今、思えば……
あれが、君と会った最後だったのかもしれない。
中学を卒業して、数年たったあの日。
あの歩道で再会したのが、最後――……
『……!』
偶然あの歩道で君を見つけて、再会したとき、
僕は気付いてしまった。
彼女に対する、自分の想いに。
『恭弥、久しぶり! 元気してた〜?』
『……まあね』
僕と顔を合わせるたびに、
君は「元気か」と聞いてきたね。
あまり意識していないようだったから、
もう一種の口癖だったんだろう。
『君はどうなの』
『あはは、あたしは元気だよ』
その笑い声も、昔からの口癖も。
あの頃のまま……何も変わらない。
『…………』
だけど、見つめた目が少し大人びていた。
『……そうだ、あれから何年も経ってる』
何も変わっていないわけ無いんだ。
それでも、「君に会いたい」というこの想いは
あの頃からずっと、変わらず僕の中にあった。
『ん? 何か言った?』
『…………別に何も』
触れられそうなほど近くに居るのに、
実際に触れることはできない。
とても、遠くに居るようだった。
『あれ? なんか雲行きが怪しいね』
『もう帰ったほうがいいんじゃない』
『うん、そうする!
恭弥も気を付けて帰ってね』
『言われなくても』
再会した君と別れた直後に、雪が降り出した。
その雪の白さが、全てを隠してくれている気がして。
助かった、と思ってしまった。
『…………』
いったん振り返ってみる。
さっき別れた彼女の姿を、まだとらえることができた。
『僕は――……』
+++
『雪か……』
彼女と出会った……いや、初めて話した日も、
確かこんな寒い冬の朝だった。
嘘みたいに雪が綺麗だったのを、今でも鮮明に覚えている。
『おはよう、雲雀恭弥くん!
今日も元気?』
学校へ向かっていた僕の後ろから、
彼女が声を掛けてきたんだ。
『それにしても、朝早いんだね』
そのとき初めて話したはずなのに、
彼女はすごく気さくに接してきて。
雪の影響もあって寒かったけれど、
その声だけは何故か……とても温かく感じたんだ。
『じゃあ、あたしは行くね』
応接室に向かう僕に「それじゃ」と言って、
彼女は自身の教室へと向かった。
『…………』
彼女と別れた僕の中に、喪失感のようなものがある。
それが「寂しさ」だということは、
すぐには気付けなかったけれど。
『まだ……雪が降ってる』
あのとき、僕の中にあった寂しさは……
誰にも見つかることもなく、その白い雪で覆われた。
+++
『恭弥、久しぶり! 元気してた〜?』
『……まあね』
『あれ? なんか雲行きが怪しいね』
『もう帰ったほうがいいんじゃない』
『うん、そうする!
恭弥も気を付けて帰ってね』
『言われなくても』
『じゃあ、ばいばい』
別れ際にそう言って、白い息を漏らした。
とても寒い日だったけれど、
彼女はその瞳のぬくもりだけ残していった。
『…………』
振り返った先に居る君はもう、
その瞳に僕を写していない。
僕は、これで……
このままでいいのだろうか。
『今まで散々……隠してきたのにね』
こんな想い、この白い雪に覆われて
そのまま溶けてしまえばとも思った。
だけど、このまま君を行かせてしまっては……
僕は後悔してしまう気がする。
もう……会えなくなってしまう気がする。
『…………待って!』
ただ純粋に、嫌だと思った。
だから僕は……
あのとき彼女を追いかけたんだ。
+++
「…………」
また、冬を迎えた。
彼女と初めて話した日、そして再会した日と同じように。
今日は朝から寒かった。
「……また雪か」
家を出てから、数分後。
とうとう降り出したそれを見つめる。
「…………」
――彼女が関わると、いつも雪が降ってるね。
そんなことを考えながら、僕は歩みを進めた。
「…………」
目的地に着くと、そこにはまだ誰も居なかった。
『…………待って!』
『どうしたの、そんなに慌てて……
珍しく大声なんか出しちゃって』
あのまま行かせてしまってはダメだと、
直感でそう思った僕は。
まだ視界の中に居た彼女を、慌てて追いかけた。
『…………じゃあ、約束ね。
一年後、この場所で――……』
「…………」
彼女と約束した一年後……それが今日だ。
約束通り、僕はこの場所にやって来た。
一年前に再会した、あの歩道だ。
「やっぱり……来ないのか」
『恭弥、久しぶり!』
「今、思えば……」
あれが、君と会った最後だったのかもしれない。
いや、あれすらも僕の見た夢だったとしたら。
「今、思えば……
君は、幻かも――……」
きっと初めから、再会してなんか……
「おーい、誰が幻だって〜?」
「……!」
そうだ、幻だと思った。
「まさか、あたしのことじゃないでしょうねー」
「…………」
再会したのも、きっと夢か何かで……
「沈黙は肯定を表すんだけど……恭弥?」
「…………」
「ちょっと、いい加減に何か言いなさいよ〜」
『…………待って!』
あのとき必死になって追いかけた君も、
全部幻だったんだって、そう思ったのに……
「どうして……」
僕には君の姿が見えるし、君の声もちゃんと聞こえる。
そして、手を伸ばせば……
触れられる距離に、ちゃんと君は居る。
「だって、あの日に約束したじゃない」
「それはそうだけど……」
『…………じゃあ、約束ね』
恭弥の気持ちが変わらなかったら……
一年後、この場所でまた会おうね。
「本当に守ってくれるなんて……思ってなかったから」
「あたしも随分信用がないんだね」
そう言った君の笑い声は……
やっぱり今も、あの頃のままだった。
君と僕 引き合わせるは 白き雪
(今日は あの日からちょうど一年経った日だった)
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サイト1周年記念の第1弾でした。
わたしの大好きな、シュノーケルの「雪の罠」に
沿って書いたのは分かっているのですが、
なかなかぶっ飛んでいたので修正も厳しかったです。
わたしの力では、ここいらが限界ですね……。
たまにはこんな、弱気なところもある雲雀さんでも
いいかなーと思ったのかな。当時は。