「うーん……」


パソコンの前で、一人の女が頭を抱えている。

、現在大学4年生。
卒業論文を書いているらしい。





「う〜〜ん……」


さっきから悪戦苦闘しているを、
オレは少し離れたところから見ている。





「……チッ」


邪魔するつもりは無いが、
ここに来てから放っておかれたままで……

どうしたものかと、思っていると。






「あーもう、集中力切れた!」


ふいに、そう叫んで。
勢いよく立ち上がり、こちらにやって来た。





「隼人、お昼にしよう」


時計に目を向けると、13時の少し前。

確かに腹も減っていると思ったので、
その提案を受け入れることにした。





「って言っても、どうしようかなぁ」


冷蔵庫の方に向かいながらそうつぶやく。





「…………」


口調は元気そうだが、その顔には疲れの色が見えた。










「……お前は座ってろ。オレが作る」

「え、いいの?」

「ああ」


とりあえず、冷蔵庫の中のもん確認しねぇとな。





「何があんだ?」

「えーと……卵!」

「それだけじゃ何もできねぇだろ」


それしか覚えてないの、と言って笑った。

――ああ、良かった。
思ったよりは、元気そうだ。


そんなことを考えながら、オレは冷蔵庫の中を見る。
一人暮らしだからなのか、それほど物は入っていなかった。





「……オムライスだな」


メニューが決まった。















「やったー、オムライス!」


あれから少しして。

出来上がったたものを前にして、
こいつは歓喜の声を上げる。





「お前、オムライス好きだよな」

「うん! 
 お母さんか隼人の作ったやつが好き」


そんなことを言いながら、
そのオムライスに手をつけ始める。





「でも、ごめんね。
 いつの間にか卒論に集中しちゃってて……」

「気にすんな」


元はと言えば、オレが連絡もなしに訪ねたから。

本当は「放っておかれたままで」なんて、
文句を言える立場じゃねぇんだ。





「でも、隼人が来てくれて良かった」


こういうときに一人でご飯を食べたら、
気が滅入っちゃう気がするし。





「……そうかよ」

「うん!」


ここに来たのは、オレがこいつに会いたかったからなのに。
こいつはいつも、こういうことを簡単に言ってのける。










「卒論は順調なのか?」

「うん、まぁまぁいい感じかな」


そう言って、少し笑う。





「やっぱり、これだけ大きな論文を書くのは大変だよ」


でもね、自分の好きな分野だから
研究すること自体はすごく楽しい。





「ふうん……」


好きなものについて話すときのこいつの顔が、
実はけっこう好きだ。

なんだかこっちまで嬉しくなれるから。










「でも、最近出かけてないよね……
 つまんないでしょ? ごめんね」


眉を八の字にして、申し訳なさそうな顔をした。





「……だから、気にすんなって」

「でも、」

「オレが気にすんなっつってんだからいいんだよ」

「……うん」


――ああ、そうだ。
お前はそうやって、笑ってればいい。



たぶんオレは、こいつと一緒に居られればそれでいいんだ。

自分で言うのも何だが……ずいぶんと丸くなった気がする。

そんなことを考えながら、
先に食べ終わったオレは自分の食器を片付ける。





「ねぇ、隼人〜」

「なんだよ」

「来てくれてありがとね」

「……ああ」


こいつは本当に……

いや、それももう今さらか。










「あっ、そうだ!」


ふいに、が何か思いついたような声を上げる。

どうかしたのかと、振り返ってみると。
いったん席を離れ、そして何かを持って戻ってきた。





「あのね、これからの予定を立てようかと思って」

「予定?」


持ってきたのは、どうやら手帳のようだ。





「先に予定を立てておけば、卒論もやる気になるしね」


好きなことをやっているとは言え、
やっぱり楽しみがあった方がやる気が出るから。

悪戯を思いついたような顔で、はそう言った。










「お前が考えつきそうなことだな」


オレがそう言うと、嬉しそうに笑う。





「ねぇ、隼人はいつなら空いてるの?」


食器を洗うオレの背中に向かって、そう問いかけた。





「お前の空いてる日に合わせる」


オレは、特に深く考えないまま答える。





「え、でも……」

「いいんだよ」


何か言いかけたのは分かったが、それをあえて遮る。





「……分かった」


少し間を空けてから、そう返ってきた。










「じゃあ、どうしよっかなぁ。
 この日はバイトだし、この日は確か……」


そんなことを言いながら、楽しそうに予定を立て始める。

……だが、割とすぐにその声は聞こえなくなった。





?」


ちょうど食器も洗い終わったので、
手を拭きながら振り返ってみると。





「ん……」


テーブルに突っ伏して、ぐっすり眠っている。





「なんだよ……やっぱり疲れてたんじゃねぇか」


昼飯を食べ始めてからも、こいつは終始笑ってたけど。

さっきこの顔に見えた疲れの色は、
見間違いじゃなかったんだ。





「睡眠はちゃんと取れって、言ったはずだけどな」


もうすっかり夢の中に居るこいつに、
オレはそんなことをつぶやいた。










「……しょうがねぇか」

このままにしておいたら、きっと風邪を引いてしまうだろう。

オレは起きる気配のないこいつを、
ベッドまで運んでやった。





「今くらいは……ゆっくり休めよ」




















君に、しばしの休息を


(いつも 温かい言葉をくれる君に)















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たぶん、自分が卒論を書いていたときに、
書いていたお話だと思います。

わたしの所属していたゼミは手書きで作文用紙100枚の
卒論を書くゼミだったので、ちょっと大変でした。

わたしが書くと、ご飯がいつもオムライスになってしまいますね。
まあ、実際オムライス好きなんですけど……。