務を担当してるって話を前に聞いた。
「先生は、もう国語は教えないの?」
ずっと気になっていたことを、
なるべく自然な流れで聞いてみる。
先生の授業は普通におもしろかったし、
もったいないと思ってたから。
「実は、理事長……じゃない、學峯先生からも、
国語を担当してくれないかって言われてるんだ」
「ふーん?」
あの人が許可しないんだったらまだしも……
そう言われてるんだったら、やればいいのに。
「その申し出はありがたいし、
ずっと国語は勉強してるんだけど……」
今は、事務の仕事にやりがいを感じてるんだよね。
「先生方の補佐なんかで、
いろんなことを経験させてもらえるし」
一つの教科を担当しているだけじゃ、
こんな経験はできないと思う。
それに、合間に塾生たちと他愛のない話をするのも、
すごく楽しいんだよ。
そう言って笑った先生を見れば、
今がホントに楽しいんだということはよく解った。
「……そっか。
先生が楽しそうで何よりだね」
「ありがとう、カルマくん」
それにしても、塾で事務作業してる先生か……
なんか色々と話を聞いてみたくなったかも。
「ねえ、先生ってこの後ヒマ?」
「え……?」
+++
「お待たせ、渚」
「あっ、カルマ……と、先生!?」
カルマくんに連れられてやってきた居酒屋には、
すでに渚くんの姿があった。
元々、今日は一緒に飲む約束をしていたらしい。
『ねえ、先生ってこの後ヒマ?』
『え……?
えーと、特に何もないけど……』
先ほどの問いにそう答えたあと……
渚くんとの約束のことを聞いて、
お邪魔じゃないならと一緒に行くことにしたのだ。
「急に参加しちゃってごめんね、渚くん。
カルマくんと偶然会って、誘われて」
「あっ、いえ、気にしないでください!
ただちょっと、びっくりしただけなので」
前もって連絡をしなかったこともあり、
渚くんは余計にビックリしてしまったようだ。
「やっぱり、LINE入れておけばよかったよね」
あたしは何度もそう言ったのに、
カルマくんからは「大丈夫」としか返ってこず……
気になりつつもそのまま来ちゃったけど、
やっぱり渚くんに悪かったよね……。
「なーに言ってんの、先生。
こういうのはサプライズの方が楽しいでしょ?」
「いやいや!
楽しいの、カルマくんだけだからね!?」
なんて、思わずつっこんでしまった。
もうほんと……
こういうところ、昔から変わらないんだから。
「先生とカルマの会話は、
相変わらずおもしろいですね」
渚くんも渚くんで、何故か楽しそうに笑っているし。
……まあ、渚くんが本気で怒らないのは
信頼し合う2人だからこそ、なのかもしれないけど……
「渚くんも、たまには怒っていいんだよ?」
「はい」
そう答えはしたものの、まだ笑いは収まらないようだ。
それを見て、なんだか1人で怒っているのが
逆におかしくなってしまい……
あたしも一緒になって、笑い合った。
+++
「店員さん、ちょっと遅いね」
とりあえず注文しようということになり、
少し前に呼び出しボタンを押したけど……
混み合う時間帯に対応が間に合わないのか、
なかなか店員が来てくれない。
「ただ待っててもしょうがないし、
直接注文した方が早いかな」
カルマがそう言って、
店員が居そうな店の奥をのぞき込んだ。
「じゃあ……カルマくん、お願い」
「ちょっと先生、なんで俺なの?」
「たまには斬り込み隊長をやってもらおうかと」
「いや、別にこれから戦うわけじゃないから」
そんな2人のやり取りに、僕はまた笑ってしまう。
それは単におもしろいっていうのもあるし、
変わらない2人を見ると安心するというのもあった。
「渚くんへのサプライズも成功したんだし、
気分も上々だろうからカルマくんお願い」
「あーもう解った、解ったから」
先生の妙な剣幕に押された……わけではなく、
昔からカルマは先生のお願いに弱い。
だから今回も、最終的には折れたんだ。
「行ってらっしゃい、カルマ」
「任せてよ。ついでに文句も言ってくるから」
なんて言いながら、
カルマは黒い笑みを浮かべて席を立った。
……大丈夫かな、ここの店員さん。
「ねえ、渚くん。仕事はどう?」
カルマが席を立ってまもなく、
こちらに向き直った先生が問う。
「あ、えっと……
やっぱり色々大変だけど、やりがいはあります」
進路に迷っていたあのとき……
あの人を見て目指すと決めた、教師という職業。
大変そうだな、と感覚的には解っていたものの、
実際に就いてみたら予想以上だった。
「まだ全然知識も経験もないけど、
最近たまに思うんです」
あのとき先生は、きっとこういう気持ちで
僕らに向き合ってくれていたのかなって。
「あのときの僕は生徒で、今は先生の立場……
見るべきもの、やるべきことは変わったけど」
あのときの経験が、きっとこの先も役に立ってくれる。
なんとなく、そんな気がしていた。
「そうだね……
渚くんなら、きっと生かせると思う」
あのときの、普通ならば経験するはずのない出来事を。
きっと、いい方に生かしていけると思う。
「…………ありがとうございます、先生」
僕が憧れた「教師」には、あなたも含まれているから。
そんなあなたが言ってくれるなら、
出来る気がするんです。
+++
「……あっ、カルマくん帰ってきたよ」
あたしの言葉を受けて、
渚くんが通路のほうへ目を向ける。
「おかえり、カルマ」
「ただいま」
直接店員さんのところに行ったカルマくんは、
飲み物と、ひとまず軽いものを注文してくれたみたいだ。
「大丈夫だった?」
「まあね」
丁寧に注文してやったら、
すぐ持ってくるって言ってくれたし。
そう言ったカルマくんは、
ものすごく意地の悪そうな顔で笑っている。
「そ、そっか……」
なんか、これ以上は聞かないほうがいいのかも……。
そう思ったあたしは、心の中で店員さんに謝りつつ
別の話題に移ることにした。
「そういえば、カルマくんは仕事どう?
今ちょっと、渚くんとも話してたんだけど」
官僚はすごくストレスがかかるって、
確か優月ちゃんが言ってたよね……。
「何も問題ないよ」
「ほんとに? 先輩に意地悪されたりとかは?」
「ないない」
まあ、仮に出来ないことがあっても
カルマくんなら努力してすぐに克服しそうだな。
それで、意地悪な先輩も黙らせちゃいそう。
「カルマならきっと大丈夫ですよ、先生。
逆に、先輩たちを心配してあげた方が」
「確かにそれは一理あるね」
「2人とも、もしかして喧嘩売ってる?」
カルマくんが一瞬鋭い目をしてそう言ったので、
あたしは慌てて首を横に振った。
……渚くんは慣れているのか、
楽しそうに笑っているだけだったけれど。
「で、でも、2人とも充実してるみたいで良かった。
こうやって話せる機会は、なかなか無かったから」
だからカルマくんから誘ってもらえたとき、
実は嬉しかったんだよね。
「渚くんも……急に来ちゃったのに、
参加させてくれてありがとう」
そう言うと、2人は優しく笑い返してくれた。
+++
「そういえばさ……
先生ってまだ、浅野家に住んでるんだよね?」
他にも色々と聞きたいことはあるけど、
やっぱりこれだけは外せない。
そう思った俺は、なるべく自然にそう切り出した。
「うん、そうだよ」
「もうそろそろ出てもいいんじゃない?
俺の給料なら、先生のこと養えるよ」
「え?」
「ちょ、ちょっと待って!」
俺の言葉を聞いた渚がぎょっとしながらも、
すぐに割って入ってくる。
「僕だって、多くはないけど安定してもらえてます。
だからその、先生さえ良かったら……」
「えーと……」
俺たちを一瞥してから、何か考え始めた先生だったけど。
「3人でシェアハウスでもするの?」
これが本当に……
全く、これっぽっちも意図が伝わってない。
予想できなかったわけじゃないけど、
お約束すぎて俺は深いため息をついた。
「えっと……別のところに住もうとか、
今まで一度も考えたことないんですか?」
気を取り直したらしい渚が、先生に問いかける。
「うーん……
実は、前に出ようしたことが一度あって」
いつまでも甘えてたらよくないかな、って思ってね。
「まず学秀くんに相談したら、ものすごい剣幕で
『そんな気は遣わなくていいので、ずっと居てください』
って言ってくれたから」
だからそのときは、そこで話が完結してしまったらしい。
「浅野クン、余計なことを……」
「僕も同じこと考えたよ、カルマ」
「でもやっぱり申し訳ないとも思ったんだけど、
もしかしたら学秀くん、寂しいのかなって」
「そんなこと言ったって、もう子どもじゃないんだよ?」
「そうかもしれないけど……あたしの勘違いじゃなければ、
ほんとの家族みたいに慕ってくれてると思うし」
だから先生自身も、出ていくとなると寂しい気持ちがあるらしい。
「それに、仕事のことで學峯さんにすぐ質問できるのも、
けっこう助かってたりするんだよね」
「ふーん……」
仕事のことを出されると、俺も強く言えないけど……
でもそれだって、すぐ聞きたければ電話でもして
対応すればいいだけだ。
たぶんあの人は、先生には他意なく接してるから、
邪険にはしないと思う。
「あの2人のこと、すごく信頼してるんですね」
「そうだね……
素性の知れないあたしを、助けてくれた人たちだから」
渚の言葉に、感慨深そうにして頷いた。
「……あっ! もちろんカルマくんや渚くん、
E組のみんなのことも信じてるよ!?」
俺たちが急に黙り込んだから、不安に思ったらしい。
先生は慌ててそう付け加えた。
「大丈夫、解ってるよ。ねえ、渚?」
「うん。そこは心配しないでください、先生」
俺たちの言葉に、先生はホッとしたように笑った。
+++
「ねえ、渚……
先生ってさ、あの2人のこと信用しすぎじゃない?」
先生がトイレで席を外してからすぐ、
ふて腐れた様子でカルマがそう言った。
「まあ、確かに……
特に理事長には、今も雇ってもらってるからね」
仮に何か思うことがあっても、
強く言えない立場ではあるよね。
「理事長の方はそれが大きいんだろうけど、
浅野クンに関しては完全に甘やかしてる」
「うん……」
あの家を出ると強く決めたのなら、
引き留められたとしても出ていくはずだ。
先生には、自分の意志を通す強さがあるから。
「引き留められてやめたってことは……
寂しそうな浅野くんが、かわいそうだったからかな?」
「そういうことでしょ、完全に」
それ以上は口にしなかったけど、
「おもしろくない」というのが顔に出ている。
……まぁそういう僕も同じなんだけど。
「渚と先生を取り合うより先に、浅野クンをどうにかしないと」
確かに、敵はここに居るカルマだけじゃない。
いやむしろ、カルマより先に浅野くんが立ちはだかっている。
「とにかく、まずは先生をあの家から出そう。
それまでは一時休戦しない?」
カルマがこんな風に素直に頼ってくるのは珍しいけど、
それだけ手ごわい相手なんだと解っているんだろう。
「……そうだね。
まずは一緒に、浅野くんを倒そう」
「交渉成立だね♪」
そうして僕たちは、力強い握手を交わした。
赤羽業VS潮田渚?
(なんか盛り上がってるね。何の話?)
(先生と3人でするシェアハウスの話です)
(え! あれ本気だったの?)
(当然でしょ♪)