「っ……」


午後のヒーロー基礎学にて、戦闘訓練を終えた後。

オールマイト先生からの講評を聴いている中……
あたしは眩暈を覚え、唐突に膝をついた。





さん!」


そばに居た百ちゃんが、すぐに気づいてくれる。





「どうしたんだい、少女!」


同じようにすぐに気が付いたオールマイト先生が、
そばまでやって来てくれた。





「あの……急に眩暈が」

「眩暈? もしかして、具合が悪かったのかい?」

「いえ……」


違います、と答えた。

朝から特に何かあったわけじゃないし、
お昼だってたくさん食べたから。

でも、ひとつ思い当たるとすれば……





「最近、毎晩自分の個性について研究してて……
 寝不足気味だったことは、否めません」

「そうか……寝不足と、熱中症の可能性もありそうだな」


あたしのおでこに手を当てた先生が、そう言った。










「頑張り屋なのは認めるが、体調管理もしっかりな。
 ヒーローたるもの、元気でなければ誰も救えないぞ!」

「おっしゃる通りです……すみません」

「まあ、今日は特に暑いから、それも重なったんだろう」

保健室でしばらく休んでいなさい、と言われ、
あたしは素直に頷いた。





さん、保健室までご一緒しますわ」

「ありがとう……でも大丈夫だよ、百ちゃん。
 ちょっとふらっとしたけど、ちゃんと歩けるし」


申し出はありがたいけど……
百ちゃんに授業を抜け出してもらうのは申し訳ない。

そう思って、やんわりと断った。










「本当に大丈夫か、少女」

「はい」


それじゃ、すみませんが保健室に行ってきます。

そう言い終わる前に、あたしの身体は浮遊感に襲われた。





「……!?」

「暴れんな、クソが!」


びっくりして思わずバタバタしてしまったら、
すぐそばから勝己くんのそんな声が聞こえた。

視線を向けると、すぐそこに顔がある。





「…………!!!???」


こ、これって、もしかして……
お姫様だっこされてる……!?





「おお! 爆豪少年が連れていってくれるのかい?」

「ああ」

「それなら安心だな! じゃあ頼むぞ」


オールマイト先生の言葉を受けてから、
勝己くんはあたしを抱えたまま歩き出した。










「すっごー! 爆豪が姫だっことか!」

「私、ドキドキしちゃったー」

「絶対にちゃん以外にはしないわね」

「確かに」





「…………」

「……ん? どうかしたかい、轟少年」

「……いや」










+++










「あ、あの、勝己くん! 自分で歩けるから……!」


俺に抱えられたままのこいつは、
手足をバタつかせながらそう言った。





「うるせぇ!
 くだらねー嘘ついてんじゃねぇよ」

「嘘じゃないって……!」


具合が悪かったのか、とオールマイトに聞かれ、
「そんなことない」なんて言いやがったが……

実際、朝から顔色は良くなかった。
こいつ自身に自覚がないだけで、予兆はあったんだよ。





「…………」


現に今も、顔色は良くねぇだろ。





「勝己くん、あの……」

「燃やされたくなかったら、大人しくしてろや!!」

「ええっ!?」


そんなの横暴だよ、と小さく反論してきたが、
その後はひとまず大人しくなった。

俺が、有言実行するやつだってことは解ってるんだろう。
それについては、悪い気はしなかった。










「あの、勝己くん」

「アァ? 何だ、やっぱ燃やされてぇのか」

「違うってば!」


じゃあ、何だってんだよ。





「いや、なんか……
 この体勢、ちょっと不安定で」


何かいい方法はないかな。





「ハァ? んなもん、俺の首に腕回しとけ」

「そ、それはちょっと恥ずかしいような……」

「じゃあ不安定のままいろ」

「やだよ!」


なんて言いながら、慌てて俺の首に腕を回してきた。


振り落とされると思ってるんだか、なんだか知らねぇが……

「恥ずかしい」なんて言ってた割には、
しっかりしがみついている。










「あの……勝己くん」

「あん?」

「……ありがとう」

「…………ああ」


チッ……
最初っから素直にそう言っとけばいいんだよ、ったく。










+++










「ご苦労だったね。
 後は私に任せて、あんたはさっさと授業に戻りな」


あたしを保健室まで運んでくれた勝己くんは、
リカバリーガール先生にそう言われ、くるっと背中を向けた。





「……あっ、勝己くん!」


そんな彼を、あたしは慌てて引き留める。

もしかしてそのまま行っちゃうかな、と思ったんだけど、
ちゃんと立ち止まってこちらを振り返ってくれた。





「あの……ほんとに、ありがとう」

「……夜更かしはほどほどにしろよ」

「うんっ」


あたしの返事を聞いた勝己くんは、
今度こそ保健室を出ていった。










「さて……あんた、寝不足気味だって言ってたね」

「は、はい」

「オールマイトにも言われただろうが、
 ヒーローたるもの、まず自分が元気じゃないと」

「はい……」


――自分が元気じゃないと、誰かを助けることは出来ない。

当たり前のことを、改めて実感した。





「とは言え、上を目指すなら研究も必要だ。
 あんたのその貪欲さ、私は嫌いじゃないよ」

「リカバリーガール先生……」


ありがとうございます……!





「まぁ熱中症にもなりかけていたからね。
 これから暑い日が続くし、水分補給もしっかりおし」

「はい」

「じゃあ、とりあえず横になってな」

「解りました」


リカバリーガール先生に促され、あたしはベッドにもぐる。
思っていたよりふかふかのベッドに、なんだか安心してしまって……

自覚してなかったけど、やっぱり眠かったみたい。
あたしは割とすぐに、意識を手放した。
















「…………?」


なんだろ……
誰かに、頭を……なでられてる……?





「…………とどろきくん?」

「あ、……」


ゆっくり目を開けると、そこには轟くんの姿があった。
名前を呼んでみると、びっくりしたような顔をされる。





「わ、悪りぃ……起こしちまったか」

「ううん……」


大丈夫、と言って、あたしは起き上がる。





「起きて平気なのか?」

「うん……さっきより、だいぶ楽になったから」

「そうか……ならいい」


普段からあまり表情を変えない轟くんだけど、
今はたぶん、心配してくれてるんだろうな。





「ありがとう、轟くん」

「いや……」


それは解ったから、あたしは自然にお礼を言った。










+++










「…………」


午後の授業が全て終わった後、俺は保健室に来ていた。





「……リカバリーガールは居ないのか?」


ノックをしても返事が無かったので、そのまま中に入る。

一か所だけカーテンが引かれているベッドがあり、
そこに居るのだとすぐに解った。





「ん……」

……」


なるべく音を立てずにカーテンを引くと、
予想通り、そこでがすやすやと眠っていた。

そばに寄って様子をうかがってみると、
さっきまでとは違い顔色は良くなっていた。





「お前……朝から体調悪かっただろ」


本人に自覚が無かっただけで、顔色は良くなかった。

俺はそのことに気づいていたのに、
何もしてやれなくて……





「結局、爆豪に持っていかれたしな」


あいつもきっと、の不調には気づいていたはずだ。
それもで何も言わなかったのは、きっと……

こいつの性格を、よく解っているからだろう。





「…………」


体調が悪いだろうから休め、と言っても、
きっとこいつは聞かない。

大丈夫、と言って、笑って済ませるはずだ。





「それでも……休ませておけば良かった」


授業中にふらつくくらい、不調だったんだ。
何を言われようと、休ませておけばこんなことには……










「…………まぁ、今さら言ってても仕方ねぇか」


とにかく、体調も戻ってきたみてぇだし、
ひとまず今はそれでよしとするしかない。





「ったく……あんまり無茶すんなよ」


それにしても、幸せそうに眠ってんな……

そう思って、の頭をなでてやると。










「…………とどろきくん?」

「あ、……」


ゆっくり目を開けたが、俺の名をつぶやいた。

まさか起きるとは思ってなかったから、
驚いて一瞬言葉を失ってしまう。





「わ、悪りぃ……起こしちまったか」

「ううん……大丈夫」


悪かったと思って慌てて謝るが、
はそう言って、ゆっくりと起き上がった。





「起きて平気なのか?」

「うん……さっきより、だいぶ楽になったから」

「そうか……ならいい」


オールマイトにも小言を言われてたからな。
ここで無理するってことはねぇだろうけど……

俺に気を遣って起きた、ってことなら困る。





「ありがとう、轟くん」

「いや……」


礼を言ってきたその顔に、もう不調の色は無かった。
どうやら、無理をさせているわけではないらしい。

それが解って、俺は必要以上にホッとしてしまった。









+++










「……あっ、そういえば今って何時くらい?」

「午後の授業が全部終わったところだ」


どのくらい眠ってたんだろう、と思って、
轟くんに問いかけてみると。

すぐにそんな答えが返ってきた。





「そっか」


じゃあもう放課後だね。

たぶんもう自分で歩けると思うし、
そろそろ帰ろうかな。










「帰るのか?」

「うん、そのつもりだよ」

「じゃあ送ってく」

「えっ」


悪いよ、と言って、すぐに断ろうとしたものの……

さっきの今で、絶対に折れてはくれないだろう。





「えっと……じゃあ、お願いします」

「ああ」


そう思ったあたしは、素直に送ってもらうことにした。





「じゃあとりあえず、教室に戻って……
 ……あれ? そういえば、リカバリーガール先生は?」


先生に帰宅する旨を伝えていこう、と思って辺りを見回すが、
その姿はどこにもない。





「俺が来たときには、すでに居なかったぞ」

「そうなんだ……」


じゃあどうしようかな、と、言葉を続けようとしたとき……





ガラッ!



タイミングよく保健室の扉が開かれた。





「……おや? なんだい、あんた起きたのかい」

「はい」


戻ってきたリカバリーガール先生に、
体調が回復したこと、帰宅することなどを伝え……

あたしは、轟くんと一緒に保健室を出た。













「あっ、そういえば……
 ヒーロー基礎学、あのあと大丈夫だった?」


変な形で授業を中断させちゃったけど……





「ああ、別に心配するほどのことじゃねぇよ」

「そっか……良かった」


とは言っても、あのときそばに居た百ちゃんとか
特に心配かけちゃったかもしれないし……

あとで謝っておかないとな。










「……ほら」

「あ……ありがとう、轟くん」


教室までやって来たところで、
轟くんがドアを開けてくれた。

なんだかジェントルマンって感じでかっこいいかも……。


なんて思いながら、あたしは教室の中へ入った。










+++










「……あれ? 勝己くん?」


教室のドアが開いた音がして、目を向けると。

保健室から戻ってきたらしい、が立っている。





「えっと……それ、あたしのカバンだよね?」

「それ以外の何に見えてんだ、テメェは」


俺の手元を見ながら不思議そうに聞いてきやがったから、
何を今さらと思いながら返してやった。





「午後の授業中ずっと寝てりゃあ、
 さすがに回復してんだろうと思ってな」


荷物まとめて、持ってってやるつもりだったんだよ。





「あ、そうだったんだ……わざわざありがとう」


正直、んなことはどうでもいい。










「それよりテメェ、なんで轟と一緒なんだよ」

「…………」


言ってから轟の方に視線を向けると、
読み取りづれぇ表情をして俺を見た。





「あ、それは……
 轟くんが心配して、保健室まで来てくれてて」


ちょうどそのときに目を覚まして、
体調も戻ったし帰ることにしたんだ。





「そしたら、轟くんが送ってくれるって言うから」


お言葉に甘えて、お願いすることにしたんだけど。










「テメェ……
 半分野郎の分際で、抜け駆けしてんじゃねぇよ」

「先に抜け駆けしたのはお前だろ、爆豪」

「んだと……!」










「ちょ、ちょっと、勝己くん!
 内緒話からの爆破ってどういうこと!?」


俺らの会話が聞こえなかったからか、
爆破の構えをとった俺にが焦って声を掛けてきた。





「チッ……何でもねぇ!」

「ええっ!」


このまま轟とやり合ってもいいが、
そうしたらこいつは絶対に止めに入ってくる。

回復したとはいえ、まだ本調子じゃねぇはずだ……。


そう思った俺は、なんとか爆破をこらえることした。





「おい、とっとと帰んぞ!」

「え、あ、ちょっとあたしのカバン……!」

「もう荷物まとめ終わってんだよ!」


また焦って声を掛けてくるにそう返した俺は、
こいつと自分のカバンを持ってそのまま教室を出た。










+++










「あたしのカバン、持ってかれちゃった……」


教室から荒々しく出ていった爆豪を見て、
呆気にとられたがそうつぶやく。





「カバン持ってくれるってことだろ。
 俺らも行くぞ」

「う、うん!」


俺は自分のカバンを取り、に声を掛けてから
一緒に爆豪の後を追って教室を出た。










「ったく、遅せぇんだよクソが!!」

「勝己くんが先に行っちゃったんでしょ」


数分後、昇降口までやってくると。

怒りのオーラを全く隠していない爆豪が、開口一番そう言った。





「うるせぇ!」

「はいはい、解ったから。
 それよりもカバン持ってくれてありがとう」

「……フン」


あれだけ吠えていた爆豪も、の言葉で静かになる。
それはやっぱ、爆豪もこいつに弱いってことなんだろう。










「何ジロジロ見てやがんだよ」

「いや……お前もには弱いなと思って」

「アァ!? ケンカ売ってんのかテメェ!!」

「ちょ、ちょっと勝己くん、また!?」


再び爆破の構えをとった爆豪を見て、
が慌て始める。





「なんでまた急に……
 っていうかもしかして、轟くんが何か煽ってる?」

「いや……煽ってるつもりはねぇけど」

「つもりはないってことは……
 でも何か言ってるってことだよね?」


そう言って心配そうな顔をするから、
俺はこいつの頭をなでてから言う。





「特に怒らせるようなことは言ってねぇ。
 爆豪も(お前の前じゃ)本気で爆破しないだろ」

「それなら、いいんだけど……」










「おい何やってやがんだ、早くしろ!!」

「はいはい!
 じゃあ轟くん、帰ろう?」

「ああ」










「テメェ、あいつに気安く触ってんじゃねぇよ」

ならともかく、お前に言われる筋合いはねぇ」

「ぐっ……
 あいつを家に送った後、覚えてろよ」















爆豪勝己VS轟焦凍


(そういやぁテメェ、あいつの寝顔……)

(ああ、見た。かわいかったぞ)

絶対ぇ殺す……!!