「なんか、すげぇ緊張してきた……」


「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。
 うちのお母さん、怖い人じゃないですから」

「あ、ああ……」







それは、数日前のこと。



〜!』

『なに? お母さん』

『あなた、彼氏出来たでしょ?』

『……!?』



事の始まりは、お母さんが突然そう言い出したこと。
慌てて誤魔化そうとしたけれど、結局ばれちゃって。

……まあ、それはいいんだけど。





『お母さんもの彼氏に会ってみたいな〜』

『ええっ!』

『ね、いいでしょ?』

『え、えーと……聞いてみないことには……』



それで、ディーノさんに電話したんだけど……
「別にいいぜ」って即答されてしまったのだ。





『楽しみね〜』

『そ、そう?』

『ええ♪』



お母さん、本当に楽しそうだなぁ……。






『それに……
 を救ってくれた人でしょうからね…………』



『何か言った?』

『ううん、何でもないわよ』










そんな感じで今に至っている。

あのとき即答したはずのディーノさんは、
今はかなり緊張しているみたい。









「さ、着きましたよ、ディーノさん。
 どうぞ、入ってください」

「ああ……」


玄関のドアを開け、先に入るようディーノさんを促すと。

こわばった表情のまま、うちに足を踏み入れる。






「あら、いらっしゃい!
 初めまして、の母です」

「は、初めまして……ディーノと言います」

「まあ、カッコいいじゃない!
 もやるわね〜」

「ちょっと、お母さん……」


この間と同じで、すごく楽しそう……。





「さあ、遠慮せず上がって」

「は、はい」


立ち話もなんだしね、と言って、
お母さんはディーノさんを招き入れた。










「じゃあ、お母さんはお茶を入れてくるから。
 はディーノくんをリビングにお願いね」

「うん」


お母さんに言われた通り、
私はディーノさんをリビングに通した。










「お前の母さん、明るくて優しそうな人だな」

「基本的にはそうなんですけど……
 今日はちょっと、テンションが高い気がします」


かなり楽しみにしてたみたいだし、予想はしてたんだけど。





「でも、お母さんの言葉っていつも重みがあるんですよね」


小さい頃からずっと……私の憧れの女性です。





「……そうか」

「はい!」










「お待たせ〜!」


あ、お母さんが戻ってきたみたい。





「日本茶にしてみたんだけど、
 紅茶やコーヒーの方が良かったかしら?」

「いえ、俺は何でも大丈夫なんで」

「それなら良かった!
 これ、私のオススメなの」


お母さんが差し出したお茶を、
味わうようにゆっくり飲むディーノさん。





「あ、本当においしい…」

「でしょ?」

「はい!」

「私もこのお茶、大好きなんです」

「そうか」


良かった。
ディーノさんの緊張も、少しずつ解けてきたみたい。










「……じゃあ、一息ついたところで。
 ちょっと真面目な話をするわね」

「……!」


なんだろう……
お母さんの雰囲気が、少し変わった……?





「(この人の雰囲気は、まさか……いや、けど……)」

「…………」


ディーノさんも何か感じ取ったのか、
神妙な面持ちでお母さんを見ている。










「ディーノくん……あなた、これを見たわね?」

「それは……
 スクアーロが持ってきた、あのときの文献……!」


スクアーロ?





「スクアーロって、あの銀髪の死神さんですか?」

「あ、ああ……お前、あいつのこと知ってたのか?」

「はい、少し前に会ったので」


そういえば、スクアーロさんと会ったこと
ディーノさんには言っていなかった。





「やっぱり、読んだのね」

「はい……じゃなくて、あなたは一体……?」


さっき言ってた「文献」って言うのは……





『ああ。信用できる文献に書いてあったんだ、
 絶対に成功するさ』





あのとき、ディーノさんが言っていた物のことだと思う。










「……?」


……あれ?
でも、待って……





「どうしてお母さんが、それを持ってるの?」


スクアーロさんが持ってきた、ってことは、
死神しか手に入らない物なんじゃ……





「その通りだ、
 この文献は死神しか見ることは出来ないはず……」

「でも、ディーノさん……」


今こうして、お母さんはその文献を手にしている……。










「やっぱり、死神でなくなっても『心を読む力』は
 備わったままのようね」

「え……?」


心を読むという力は、死神に備わっている能力……
お母さんが、どうしてそれを……





「不思議に思う必要は無いのよ、
 だってお母さんも、元は死神だったんだもの」

「…………えっ!?」


お母さんが元死神……!?





「そんなの初耳だよ!」


どうして教えてくれなかったの……!?





「教えたところで、が混乱しちゃうじゃない?」

「それは……そうだけど」


いや、そんなことよりも……

お母さんも、私の心を読んでる。
この力はやっぱり……





「死神……」


たぶん、ディーノさんと同じ未来を向かえた……。





「その通りよ、
 娘が聡い子に育ってくれて、お母さんは嬉しいわ」

「お母さん……」










「あ、あの……
 あなたも、あの文献を信じたんですか……?」


信じて、それを行動に移したのだろうか。





「それはちょっと違うわね」

「どういうことですか?」

「だってあの文献、私が書いたんだもの♪」






「「…………え!?」」


私とディーノさんの驚く声が重なった。





「ふふ、息ぴったりね」

「お母さん!
 のん気なこと言ってないでちゃんと説明して!」

「そうですよ! 俺も説明してほしいです!」


大切な話を何でもないことのように話すお母さんを、
私とディーノさんが必死に問い詰める。

そんな私たちの様子を見て微笑んだあと、
お母さんは話し出した。










「お母さんはね……
 狩るべきだったお父さんのこと、好きになったのよ」

「そ、そっか……
 お父さんが『強大な力を持つ魂』だったんだ」


お母さんはディーノさん、お父さんは私の立場で……。





「お父さんも、お母さんのこと好きだって言ってくれたわ」


だから、どうしても助けたかった。





「『死』というもの自体から、護りたかったの」

「お母さん……」


ディーノさんみたいに、お母さんも相手を想って……。










「……当時、私には同期の死神がいてね」


死神として生きている中で、「強大な力を持つ魂」が
一人も漏れず短命なことが気になっていて……





「彼らを死から解放できないか、
 その同期と一緒にずっと研究していたのよ」

「まさか……
 その研究の成果が、あの方法……ですか?」

「そうよ、ディーノくんは優秀ね」

「い、いえ」


それで、お母さんはその方法を実際に……





「成功……したの?」

「結果的にはね。
 だからがここに居るわけだし」


あ、そっか……。





「でも本当に運が良かったのよ。
 正直、成功する可能性もほとんどなかったから」


自分が消滅するという大きな対価もあって、
その同期にも散々止められたわ。





「もし、失敗してたら……?」

「自分が消滅するだけでなく、
『強大な力を持つ魂』も黒に取り込まれるだろうな」

「そんな……」


そんな危ないことを、お母さんとディーノさんは……。





「そこまでしてでもお父さんを助けたかった。
 だから、賭けてみたのよ」


そうだったんだ……。










「……オレも、その気持ち分かります」


自分が消滅すると分かっていても、
どうしてもを助けたかったから……。





「ディーノさん……」


ディーノさんだってきっと、
怖くないはずは無かったと思う。

だけど、それでも私を助けようとしてくれて……。










「……でもね、結局お父さんに気づかれちゃったわ」

「えっ、そうなの?」

「お父さんは鋭いところがあるからね。
 私に口付けを一つくれたあと、自分で自分を狩ったの」

「「……!」」


それって……





「ディーノさん……!」

「ああ……オレたちと同じだな」


だからお母さんは力を失って人間となり、
お父さんも助かった……。





「そういうことね」

「でも、どうして……」


お父さんとお母さん、私とディーノさんは
どうして助かったの?





「あなたたち、もしかして気づいてなかったの?」

「「え……?」」


何のこと……?











「私たちみたいに素でやってのけたのね……
 さすがに感心するわ」

「えっと……?」

「この文献の最後のページを見てて?」

「「…………」」


そう言って、お母さんがライトを当てると。




「「……!」」


文献の一番最後の、何も書いていないページ。
そこに、すぅっと文字が浮かび上がってきた。





「人間界のライトで照らしたときだけ、
 見える仕組みになっているのよ」

「まさか、これが……?」

「正真正銘、『強大な力を持つ魂』を死から解放する方法」


かつ、死神も消滅せずに済む方法よ。






「強大な力を持つ魂」の持ち主に口付けをし、
死神に宿る特別な力を送る。

そして、対象の魂を持つ者が自らを狩れば……


以降、黒に狙われることはなく死からも解放される。


そして、力を送った死神も
消滅せずに生きながらえることが出来る。










「こんなことが書いてあったなんて……」


おそらくスクアーロは……知っててこれを俺に……。





「…………」


ディーノさんに消えてほしくなくて、
必死でやったことなのに……

まさか、それがいわゆる「正解」だったなんて。





「やっぱりあなたは、お父さんの娘ね。
 その、自分の意志を貫くところ、そっくりだわ」

「そう、かな?」

「ええ」


そのとき、お父さんも……
私と同じような気持ちだったのかな。





「あ、でも……
 この文献の作者って、男だとばかり」

「だって、男の人が女の人のために……
 って方がカッコいいでしょ?」

「お母さん……」


もう、全く……。










「でも、本当に良かったわ……
 もディーノくんも助かって」

「そう、ですね」

「私、が『強大な力を持つ魂』だって分かってた」


だからそのときが来たら、
その死神を殺すつもりだったのよ。





「え……!?」


そんなこと考えてたの……!?





「……ふふ、心配はいらないわよ。
 今はもう、そんな事は考えてないから」


そ、そうなんだ……良かった。





のこと、護ってくれたんだものね」

「うん……」


そうだね……。










「……あ、そうだわ!
 その一緒に研究してた同期なんだけどね、」

「うん」

「死神のときに消滅して、
 のちに転生して今は普通の人間みたいなのよ」


そうなんだ……
死神って、けっこうみんな転生するものなのかな?





「今日、遊びに来る予定なんだけどー……」


そうお母さんが言ったところで、
タイミングよくインターホンが鳴る。





「あら、ちょうど来たみたいね」


そう言って、お母さんは玄関の方へ駆けていった。










「……まさか、お前の母さんが元死神だったなんてな」

「はい、びっくりです……」


しかし、私たちがびっくりするのはこれに留まらず……










「お邪魔します」

「「ええっ!?」」


ALTのヴィーア先生……
もとい、ディーノさんの死神時代のお師匠さん!?





「……おや、ディーノにさん、こんにちは。
 奇遇ですね」

「先生こそ、どうしてここに!?」

「どうしてこのタイミングで……!」


まさか、お母さんが言ってた「同期の人」って……!





「あら、あなたたち知り合いだったの?
 この人が私の同期だったスペランツァよ」

「「えーーー!?」」


まさか、そんなことが……!?





「間違えないでくださいね。
 私の今の名前は『ヴィーア』ですから」

「ああ、ごめんなさい。つい、クセで」

「全く、あなたという人は……」


じゃ、じゃあ、ディーノさんのお師匠さん――
先生とお母さんは死神の同期で、
「強大な力を持つ魂」を救う研究も一緒にしてて……





「なんか混乱してきた……」

「オレもだ、……」











「『』という姓を聞いたとき、もしやと思いましたが……」


やはりこの方の娘さんでしたか。





「気づいてたんですか、先生!」

「ええ、何となく」


じゃあ、もっと早く言ってくれても良かったんじゃ……





「そこは、やはり……
 秘密にしておいた方が面白いでしょう?」

「先生……」

「スペランツァ、解ってるじゃない♪」

「お母さんまで……」


もう、この二人は〜〜!










「でも……オレたちを導いてくれたのは、
 あなたたち二人だったんですね」

「そういう風にも取れるわね」

「ですが、今回のことはあなた方の力ゆえ。
 私たちの力ではありませんよ?」


そうかもしれない。
けれど、やっぱり……





「お母さんとヴィーア先生……
 それに、お父さんの存在はとても大きいと思う」

「オレたちの『道標』だということは、間違いないです」


ねえ、ディーノさん。
私に「心を読む力」は、備わっていないけれど。

あなたの考えることが、今は分かるんです。


きっと、私と同じだから。










「俺は、」「私は、」










「「道標になってくれたあなたたちに誓います。必ず幸せになると」」


(私たちがそう言うと 二人は優しく微笑んでくれたのだった)