初めは全く信じられなかったが、
「死神」というものは確かに存在していて……
『あなた、いい瞳をしていますね。
私と一緒に、死神になってみませんか?』
「強大な力を持つ魂」だったオレを救ってくれた人は、
悪戯っぽく笑ってそう言ったのだった。
……――あれから長い時間が経った。
あの頃は想像もできなかったが、
オレは一人前の死神として日々を過ごしている。
「スクアーロ先生、ただいま戻りました」
「お゛ぉ。報告書だけ出したら休んでいいぞ」
「はい」
昔はヒヨっ子だったオレが、
今では死神たちをまとめる立場にいる。
「……フン」
先生、か……
確かあいつも、あの人のことをそう呼んでたなぁ……
『よっ、スクアーロ!
今日の仕事、お前とペアなんだ。よろしくな』
『ケッ』
オレには同期が一人いた。
同じ師の元について死神になるための修行をした、
「死神」と言うには明るすぎる容姿の持ち主。
金の髪、屈託の無い笑顔……
名を、ディーノと言った。
『さあ、今日も修行を始めますよ。
準備はいいですね、ディーノにスクアーロ』
『はい、先生!』
奴は師を尊敬し、誇りに思っていた。
苦戦することも、もちろんあったが……
戦う術も何もかも、あっという間に吸収していって。
立派な死神になってからも変わらず師の元につき、
オレとペアを組んだりして仕事をこなしていった。
『今日もよろしくな!』
『ああ』
奴に非なるところなど、一つも無かった。
だが……
死神として生きるには、奴はあまりにも優しすぎたのだ。
『……なあ、スクアーロ』
『なんだぁ?』
『オレたちもそうだったけど……
「強大な力を持つ魂」って、みんな短命だよな』
それって、もしかして……
黒に狙われることと、何か関係あるのか?
『…………』
『黒から護るためにオレらが狩ることで、
命が短くなってるんじゃ……』
死神の仕事がつらいと、そう思い始めていたのだ。
黒から護るために「強大な力を持つ魂」を狩るときは、
特につらそうに見えた。
『……いや、何でもない!
悪かった、忘れてくれ』
『……おう』
同期ということもあってか、
オレは何度も奴とペアを組まされていた。
だから気づいたんだ。
その、心境の変化に。
そして、そんなときだったのだ。
あの人が重症を負ったのは。
『先生!』
例によってペアで仕事をしてから戻ったとき。
知らせが入ったのだ。
“スペランツァ様が重症を負われました”
オレたちは急いで師が運ばれた場所へと向かった。
だが、そこで見たのは弱りきった師の姿で。
『しっかりして下さい、先生!』
奴はうろたえた。
無理もない、奴にとってただひとり……
この世界で親のような人なのだから。
『……何があったんだぁ?』
オレは冷静を装っていた。
だが、こんなひねくれ者のオレをずっと育ててくれた人だ。
何も思わないはずが無かった。
『申し訳ありません……
まだあなたたちには、教えたいことがあったのに……』
それでもオレはすぐに理解した。
もう、この人は長くないのだと……。
師は「死神」について戸惑っていた奴に言葉を残し、
そしてそのまま……
『二人とも、後は任せましたよ……』
そのまま消えていった。
『…………』
それから奴は、しばらく黙ったまま俯いていた。
『……で、どうすんだ』
『何が……』
『死神をやめるっていう選択肢もあるんだぜぇ?』
『死神を……やめる……?』
そこでやめておけば、もう苦しまずに済んだ。
だが、奴は首を横に振ったのだ。
『…………いや、駄目だ』
やめるなんて出来ない。
『オレたちを最期まで信じてくれた先生のためにも、
死神をやめるわけにはいかない』
――それが、オレを助けてくれた先生に返せる……
ただ一つの事だから。
完全に吹っ切れたわけじゃない。
だが、奴は真っすぐな目をしてそう言った。
「……そうかぁ。
ま、せいぜいオレの足を引っ張んなよ」
「ああ……これからもよろしくな、スクアーロ!」
「フン……
オレは仲良しこよしをするつもりは無いぜぇ」
苦しみながらも、奴はずっと師の言葉を守った。
このままオレたちが、この世界を率いていくのかと
そう考えていた、だが……
奴はもう、死神ではない。
かつて死神になる前のオレたちと同じ……
「強大な力を持つ魂」の持ち主、。
そいつを死そのものから護るために、
死神の力を使い果たし、そして……
そして、人間になった。
「ったく……馬鹿な奴だぜぇ」
だが、奴は至極幸せそうだった。
『スクアーロ……
オレやっぱり、を助けたい』
『……あの文献読んだだろうがぁ』
『本当にあの方法で……助けられると思うか?』
『……あ゛ぁ』
『そうか……』
元々あの文献を奴に渡し、
新たな選択肢を与えたのはオレだ。
『今日もよろしくな、スクアーロ!』
おそらくオレは、心のどこかで奴を助けたいと、
そう思っていたのだろう。
面と向かっては、絶対に言わねぇが……
奴もオレと正面から向き合ってくれた、
数少ない存在だったから。
「ディーノさん、おはようございます!」
「おう、おはよう」
そして今、奴は人間として暮らしている。
この状況を見て、師がなんと言うか分からないが……
あの人ならきっと、優しく笑ってくれるはずだ。
「今日はどこ行くんだ?」
「おすすめのスポットがあるので、そこに行ってみましょう」
「分かったぜ」
「チッ……
こっちは仕事に追われてるってのに」
のん気なもんだなぁ。
だが、そんな二人を見守ってゆくのも、
同期であるオレがしてやれる、たった一つのことだろう。
「…………そろそろ戻るかぁ」
オレは、オレが選んだ場所へと。
そして、その場をあとにしようとしたとき……
「すっかり立派になりましたね、スクアーロ」
聞き間違いではない。
確かに聞こえた……
あの人の
師の声が。
「なんで……」
この人は確かに、あのとき消滅したはずだ。
それが今、オレの目の前にいるだと?
「……」
……まさか、
「転生……」
「さすがはスクアーロですね」
それは肯定を意味する言葉だった。
「私が消滅してから、長らく経ちましたから。
今は転生し、こうして人間として暮らしていますよ」
人間になったのに、死神であるオレと普通に会話している。
やはりこの人には、特別な力が備わっているのだ。
「スクアーロ……
死神の世界を守ってくれて、ありがとうございます」
あなたとディーノがいてくれて、本当に良かった。
「…………」
だが……
「だが、奴はもう……」
もう、死神ではない。
「知っていますよ」
「……!」
知ってる?
なんで……
「何故知っているのかは、企業秘密です」
師は、おどけたようにそう言った。
「……あんたは、奴を恨むか?」
約束を破ったディーノを、恨めしく思っているのか?
「奴は奴なりに悩み、苦しみ、そして出した答えだ。
出来れば恨みには思わないでほしい」
オレからしてみれば、奴は馬鹿だと思う。
馬鹿だとは思うが……
今の奴を見てると、きっとこれで良かったんだ。
「恨みになど思いませんよ。これで良かったのです」
「な……」
「私の言葉で、ディーノを縛ってしまいました」
あの子はもう充分苦しみました。
だから、幸せになるべきなのですよ。
「…………」
ああ、やはりこの人は……
「オレたち」の師に間違いない。
全て分かった上で、オレの前に現れたんだ。
「やはりあなたを死神にして正解でしたね」
「……?」
「こんなに仲間想いの死神も、なかなかいませんから」
「オレは、別に……」
あの頃と変わらぬ笑顔で師は続ける。
「あの文献をディーノに渡してくれて、
ありがとうございました」
「……フン」
「ふふ。もう少し話していたいのですが、
色々と予定がありまして」
今日はこれで失礼しますね。
「『今日は』?」
また会う気満々じゃねぇか……。
「……ああ、そうです、スクアーロ」
「……?」
「ディーノが助けた方の、お名前を教えて頂けますか?」
「……、」
「、ですか……なるほど、分かりました」
なんだ……?
「それでは、今度こそ失礼しますね」
そう言って師は立ち去った。
「…………」
『よく頑張りましたね、スクアーロ。
今日からあなたも、一人前の死神です』
「ありがとう、ございました……『先生』…………」
できれば、奴にも会ってほしい。
そう願いながら、ずっと追いかけてきたその背中を見送った。
ひとり、オレは此処に残る
(迷いなどない それが、オレの選んだ道だから)